第193話 アイアンシェフⅨ
「サクヤが助けを求めてやってきた。運が良かった」
俺は沼の中に入ってロイヤルバニーたちを救出しようとするが、カリンが大声で止める。
「入っちゃダメ! この沼は底が無いの! 一度入ったら抜けられないわ!」
「なにっ」
どうしようかと考える間もなく、俺の頭の上にブブブっと嫌な音が鳴る。
それは仲間を殺されて怒っているベルゼバエたちで、その数はどんどん増していき、一瞬辺りが暗くなったと思うほどの大群が空を覆う。
……ブブブブ……ブブブ
ブブジジジジ……
「うーわ、きっしょ」
「怒ってるね」
「怒ってるな。でも、だからなんだよ。今日ウチ、ほぼ全戦力で来てんだぞ。ハエ如きに負けるかよ」
「それもそうだね」
既に猫族のアーチャー隊はギリギリと弓を引き絞って待機しており、こちらの命令を待っている。
「このうるさい羽音を止めろ!」
俺の命令と同時にリリィたちのアーチャー部隊が矢を発射すると、矢じりに刻まれた炎の
騎馬隊先頭に立つディーが地竜に乗ったまま剣を構え、大上段に振り下ろすと斬撃が一瞬空に残り、その範囲にいたハエたちは真っ二つになる。
シロとクロの引く荷車に乗って到着したフレイアが空に向かって炎をまき散らすと、羽を焼かれたハエがボタボタと空中から落下してくる。
ハエは緑の体液をまき散らしながら地面に落下すると、ひっくり返って足をバタつかせながら絶命していく。
「きっしょく悪いわね。こんなのの卵を産み付けられるとかおぞけがするわ」
「銀河、宇宙忍法
銀河は火の印を結ぶと、彼女の周りに赤熱する八つの鬼火玉が現れ、彼女が指をさすのと同時に鬼火玉は弾かれたようにハエを追尾し、次々に火炎の渦へと飲み込んでいく。
しかし運悪く羽だけを焼かれたハエが真上から落ちてきて、銀河の背中に組み付いた。
ハエは、おっラッキーとばかりに下腹部から卵管を伸ばし、銀河の股座をまさぐっていく。
「ひーん、助けて下さい!」
「あかん! あいつ異種姦されそうになっとる!」
「やめるであーる。この蟲風情が、我輩の
ドンフライが嘴で突っついているが、まったくきいていない。
レイランが音もなく現れると、銀河に組み付いているハエの頭にドスッと青龍刀を突き立てる。
「火力ってのはこうやって出すネ」
レイランが、両手に稲妻と疾風を纏わせる。蛇のような紫電の光と、円を描く、まるで風のブレスレットのような力を一つに合わせると目の前に小さなつむじ風かおこり、その風はほんの1秒足らずで周囲を吹き飛ばす強力な竜巻へと成長する。
「唸れ疾風、轟け雷光」
晴れていたはずの空から雷鳴が轟き、雷と風は大災害のような電流ツイスターとなって、周囲の木々をバギバキと音をたてて破砕していく。
ミキサーのような竜巻が上空にいるハエを、まとめて粉みじんへと変えていく。
チャリオット達は、竜巻の中に青碧色の風竜と黄金色の雷竜の二頭の竜が絡みついているのが見え、これがたった一人に巻き起こせる力なのかと畏怖する。
「か、火力が違います」
「ふん、伊達でEXやってないネ」
レイランがふんと胸をそると、どこから現れるのかハエは再び空を黒く染めるほどの大群で飛来するのだった。
「しつこい毒虫ネ」
チッと舌打ちして、ぶっ殺してやると言わんばかりにレイランが地面を蹴りつけると彼女のヒールからボンっと炎が上がり、踵から太ももに炎を纏わせる。
「火竜――」
彼女が攻撃に移ろうとした瞬間、轟音が轟き、黒い空に風穴をあける。
振り返ると変形したG-13とドッキングしたエーリカが巨大なガドリング砲を持ち、銃口から硝煙をくすぶらせながら立っていた。
【エーリカ 強襲制圧用G装備 タイプアバランチ】
[
「了解、武装をファイヤーランチャーへ交換」
[ラージャ、ファイヤーランチャー装填完了、対象広範囲ヘノ焼夷爆撃ヲ開始シマス]
エーリカは両肩部に弾薬を満載したミサイルコンテナを装備しており、彼女のヘルムに映った無数のハエたちがターゲットサークルにロックされる。
