【愛を紡いだ人工無能】
人はいずれ死ぬ。いくら科学が進歩しても、それを享受出来るのはいつだって金持ちばっかりだ。僕らにはそんな機会、巡っては来ないから。
高度科学が発達した都市にかろうじて残された旧市街。レンガ造りの遺産とも呼べそうなほど古びた貧民街に私は一人取り残されていた。煤けた壁と壊れかけの配管がどれだけの年月を経たのかを物語っている。ざらついた壁にもたれ掛かり、そのままずるずるとしゃがみ込む。冷え込んだ風が体を撫でるように吹き去っていく。周りを照らすのは何十億とこの星を見守って来た月の微弱で、それでいて優しい光だけだった。
今でも数日前の事ははっきりと脳裏に浮かぶ。いや、と言うよりかは数日前からの起きても覚めることのない悪夢にうなされ続けていると言った方が的確だろう。
唯一異なるのは、それがただの幻覚や幻聴なんかではなく、確かに現実として起きた出来事だと言う、変える事の出来ない事実であったことだろうか。
私は最愛の人を失った。少ない貯金を引き出し、初めて彼女とオペラハウスに向かう直前であった。どこからともなく黒色の車両が私たちへ突っ込んできたのだ。
私は咄嗟に彼女の手を引いて避けようとしたが、運命の女神はそう簡単に微笑んではくれない。鉄塊が彼女を巻き込み、その奥にいた富豪らしき一団を吹き飛ばしたところで静止した。急いでそこへ走り込んだが、私が目にしたのは言葉に出来ないほどのひどい惨状であった。サイレンを鳴らして到着した救急隊は私たちには目もくれずに黒服に囲まれた男の元へ駆けつけ、救急車に乗ってあっという間に走り去った。
私は出せるだけの声で「頼む!私の大事な彼女なんだ!助けてくれ!君たちは彼女を治せるんだろ?頼む!助けてやってくれ!私なんてどうでもいい!金なら払う」と叫んだ。だが、安っぽい身なりをしていたからだろうか、それともゴールド以上のICチップを持っていなかったからだろうか。誰一人私の声に耳を傾けることは無かった。私には冷たくなる彼女の手を握り続ける事しか出来なかった。
暫く大声で泣いた後にゆっくりと立ち上がる。ふらふらとした足取りでまた歩き出す。相も変わらず都市の光は私を嗤うように煌々と輝いている。
ダスト・エレベーターの排出口の廃品箱に光るものが見えた。手に取ると、どうやら旧式の人工無能ソフトの入ったデバイスらしい。
人格情報は全てリセットされている。私はアナウンスに従って彼女の顔を思い浮かべながら一心不乱に入力していく。数分後、そこには彼女の容姿と声が出来上がった。
幾つか質問を投げかけるがそれは故障したのかどんな質問にも「はい。」としか答えない。「僕の名前を憶えてる?」「はい。」「あの時助けられなかったことを君は恨んでる?」「はい。」無機質な回答が続く。私は居なくなった筈の彼女がそこ居るように思えて、ただただ、小さな声で「ありがとう。」と呟いた。
ガガガッと音がしてリピート機能が起動した、それは彼女の声で「ありがとう。」と復唱した。直後、雑音がしてプツリと電源が落ちた。
私はその言葉に今までの回答とは違う温かさを感じて、また泣き崩れた。
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