第171話 冒険者養成学園Ⅴ
「大丈夫でしょうかお館様、顔色が優れませんが」
銀河が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
どうしたことだろうか、そんなダメージを受けたと思っていなかったのだが胃の調子が悪いようで、顔色も悪くなっていたようだ。
「胃が痛い」
「それではこちらの丸薬をお飲みください」
俺は巾着から取り出された茶色い飴玉を受け取る。
大丈夫なんだろうなこれ。怪しいもんは多分入ってるだろうけど。
「あたしもほしい」
「我輩もである」
「僕もほしいです」
「はい、それでは」
銀河はオリオンとマルコ、ドンフライにも同じ丸薬を手渡し、全員一斉に口の中に放り込んだ。
「なにこれ、まっず、おえっ」
「甘くて臭い肉の味がします」
俺とオリオンたちは口の中に広がる砂糖につけた甘すぎる焼き鳥みたいな味に顔をしかめる。
オリオンとマルコはあまりのまずさに飴玉を吐き出した。
「僕が吐き出すなンて相当なまずさですよ。咲さンよく口の中に入れてられますね」
「良薬口に苦しだと思って我慢してる。ほんとは吐き捨てたい」
「でしょうね……」
「胃痛腹痛を改善する丸薬ですので、そのまま舐め溶かしください。ちなみにお味はキャラメルチキンソテー味です」
「なぜキャラメルにチキンをまぜようと思った」
「ふむ、なかなかいけるであるな。西園寺よ、もう一つくれである」
「はい、どうぞ」
銀河はもう一つドンフライに飴玉を渡す。
「お前これ共喰いなんじゃないのか」
「チキンソテーだしね」
銀河のまずい飴玉でブルーな気持ちにさせられていると、教室の扉が突如開かれた。
驚いて振り返ると、そこにはお嬢様学校とは思えないほど制服を着崩し、スカートをロングスカートに改造したガラの悪い女子生徒が数人立っていた。
眼光が鋭く、木刀を肩に担いでいたりと明らかに友好的ではないと雰囲気でわかる。
女生徒の一人がガムでも食っているのかくちゃくちゃと汚い音を発しながら、目の前まで近づいてくる。
女生徒は片目隠しの通称キタローヘアーにメッシュでも入れているのか毛先が金から赤へとグラデーションしている。
しかしながら俺は違和感に気づく。目つきは悪いながらも顔立ちは整っており、尖っているように見せても上品な顔立ちをしていて美人タイプと言っても間違いない。
悪ぶっているように見えるが育ちの良さが隠しきれていない。
「テメーがふざけたことやってる教師かよ。まだガキじゃねぇか」
女生徒はポケットに手を突っ込んだまま、こちらを覗き込んでくる。
ポケットの中に隠しているのは、恐らくアイアンフィストのような鉄拳かナイフか、それとも魔術刻印をしたグローブの可能性もあるな。
そう思っていると女生徒は突如こちらに向かって噛んでいたガムを吐きかけた。
俺の頬にガムがべちゃりとくっつく。
この世界ガムとかあるんだな……。
「どうしたんだよ、なんかやりかえしてみろよ、あぁ? センセーよぉ?」
俺は吐きかけられたガムをとると、そのまま自分の口に運んで食べた。
「なっ!? テメーなにやってんだよ!? 頭おかしいんじゃねぇのかよ!」
「俺は先日アッシュ先生から教師が生徒になめられたら終わりだと聞かされた。その通りだと思う。この吐きかけられたガムは俺への挑戦状とみなし、俺はそれを食った」
「は、はぁ!? なに言ってんだテメーは!」
俺はなめていたクソまずい飴玉を吐き出し、それを女生徒に近づける。
「な、なんだよ、なにしようって言うんだ……やめろ、やめろ!」
「俺はお前の挑戦を受けた。なら今度はお前が俺の挑戦を受けるべきだ」
唾液でテカテカとした飴玉を徐々に近づけていく。
「やめろ、やめろぉ!!」