「ファイヤーランチャー、発射」
エーリカの冷淡な発射命令と同時にミサイルハッチが開き、上空に向かって無数のミサイルが発射される。直角に打ち上げられたミサイルは白煙を上げながら上空でU字にターンすると、ベルゼバエの頭上に降り注ぎ、内蔵された火薬燃料がぶちまけられ敵を火だるまにするのだった。
しかし火だるまになったハエは上空から火球のように降り注ぎ、こちらにも被害が出る。
「あのポンコツ、アホなのか!? 油まいて敵に火をつけたら大惨事になるに決まってるネ!」
「ソフィーシールド展開!」
我らのシークレットウェポン、できればそのまま秘密のままでいてほしい神官の少女が勇ましく前に立つ。
「ヘヴンズソード! 神は言っております! 虫嫌いと!」
ソフィーの叫びと共に、
すると沼全体を覆い隠すほどの光のシールドが展開され、降り注ぐ火だるまになったベルゼバエの死骸を弾き飛ばしていく。
その様子を木の陰で見ていたハゲテルは目玉が飛び出しかけていた。
なんなんだ、あの尋常ではない火力は、一個師団どころの話ではない。国一つ滅ぼせそうな火力であり、このままでは愛しのハエが木端微塵にされるのは目に見えていた。
圧倒的な火力でベルゼバエの集団は次々に駆逐されていく。
「咲、ハエは倒せるけど、この沼どうやって入るの?」
「どうしたもんか」
「咲、あたしに考えがある」
「なんだ」
「ようは沈んじゃダメなんでしょ? つまり右足が沈む前に左足を出すんだ」
「天才かよ、お前」
と言いつつも、そんなことできる奴ウチのチャリオットに……結構いそうで嫌だった。
レイランや銀河辺り普通に水の上走っててもなんら違和感がない。
だが、彼女らはハエの駆除に忙しいので、なんとか助け出す方法を考えなければ。
そう思っていると、俺の隣にマイコニドが並んでくる。
「あれ、こいつついてきたのか?」
「多分ソフィーたちの乗ってた荷車に一緒に乗ってきたんだよ」
マイコニドは俺のズボンを引っ張ると何かを求めているようだ。
「なんだ?」
見るとシロとクロを指さしているように見える。
「シロとクロがどうかしたのか?」
「多分ミルク欲しいんじゃない?」
「今そんなことしてる場合じゃないんだがな」
でも、何か妙案があるって顔してるしな。いや、顔ないし気のせいかもしれないけど。
俺はシロとクロから乳瓶を受け取って、ざばーっとぶっかける。するとマイコニドは跳びあがって沼の方に走っていく。
「なんだあいつスターでテンション上がったのか」
「見て、あれ!」
オリオンが指さすと、マイコニドは沼の近くで両手をつく。すると沼の中にニョキニョキとキノコが伸び始めたのだ。
巨大なキノコは沼の上に根を張っており、頑丈ではなさそうだが人が乗っても大丈夫そうなくらいには安定感はある。
「あれを足場にってことだな。俺キノコ好きになりそう」
俺とオリオンはどこぞの横スクロールアクションゲームのごとく、沼に根を張ったキノコの傘の上を飛び越え、次々にロイヤルバニーたちの体を沼から引っこ抜いていく。
「咲、こっちはこれで最後だよ!」
「こっちは後一人で終わりだ!」
俺は最後に残ったカリンの体を沼から引っこ抜こうとする。
「もう大丈夫だ」
カリンに手を差し伸べた、しかしその瞬間、膝上までで浮いていた彼女の体が一瞬で腰まで沈んだのだ。
「やばい、動かないでくれよ!」
「待って、違うわ! これ、下から引っ張られてる!」
「なっ!?」
カリンの体は、沈むにしては不自然な速さで一気に沈んでいく。
そして肩から下が全て沈んでしまい、顔と腕以外は沼に飲まれてしまっている。
足場にしているキノコがギリギリで、カリンの腕に手が届かない。
「もうちょっと! 頑張れ、手を伸ばせ!」
「ダメ、凄い力で引っ張られてる! 私のことはもういいから、他の仲間を助けてあげて」
その言葉を残しカリンの体は沼の中へと引きずり込まれ、水面には小さく気泡が浮かび俺の手はあと一歩のところで空を切ってしまった。
「くそがっ!」
