第25話『Time Limit』
午後1時半。
俺達は部屋を出発して、彩花のところへ向かい始める。その矢先、
「お前らは……」
寮のエントランスには以前、彩花に絡んでいた不良3人が待ち構えていたのだ。3人の中でリーダーらしき黒い長髪の男が口を開く。
「この前はよくも邪魔してくれたな……」
「恐がっている女の子を放っておけなかっただけさ」
なるほど。浅沼の言っていたトラップはこいつらか。個人的に俺に対する復讐心があるから、この役を買って出たのだろう。
「直人、まさかこの人達が?」
「ああ、彩花に絡んでいた不良だ。どうやら、こいつらは俺に対して復讐したいみたいだ。……させねえ」
こいつらにはもう一度、痛い目に遭ってもらった方がいいみたいだ。
「確認だけど、1つ訊いておこう。浅沼はルピナスの花畑にいるんだよな?」
「ああ、そうだよ。……あっ! しまった!」
「お前、何言ってるんだよ!」
金髪坊主の男の失言に対し、茶髪パーマの男が罵声を浴びせる。馬鹿な奴等で良かったよ。
「別にバレてもここでこの男をボコボコにすればいいだけだ。それで後ろの女達を――」
「させるかよ」
黒髪の男が言い終わる前に、俺は彼の鳩尾に拳を入れる。それにより、彼は気絶をしたのかその場に倒れ込む。
「お、おい!」
「てめえ!」
金髪の男、茶髪の男にはそれぞれ顔に1発ずつ殴る。
「黒髪の奴にも言っておけ。今回はこのくらいで見逃してやるけど、次やったら警察に突き出してやるからな。あと、俺達がルピナスの花畑に行くってことを絶対に浅沼に言うんじゃねえぞ。浅沼がルピナスの花畑にいなかったら、お前らのせいで逃げられたって思うからな」
「そ、そんなこと言ったって俺は――」
「もっと自分の血が見たいのか?」
金髪の男がうるさいので、俺は彼の胸元を掴んで吊し上げる。
「なあ、俺と浅沼のどっちが恐いか? 恐い方の言うことを聞くべきだと思うぞ?」
「そ、それは……」
「さっさと答えろ!」
俺は金髪の男に向かって罵声を浴びさせる。俺もこんなことはしたくないけれど、浅沼の取り巻きを1人でも減らすためには致し方ない。
俺の罵声に気圧されたのか、金髪の男だけでなく、茶髪の男までもが怯えた表情をしている。
「い、言うことを聞くから離してくれ……」
金髪の男が震えた声でそう言ったので、俺は手を離す。
「お前らも、ちょっとは考えることができるんじゃないか。だったら、もっと考えろ。浅沼のやっていることが正しいのかどうか……」
「それは――」
「どっちが恐いんだっけ?」
「あんたの方だ……」
「それが分かっているなら、俺の言うことを聞け。彩花に復讐するなんて考えは絶対に起こすんじゃない。これはお前らのためにも言っているんだからな。今一度、自分達のしてきたことを考えろ」
金髪の男と茶髪の男は黒髪の男の側に座り込んで黙ってしまう。この様子なら俺達に反撃してくることはないかな。
まったく、つまらないところで時間を食っちまったよ。
時刻は午後1時35分。のんびり歩いては間に合わない時刻になってしまった。
「渚、茜さん。まずは月原駅に行きましょう」
「駅ってどういうこと?」
「タクシーを使おう。月原駅はそれなりに大きい駅だし、タクシー乗り場もしっかりしているからな。それを見越して金はたくさん持ってきた」
歩いて30分かかるところなら、タクシーを使えば、渋滞さえなければ10分で着くはずだ。月原駅まで走りタクシーに乗れれば十分に間に合う。
「月原駅まで走りますけど、茜さんは大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。体力には自信がある」
「ちょ、ちょっと! 私には訊かないの?」
「渚なら駅まで走れるって信頼してるからな。走れるかどうかなんて訊かなくたって答えは分かっているよ」
俺がそう答えると、渚は頬を赤くさせる。
「そういう理由なら許す。それよりも、直人がへばらないでよね! みっちり紅白戦に付き合っていたんだから」
「分かってるよ。とにかく急ごう」
俺達は月原駅へと走って向かうのであった。
午後1時40分。
俺達は月原駅に到着した。
タクシー乗り場の方に向かうと、停車している多くのタクシーが空車と表示されていた。先頭に停まっているタクシーに茜さん、渚、俺の順に乗る。
「すみません、ルピナスの花畑までお願いします」
