【タイムトラベラーは荷台に眠る】
ほんの数十分程の休み時間中に私はそこの片隅に寝転がり、暫しの間目を瞑っていた。トウモロコシの葉が風に揺られ、ザザッと音を鳴らす。蝉は私が気づく頃にはもう既に煩く鳴いていた。青臭い匂いがあたり一面に淀みのある川のように、纏わりつくように、強い粘りを持っているかのように私の体から離れようとしない。使い込まれたつばの部分がほつれた麦藁帽を顔からどかして起き上がると、また心地よい風が青草の匂いごと吹き飛ばしていった。残ったのは鼻腔を洗い流すように肺へと流れ込む夏色の香りと太陽からの焼けつくような視線だけだった。辺り一面をトウモロコシ畑が占め、所々に植林されたであろう木々が見える。遠くには小高い丘は波間のように規則的に並んでいるようにも見える。その中腹には白壁の建物がいくつか並んでいるのが見える。一番左は納屋で中央は誰かの家だろうか?一番右は…見当がつかない。私は幼いころから此処で過ごしてきた。父も、母も、祖父も、そして祖母もだ。
深呼吸をして汗を拭っていると後ろから「昼食だぞ」と声がした。振り向いて駆け足でその場所に向かう。自分がついた頃には配給待ちの人だかりが出来ていた。10数分待ってやっとトウモロコシのパンが回ってきた。直径10㎝程度の薄いパンではあるが、これが1日の最大の楽しみだと言っても良い。確かに味気ないとは思うがそれも他国に比べれば圧倒的に恵まれているのだ。今から30年前にとても大きな戦争が起きたらしい。私の生まれる数年前だ。その戦争でそれこそすさまじい人数の死者と被害が出たのだが、我々の偉大なる将軍様の采配により、我が国だけはその被害を最小限に抑えることが出来た。今私が食べているパンも将軍様の慈悲深き裁量によって配給されている。その他の品物も全て配給のみで供給されている。私たち以外の生き残った人間は皆、カエルや虫を食べ、泥水を飲んでようやく生きながらえている者たちばかりらしい。そんな生活なんて私は死んでもゴメンだ。本当に我々にあの偉大なる将軍様がいて下さった事は何よりの幸福なのだ。だからこそ私はこの身が続く限り、このトウモロコシ畑で将軍様とわが同胞の為に食料を作り続けるのだ。それこそ唯一荒廃することなく繁栄を続ける我が国の人民の勤めと言う物だろう。そんな事を考えながら残りのパンを頬張り、午後の仕事へ備える。しかしなかなか開始の号令が聞こえない。近くの女に「何故午後の号令が聞こえないんだ?」と尋ねると、女は「今、将軍様が視察にいらっしゃっているのだけれど、ついさっき私たちを気遣って、今日の仕事はもう終わりにしても良いと仰られたのよ」と答えてくれた。あぁ、なんと寛大なお方だろうか?今日はそのお言葉に甘えて仕事終わりにしてしまおうか。終わりだと思うとどっと疲れが出て来た。自然とあくびも出る。家へ帰ろうと農具を片付けていると道端に見たこともないトラックが停まっていた。荷台には段ボールゴミが載せられているようだ。丁度昼寝がしたかった所だ、あの荷物の上のほうが砂利の上で寝るよりも寝心地が良さそうだ。私はそのトラックの大きな荷台によじ登ると、そこでまたも寝転がった。「思った以上に柔らかく寝心地が良いじゃないか。」暫くここで休ませて貰おう。瞼の重さに逆らうこともなく、私はそこで目を瞑った。夏の風がまたも私の体を撫でて吹き去っていった。
あれからどれだけ経っただろうか?目を覚ましてまず目に飛び込んできたのは見た事も無い建築物であった。とんでもない高さだ、私の自宅よりも30倍は高いのだろうか?その天辺は雲に隠れ、最早見ることすら敵わない。角材を立てたような長方形の建造物が私の周りにいくつも整然と並べられたように作られている。道路は私の知っている砂利道でなく、首都でのみ見ることができるコンクリートのような物ですべて舗装されていた。周囲には明かりのついた棒のようなものが並んでおり、昼であるかのように道を照らし出していた。トラックから飛び降りて、より大きな道へ歩き出す。そこではとんでもない数の人が道を歩き、流れる車は光を反射してその光沢を持った車体を夜の街に目立たせている。なんと言う事だろうか?こんな風景は今まで見た事も無い。