【異世界へ行きたいのですが?】

 しわの目立つ灰色のスーツを身に着けてずっしりと構えた時空管理官は対面に座る男の目を見てきっぱりと「何が何でも駄目です。」と一蹴した、それでも男は「そこをどうにかしてもらえませんか?」と引き下がらない。管理官は本当に気怠そうに一度奥の自分のデスクに戻ると、再度分厚い紙束を持って窓口へと戻ってきた、薄汚れたそのページを1つ1つ捲りながらため息交じりに説明を始める。

「ここをご覧ください、27ページです。」

男がそこを開くと、時空管理局制定までの流れと≪次元跳躍制限法≫の内容がずらずらと並べられている、管理官は「大まかな説明になるのですが」と前置きしてから何度も繰り返したであろう話をなれた口調で吐き出し始めた。


 次元跳躍装置が作られる前から異次元世界へのトリップは起きていた、しかしその全てが日常の様々な動作が重なった結果、次元の不完全な部分へ巻き込まれて運悪く此処とはまた違う分岐の先へとたどり着いてしまうという物であった為に国としては追跡も出来ずにただ捜索を諦めることしか出来なかった。しかし、装置が完成すると一度見つかった時空の歪みに対してのみ、その痕跡をたどって行き先の世界軸へと移動する事が出来るようになった。だがそこで国連の調査チームが見たのは予想外の光景であった、なんとほぼ全ての異世界へと飛ばされた人間が死亡せず、むしろその世界へ現行の技術を持ち込んだ為に、ある者はゲームが支配する世界で民を従えていたり、またある者は本来生まれなかったはずの魔術元素のある世界で魔法使いとしてハーレムを築いていたり、はたまた腕力や統率能力など本人にはなかったはずの才能が発現して最強の勇者として崇められている事さえもあった。研究者たちは巻き込まれるのは大概、現実世界に於いて所謂ニートや無職、社会不適合者といった非力な人間であり、まさかこの社会ですら生きることが難しい者がそのような快挙を遂げることが出来る訳も無く、その9割以上は行き先の世界で既に死亡していると予測されていたからである。


 全くもって予想外の事態に国連次元管理機関は当初の予定であった行方不明者の遺体の回収及び、痕跡の抹消という計画を大幅に変更し、既に我々の技術で変更が加わってしまった世界に対しては、そこで権力者となった時間跳躍者(トリッパー)に次元間条約という形でこれ以上の流入を停止するように要請した。また、たびたび起こる偶然のトリップに対しては新型空間ソナーによる監視を行い、跳躍現象が起これば直ぐに特殊部隊を送り込み、影響が起きる前に連れ戻す事でこれ以上の次元世界軸改変を防ごうと画策した。だが情報というのは人の手に負えないもので、気づけば世界中にこの「異次元へ飛べれば今までとまったく変わった生活が出来る。」という根拠のないデマが出回り、どうにかして自分もトリッパーになろうと画策する者たちで溢れかえった。これに対し世界各国では≪次元跳躍禁止法≫を導入し、夢を追い求める者と政府によるイタチごっこの火蓋が切って落とされた。


 最初こそ政府側の工作によりトリップは起きなかったが、この状況を知ったトリッパーたちは次元の壁を越えて国連へ対して圧力を掛けてきた、その内容も非常にシンプルで要は「次元跳躍を認めなければこちらの王国から竜騎士団を派遣する覚悟がある。」という物や「国家魔道師団による強行作戦も辞さない。」という物まで次々と送り付けられてきたのだ。国連側も現代兵器による超国際連合部隊での抗戦を宣言したが、砲弾をいとも簡単に弾くドラゴンや、持ち込まれたエレメントを使用した凍結魔法や医学を超えた回復魔法を操る未知の部隊によってたった数日でその半数の戦力を失ってしまうという大敗を喫した。最終手段として核攻撃までも検討されたが、相手が未知数である以上自国領へ放射能をばら撒くだけになると判断し、国連側は「今まで開拓された異世界に限って毎月2名までのトリップを許可する。」と譲歩した。


 その二日後、先の次元跳躍「禁止」法は異次元跳躍「制限」法と改められ、旧体制の国連次元管理機関は解散し、新しく異次元渡航管理局となった。行き先となった異次元の数は数百にも及び、その枠に対して毎月適性検査を受けた上での選出が行われた。そのほかにも様々な次元間のあらゆる物質の持ち込み禁止条約などが締結され、各空間の入り口には双方による強固な検問所が設けられるようになった。そこから時は経ち、今日で丁度6年目となる。


 管理官はそう早口に答えると、「残念ながら貴方は適性検査不合格の為異世界への渡航は許可出来ません」と男に告げた。そんなやり取りを何度も繰り返すうち、とうとう男は「はぁ、分かりましたよ」と観念したのか不服そうな顔で帰って行った。

今日も仕事が終わったと一息つく間もなく、渡航管理局から一通の極秘文書が届いた。そこには空間の歪みを強制的に変化させる装置の開発にやっとの事で成功したと書かれており、同じくそのテストが明日に決まったと書かれていた。


 翌日アメリカのとある演習場でそこに出来た歪みに対しての実地実験が行われた。

ドン!という爆発音のような轟音の後に強力なパルスが生み出され、時空の行先は全く異なる場所へと変更された。その成功に歓声が上がったのもつかの間のことだった。新しい異世界へと入ろうとした瞬間恐ろしいまでの何かが発生し、世界、いやそこから接続した全ての異世界にまでも「入り口」を介した、強大な謎の「負」のエネルギーが何もかもを掻っ攫っていった。それは何もかもを飲み込むようにして刹那のうちに複数の世界軸ごといとも簡単に消し去ってしまった。

 

 ≪行き先≫では吸い込まれた何もかもがある一点へと纏まり、超高密度エネルギー体を形成すると瞬く間に爆発し、何も無い空間へ広がっていく、それはまごう事無き万物の始点となるビッグバンそのものであった。

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