やめろと叫びながらも、プライドがあるのか女生徒はその場から動かない。
「これを食べられないなら俺の勝ちだ」
「な、なんだ勝ちとか負けとか! 一体何の勝負をしてるんだよ!」
「お前が売った! 俺が勝った戦いだろ!!」
「そんな汚ぇ勝負誰が受け――」
「勝負に綺麗や汚いなんてないんだよ! あるのは勝つか負けるか、上か下かなんだよ!」
「な、なんだと……」
何事も力強く言うと、なぜかわからないがそれっぽく聞こえる現象を利用すると、女生徒は完全に雰囲気負けして、何度も飴と俺を見比べて頭の中にはこの飴を食わなければいけないのかとびびっている。
「いいのか、後ろでお仲間が見てるんだろ」
チラリと視線を促すと、教室の外でガラの悪い少女達が「あれ? なんか様子おかしくない?」とざわめいている。まさか調子に乗った教師をシメに行ったはずなのに、食いさしの飴玉をつきつけられて困惑することになるとは思っていなかっただろう。
「いいのか、このままいけばお前の負けだ。調子にのって乱入してきたのに返り討ちにあって負けた情けない女になるがそれでもいいんだな」
「く、くそ、食えばいいんだろ食えば!! よこせ!」
女生徒は完全に雰囲気に負け、俺から飴玉をふんだくると、「こ、こんなもの」と声を震わせながら口の中に放り込んだ。だが、あまりのまずさに女生徒は飴玉を吐き出した。
「ゴホッゴホッ、なんだこのクソまずいもんは!」
「吐き出したから俺の勝ちだな」
「はっ!? ふざけんじゃねー!」
「そんじゃー授業始めるぞー」
「無視すんな!」
「言いたいことがあるなら授業後に聞くから座れ」
「ふざけんな!」
完全に頭に血が上った女子生徒はポケットからメリケンサックが握られた拳を抜き、俺の側頭部に拳を見舞う。
「どっち向いてガードしてんだよ!」
女生徒の拳が突き刺さる瞬間、俺は手を側面に突き出す。
決してこれはナックルから顔を守ろうと思ったわけではない。
いい加減キレたあいつが、剣を抜くのを止める為の命令だ。
「オリオン待てだぞ」
「何言って……」
女生徒はようやく気づいた、こちらが何に対して待てと言っているのか。
拳が振るわれた瞬間、オリオンが一瞬で背後まで跳躍し女生徒の脊椎を狙い剣を突き出して止まっているのだ。
本当に時間を止められたかのように制止するオリオンは、俺がいいといえば即座に女生徒を切り裂いてしまうだろう。
その時だった。教室に新たな生徒が現れたのは。
「さ、咲さん、すみません少々お召し物を用意するのに時間がかかってしまいまして、ですが今日から……」
勝負下着の準備で遅れていたアリスがとうとうやって来たのだ。
彼女は教室に入って言葉を失う。
荒れた教室の中、目の前で側頭部をぶん殴られて血を流す俺、殴った女生徒、殴った女生徒に斬りかかろうとしているオリオン。
凄い並びである。
アリスはなんとなく直感で何が起きたか察すると、背中からすっと釘バットを取り出す。
「ヴィクトリア、オレがヘッドを譲ってから偉くなったもんだな」
「へ、ヘッド!?」
殴りかかって来た女生徒とアリスは面識があるようで、ヴィクトリアと呼ばれた女生徒は驚くのと同時に顔色を青ざめさせていく。
「その人はな、たった二人でペイルライダーを倒せる、お前ら雑魚どもが束になっても敵わないお方なんだよ」
「はっ、えっ、まさか、そんな」
正確にはフレイアもシロクロもいたので二人ではない。
「いつまでその人にお前の汚い手をこすりつけとくつもりなんだ?」
ヴィクトリアは慌てて自身の手を引っ込める。
「揃いも揃って、お前らまだ教師いじめしてたとはな」
「す、すみませんヘッド……」
「そこのお前らもなぁ! ボンクラども、並べ!」