生き残った輩はこんな生活をしていないはずだし、ここは我らが首都とも似つかない。しばらく悩んだ挙句私は1つの結論を導き出した。「間違いない、私は未来に来てしまったのだ。」となるとここはあの時からさらに後の首都なのだろうか?しかし、街中の文字らしきものは今まで見てきた祖国の物とは全く異なる上に、道行く人の話も理解出来ない言語だ。祖国は近い将来崩壊するのだろうか?いや、そんなはずはない。何せ将軍様がついているのだから。暫く歩くと人々が食事を取っているのが見えた。この建物がこの世界の配給所だろうか?とても立派なうえにこんな施設がいくつもある。丁度腹も減っていたのでその建物の入り口を開けて入っていった。中では大きな皿がいくつもあり、多種多様な料理が並んでいた。その香りはとても素晴らしく、ほかの人たちがしているように皿に好きなものを好きなだけ載せて食べることができるらしかった。私は例に倣ってまだ見たこともない食事を皿に乗せ、飲み物を取って席に着く。食器は祖国と同じ「箸」が用意されていたので何の苦労もする事無く食べることができた。肉に、魚に、野菜に。その味は今まで食べた何よりも旨く、あのパンがまるでゲテモノだったようにさえ思えた。満腹になるまで食べる事が出来たのはいつぶりだろうか?こんな物まで配給されるとは恐れ入った。そう、未来は私が思い描いた以上に素晴らしい物だったのだ。
さてと、腹も満たされたので外に出ようとすると入り口でこの施設で働いているであろう女に呼び止められた。私は伝わらないことを知っていながら「おいしかったよ」と笑ってそのまま出ようとした。しかしその女は私の手をつかんで何やら怒鳴っている。配給所は騒然として他の食事していた人も不思議そうにこちらを見ている。何が何だかわからずにいると奥から男が大声で怒鳴りながらこちらに走ってくるではないか。私は身の危険を感じ、咄嗟に女を弾き飛ばすとそのまま外に飛び出した。後ろからはほかの男たちも加わって私を捕らえようと追いかけてくるではないか。もう無我夢中であの時のトラックがあった小道を目指して夜の街を駆け抜けた。
急いでトラックの荷台によじ登って隠れるとしばらくして青色の軍服のような服装をした男が何人もこのあたりを探り出した。腰には銃をぶら下げている。あれに見つかれば間違いなく殺されるだろう。希望に満ちたと思っていた未来はここまで残酷な裏を抱えていたじゃないか!祖国がこんな国に滅ぼされるのかと思うといてもたってもいられない。また現在に戻らなくては!私はその荷台で思い切り目を瞑り、またどうにか眠ろうとした。ここで眠ることができればまた戻れるかもしれない。頭を空っぽにして、ただただ祈りながら心拍を落ち着けた。いくらか経つと先ほどの疲れがぐっと圧し掛かってきた私はいつそうなったかもわからないほどあっさりと眠りに落ちてしまった。
今度目が覚めたのは走るトラックの荷台の中であった。このトラックは見る限りただのトラックのようだった。外を見ているとあのきらびやかな未来の土地から遠ざかり、長い道をひたすら走っていた。そのまま初めて見る景色を眺めていると目の前に建物が見えた。私は少しだけ顔を出して見ていると、その低い建物しかない見慣れた都市は祖国の首都そのものであった。こんなことはあり得ないはずだ。戦争で全て消えたはずだ。だが、はるかに進んだ都市が存在していたことを私はこの目で確かに見たのだ。とすればもしや今まで私が聞かされてきたことは嘘だったのだろうか?突然目の前が明るくなり、上から「誰かいるぞ!スパイだ!」と声がした。反論する間もなく体にひどい熱を感じた。腹を見れば今まさに真っ赤な血が服を染めている所であった。「があああああああっ!?」激痛に叫びを上げる。視界はゆっくりとぼやけ出す。ここは国の検問所だった。先の戦争なんて嘘っぱちだった。世界は崩壊などしてはいなかった。むしろ崩壊しているのはこの国じゃないか…。食料も無い、十分な家も無い。地主だって…。政府だって…。何もかもが嘘だった。将軍なんて本当は…。
ドンと闇夜にもう一発銃声が響く。そこで私の世界はあっけなく途絶えてしまった。
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