第58話『姉妹』

 午後2時15分。

 憑依した水代さんと話していたことで、随分と時間がかかっちゃったな。

 しかし、リビングに戻ると俺達が戻るのが遅いことに怒っている様子は見られず、むしろさっきよりもスッキリとした表情を見せている。俺達がいない間に何かを話し、解決ができたか、解決に向かう方向性が定まったのかな。


「お待たせしました。遅くなってしまってすみません」

「いいのよ、晴実ちゃん。……何だか、さっきよりもだいぶ顔色が良くなったけど、藍沢さんや坂井さんにいいアドバイスがもらえたのかな?」

「それもありましたけれど……もっと素敵なことがありましたので」


 うふふっ、と晴実さんは嬉しそうに笑う。素敵なことというのは、店員さんに憑依した水代さんと話したことだろう。水代さんとは生まれて初めて話したし、本来なら話すことのできない相手。それが実現できたのだから、晴実さんが嬉しそうに話すのは当たり前か。


「先輩、もしかして……」

「……何にもないよ、彩花。アイスコーヒーを飲みながら、晴実さんと話しただけさ」

「それならいいですけど」


 怪訝な表情からして、彩花は晴実さんの言う『素敵なこと』を、俺とキスしたと勘違いしたんだろう。


「……時間もあまりないので、さっそく皆さんに言わないといけませんね」


 晴実さんは真剣な表情をして、


「私……悠子さん達に協力します」


 俺達のことを見ながらしっかりとそう言った。今の彼女の様子を見る限り、俺達に協力する気持ちは揺るがないようだ。こう言えるのも、あの店員さんに憑依した水代さんと話すことができたからだろうな。


「その気持ちは嬉しいわ、晴実ちゃん。でも、私達と協力するということは……あなた自身が危険な目に遭ったり、酷いことを言われたりするかもしれない。もちろん、私達があなたのことを守るつもりだけれど……そういった覚悟はできてる?」


 相良さんもまた真剣な表情だ。氷高さんと決着を付けるということは、水代さんのいじめや自殺と向き合うことになる。そのことで氷高さんから心ない言葉を言われる可能性も十分にあり得る。相良さんは晴実さんを大切に想っているからこそ、その覚悟ができているのかを訊いているんだと思う。


「……もちろんです。何か言われるかもしれないっていう怖さはありますけど、このまま逃げているのは嫌なんです。私は……水代晴実になりたいから。お姉ちゃんのことに向き合うつもりです」


 出会った頃とは打って変わって、今の晴実さんは前に進んでいるのが分かる。どうやら、水代さんと話し、自殺したときの気持ちを知ったことが晴実さんの背中を押しているようだ。おそらく、今の晴実さんの様子を見て水代さんも嬉しいことだろう。


「私ももちろんサポートするつもりです。晴実のことは私が守ります。ですから、皆さんに協力させてください。お願いします」


 紬さんは深く頭を下げる。晴実さんと一緒に来ただけあって、彼女のためなら何でもするという気構えなんだろう。おそらく、それは晴実さんからこのホテルに行くことを誘われたときから。


「……分かった」


 一言、相良さんはそう言うとにこっ、と笑った。


「ありがとう、晴実ちゃん、紬ちゃん。2人にも協力してもらおうかな。もちろん、何かあったときは私達がサポートするから安心して」

「ありがとうございます、悠子さん」


 晴実さんと紬さんが俺達に協力してくれることになったのはとても心強い。しかし、2人が協力せずとも氷高さんに決着を付けるための役割分担ができてしまっている。ただ、晴実さんは相良さんと同じくらいのキーパーソンなので、俺や坂井さんと同じようにメインで話す立場にするか、それとも――。


「私と紬ちゃん……何をすればいいのでしょうか」

「そうだね……おおよその役割は決まっちゃっているし」


 相良さんはそう言うと、ちらっと俺や坂井さんの方を見る。やはり、彼女も2人にどんな形で協力してもらおうか考えが思いつかないんだな。


「どうしましょうか、坂井さん」

「そうですね……メインで話すのは相良さん、藍沢さん、俺でやった方がいいでしょう」

「それは俺も同感です」


 これまでのことは把握しているし、俺達の方が冷静に話を進めることができるだろう。相手は相良さんを10年間も脅迫し続けている氷高さんだ。こちらが感情的になったら、言葉を駆使して逃げられてしまうかもしれない。


「そうか、感情、か……」


 今の氷高さんは相良さんや水代さんにはとても強気な態度だ。しかも、このホテルに出てくる水代さんの霊に対しては、家族が側にいたにも関わらず小心者とはっきりと言ったくらいだ。そんな彼女の強気な態度を、晴実さんと紬さんによって変えることができるかもしれない。もし、そうなればこちらが有利な状況になるだろう。


「相良さん」

「何でしょうか、藍沢様」

「晴実さんって水代さんと姿は似ていますか?」

「ええ。雰囲気はそっくりですよ。違うところと言えば、円加はストレートのロングヘアで、晴実ちゃんよりも胸が小さかったことくらいですかね」

「なるほど……」


 つまり……晴実さんの今のおさげの髪型をストレートにすれば、見た目は水代さんとあまり変わりない状態になるのか。


「ちなみに、声の方は?」

「声もそっくりです。円加を知っている人でも、晴実ちゃんの声を聞いたら最初は円加だと間違えると思いますね。彼女の実家にあるホームビデオを見ない限りは、円加の声を聞く機会はほぼないでしょうから」


 なるほど、声まで水代さんに似ているってことか。それなら好都合だ。おそらく、氷高さんはこの20年間、水代さんの声は聞いていないだろうから。


「藍沢さん、まさか……」

「……そういうことですよ、坂井さん。晴実さんと紬さんに協力してもらいましょう。そのため、今夜に決行する必要があります。水代さんがこのホテルで自殺したのも夜ですからね。そして、晴実さん……その時まで氷高さんと会わないようにしてくれませんか」

「分かりました」


 晴実さんのことを知らない方が効果もより大きいだろうから。

 その後、俺達は晴実さんと紬さんが泊まる部屋に移動し、今夜の作戦について話し合った。そして、事前に準備しなければならないこともあるので、それぞれが動き始めた。時間もあまりないけれども、氷高さんにばれてはいけないので慎重に。

 20年前の水代さんのいじめから始まった今回の出来事にも、いよいよ決着を付けるときが訪れそうだ。

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