運手席に座っている初老の男性に言うと、
「分かりました」
タクシーの運転手は落ち着いた口調でそう言った。
「ちなみに、ここから花畑までどのくらいで着きますか?」
「道が空いていれば10分もあれば着きますよ」
「分かりました。実はちょっと急ぎの用があって」
「そうなのですか。……では、少々アクセルを強く踏みましょうか。安心してください、信号は守りますし、人は轢きませんから」
そう言った直後に、タクシーが急発進した。穏やかそうな方なのに、意外とぶっ飛んだことをしてくれるじゃないか。
前方を見ても渋滞している様子はない。とりあえず、これで制限時間内には着けそうかな。
「直人って怒るとあんな風になるの?」
渚が突然、そんなことを言ってくる。
「寮の前で出くわした不良達に恐いとかどうとか言ってたじゃない。正直、私も直人のことが凄く恐いと思った。普段の直人からだと考えられなくて」
俺もあんな風に怒ったことはほとんどない。少なくとも、高校生になってからは初めてのことだ。渚が恐がるのも無理はない。
「彩花に復讐するという浅沼からの洗脳は相当なものだ。だから、それを解消するには物凄く恐ろしい思いを抱かせる必要があった。そのためにはあのくらいのことをしないとダメだと思ってね。もちろん、快感のためにやってるんじゃない」
「まあ、それならいいけど……」
「あとは浅沼達の居場所を吐き出させるため。まあ、実際には俺が確認を取る形でさりげなく訊いたらすんなり喋ってくれたけれど」
「そっか。それにしても、直人が一度倒した不良が寮の前に待ち構えていたなんて。どうしてだったんだろう?」
渚の疑問は、俺も走りながらずっと考えていたことだ。
「さっきの電話で浅沼はトラップを仕掛けたと言っていた。浅沼は俺達の行く手を阻むものを仕掛けたという意味で言ったんだろう」
「行く手を阻む?」
「ああ。浅沼は制限時間を設けた。ということは、時間内に来ないように俺達の脚を止めるのが第一だ。浅沼はあの3人を使って時間稼ぎをしようとしていたんだよ」
「なるほどね……」
「あと、これは推測だけど浅沼は茜さんにも復讐しようとしている」
そう言って茜さんのことを見ると、茜さんは真剣な顔つきで頷いた。
「私もそれは考えていた。私さえいなければ浅沼達の計画は成功していたからね」
「ええ。もしかしたら、彩花だけでなく茜さんも殺そうと考えているのかもしれません」
「妹を殺して心を傷ませた後に私も殺すってか。もしそれが本当なら、何が何でも浅沼達にはそれ相応の目に遭ってもらわないと」
「浅沼達の成功は彩花の誘拐までにさせましょう」
「やられたら倍返しだよね、直人!」
「ああ、そうだ。俺に彩花を誘拐したと言った時点で、俺達は彩花と同じ立場に立ったんだ。この1年間の借り、倍……いや、それ以上に返すつもりだ」
浅沼、ゲームを楽しんでいられるのも今のうちだぞ。俺達が来るまでの残り少ない時間を、誘拐した彩花を見ながらじっくりと味わっておけ。
けれど、俺達が辿り着いた瞬間にそれも終わりだ。浅沼の思い通りにはさせない。
「そろそろルピナスの花畑に着きますよ」
タクシーの運転手にそう言われたので周りの景色を見ると、駅の周りとは違って緑の多いのんびりとした風景が広がっている。ちなみに、タクシーを乗ってから7. 8分くらいしか経っていない。
「右手に見えるのがルピナスの花畑です」
「うわあ、綺麗……」
渚がそう言うのは分かる。右側の窓から見える青いルピナスの花畑はとても綺麗だ。外の道路からでもこんなに綺麗なのだから、花畑の中に入ったら絶景間違いなしだろう。観光スポットになるのも納得だ。
タクシーがルピナスの花畑の入り口前に到着し、俺達はタクシーから降りる。
「ここがルピナスの花畑か……」
「1年前のあの日を思い出すよ。あれ以来ここには来ていなかったけど、まさか次に来るのがまた浅沼絡みだとは思いもしなかった」
「今回はちゃんと決着をつけて、近いうちに観光としてまた来ましょうよ。渚もそう思うだろ?」
「そうだね。みんなでゆっくりと見たいな」
みんなでか。俺もそうしたい。
「よし、行こう!」
時刻は午後1時50分。
絶対に彩花はここにいる。俺達はそう信じて、ルピナスの花畑に入っていくのであった。
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