「「は、はいっ!」」
教室の外から観察していたヤンキー少女達が、教室に横並びする。
なんだろう、こう上級生には絶対服従しなければいけないヤンキー漫画を見ているような気分になる。
アリスはどうやらこのヤンキーグループの元リーダーだったようで、釘バットを肩に担ぎながら座った目で他のヤンキー少女達を睨みつけて行く。
少女達は完全に委縮してしまっている。
「お前ら揃いも揃って、ドアホばっかりだな!?」
「すみま……せん」
「聞こえねーんだよ!」
「「すみませんした!!」」
「うるせーんだよ!!」
なんという理不尽。
「どいつもこいつも、頭に脳みそ入ってんのか!? えぇ!? なんでこの教室はこんなに汚いんだよ! なんでお前らは咲さんぶん殴ってんだよ! 言ってみろヴィクトリア!」
「そ、その……昨日の授業でゴブリンを目の前で切り裂いて、うちらをびびらせようとする生意気な教師が入って来たって……」
「あ゛あ゛? 咲さんがわざわざ遠方から自分のお仕事をおして、お前らみたいなバカどもに授業してくださってるのに、生意気とかなめてんのかテメー?」
アリスは俯くヴィクトリアの前髪を掴み上げ、無理やり上を向かせる。
ヤンキー怖いです。アリスさんキャラかわりすぎです。
「い、痛いです」
「人様ぶん殴って痛いですはないだろ」
アリスはヴィクトリアのはめていたメリケンを奪い取ると自身の拳にはめる。
あっ、これやばいやつだ。
「す、すみません」
「お前ら全員一人ずつぶん殴っていくからな。歯食いしばれ」
「は、はい」
アリスの振り上げた拳を俺は止める。
「もういいだろ、十分すぎる。そんなもんで殴ったらケガするし跡に残る」
「跡に残した方がいいんですよ。こいつらバカだからすぐ同じこと繰り返す。なぁお前ら!」
「「し、躾けていただきありがとうございます!!」」」
う、うわぁ……ヤンキーの世界こわっ。パワーオブジャスティスってことがよくわかるな。
「俺は君にも友達を殴るようなことしてほしくないんだよ」
「…………」
涙目になったヴィクトリアを見ると、あまりにも可哀想すぎる。
「咲さんは暴力は好きじゃなかったですね。すみません。別ので詫びます。お前ら脱げ、全員脱げ」
アリスが命令するとヤンキー少女全員が慌てて改造制服を脱ぎだす。
「何をしているのかな?」
こっちの理解を超えたことはしないでほしい。
「ぶん殴った詫びとして、こいつら全員の処女膜破っていって下さい」
「できるかそんなこと!」
「お、オッス!」
「涙目で押忍とか言うな」
白やピンクのレース柄下着が次々に目の前で露わになる。
改造制服着た、見た目ヤンキーのくせに下着だけは可愛いもん着けてるな。揚羽のヒョウ柄ノーブラスタイルを見習ってほしい。
「しょ、処女とか恥ずかしいのでヘッドの彼氏にもらっていただけるなら本望です!」
「もっと自分を大事にしなさい!」
まさか本当の教師みたいなことを言わされる日が来るとは。
なんとか詫びを入れさせようとするアリスを説得し、全員制服を着せることに成功するとガラの悪い生徒達は教室内に入り、大人しく着席している。
アリスが散々ドスをきかせて脅しまくったおかげか、どうやら授業を受けていくらしい。
「おかしなことになってんな、これ」
「咲さん……」
釘バットを持ったアリスが近づいてくる。
「お、おぉ」
頼むから殴らないでねと思っていると、アリスは目じりに涙を貯め。
「私ヤンキーとか怖いです」
そう言って完全な嘘泣きとともにひしっと抱き付いてきた。
いや、君の方が100倍怖い。
ヤンキー少女たちが生徒になったのだった。
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