俺は間髪入れず沼の中へと飛び込んだ。
「咲!」
「引っ張り上げてくる!」
俺は汚い沼をかき分け、一気に潜った。
「ディー! 咲が沼に落ちた!」
「なにっ!? エーリカ、ワイヤーを」
ディーが声を上げた瞬間、リリィの猫耳がぴくぴくと反応する。
上空に何か大きな風切り音を感じたのだ。
「ディーニャ、空から何か来るニャ!」
「この忙しい時に」
エーリカも上空から急接近する巨大生物に気づき、顔を上げる。
[警告、戦闘区域ニ飛来スル影アリ……金属飛竜種メタルドラゴント判定]
「メタルドラゴンが来ます!」
「エーリカ迎撃できるか!?」
「撃ち落とします。120ミリ対空キャノン、バスターランチャー、徹甲榴弾を装填!」
[ラージャ、20ミリ速射砲ヲサブウェポントシテ、タレット制御デ配置シマス]
響き渡るドラゴンの咆哮に誰もが空を見上げる。
銀色の竜は剣で作られたような翼をシャンシャンと鳴らし、沼地に獲物を見つけると、翼を閉じた高速形態で滑空してくる。
空気で押し潰されるような圧迫感があり、巨大な金属の竜が空から飛来する。
迎え撃つは、半人半機の少女。彼女の手には通常では持つことすら叶わぬような巨大なキャノン砲が持ち上げるように握られており、武骨な砲身が上空へと向けられる。
「レッグロック!」
彼女の叫びと共に、エーリカのヒールが地面にアンカーを打ち込み、自身の体を固定する。
そして対空砲を空高くに掲げ、
エーリカのヘルムにはメタルドラゴンの姿が映されており、一直線に沼に落ちた王の元と向かっていく。
相変わらず人だけでなくモンスターにも好かれると皮肉が浮かんでしまった。
「絶対に行かせません」
エーリカのキャノン砲はメタルドラゴンを捉え、彼女のヘルムは正確に自身と敵との距離を数字で計測している。
メタルドラゴンは下降しながら隕石のような火球を吐き出すと、エーリカの周囲が爆炎に包まれた。
その時だった、沼の中から泥まみれになった王が、カリンの体を担ぎ上げて浮上してきたのだ。
浮上した俺は目の前にメタルドラゴンが迫っていることと、迎撃態勢に入っているエーリカに気づき、即座に命令を出す。
「ソフィー! エーリカを守れ! 銀河、レイラン雷で奴の動きを止めろ! 他は全力で足止めだ!」
俺の声が響き、全員が一斉に動く。
アーチャー隊は狙いをハエからメタルドラゴンにかえ、火の雨を奴の体に降らせる。
ソフィーはエーリカの前に立ちシールドを展開し、レイラン銀河の、雷遁雷竜のダブルサンダーがメタルドラゴンの翼に落ちる。
しかし翼で電撃を弾いたメタルドラゴンはエーリカに向かって火球を発射する。
爆炎が巻き起こるが、その程度でソフィーの堅固なシールドは破れない。立ち上る炎と白煙を突き抜けて轟音が響く。
エーリカのバスターキャノンが空を舞う流星を落とすかの如く発射され、正確に照準をつけられた徹甲弾は、空気を切り裂き銀色の竜の腹部に突き刺さると直後大爆発を巻き起こす。
その衝撃でメタルドラゴンは翼を大きく開き、ぐらりと体が崩れる。
これで翼のガードは外れた。
「オリオォン!!」
俺の叫びと同時に、オリオンがサクヤに抱かれ滑空してきたメタルドラゴンの頭上を跳び越える。
片足だけのジャンプだが、今の奴を飛び越えるくらいなら問題はなかった。
オリオンの手にはロイヤルバニーたちが使っている竜殺しの槍が握られている。
「オリオン、首だ! 奴は首に傷がある!」
俺の叫びに反応し、オリオンは金属の鱗がはがれたメタルドラゴンの首に狙いをつけた。
「こんにゃろう!!」
オリオンが放った深紅の槍はレーザー砲の如く発射され、正確にメタルドラゴンの首を刺し貫くと、ほんの数秒後に大爆発を巻きおこした。
メタルドラゴンは金属がこすれるようなうめき声をあげながら大地に沈んでいく。
「勝ったか……?」
メタルドラゴンは完全に絶命し、周囲にはもうハエの姿もなくなっていた。
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