第123話 チェイサー
「くっそ、無茶苦茶な運転しやがって。あんなもん誰だって吐くわ」
俺は青白い顔をしながら、血まみれの友人を見やる。
どうやら何かしら力を手に入れて、一人で持ちこたえていたらしい。
俺の知っている茂木剣という男は、状況が危うくなれば全力で逃げ出す男だと思っていたのだが。
どうやらヒーローになったらしい。
ほんとに今日は揚羽といい茂木といい、よく謎の力に目覚める日だ。
俺は息も絶え絶えという感じの茂木に近づく。
「よぉ、もっさん、なかなかいい顔になってるな」
「うるせーバカ、絶賛異世界系とか異能力系の厳しさを痛感してるところだ」
「体力いるだろ」
「もやしのオタクにVIT要求してくんじゃねぇよ。俺はINT系なんだよ」
「今日日の異世界系はINT系でもVITのない奴から淘汰されていくからな」
「最近の異世界もの体育会系すぎだろ」
もっさんと俺はニッと笑みを浮かべ、お互い背と背をあわせる。
「あれはなんなんだ?」
「川島のなれの果てだ。どうやらもう人間に戻れなくなったらしい。お前の言ってた灰色世界でエンカウントした。なんでこっちの世界に戻ってこれたのかは知らん」
「なるほどな。怨念が強い分、鼻より強そうだ。それであいつ何してくるんだ?」
「基本的には地面を凍結して、その上を滑って来る。先に軌道を読んでおかないと、動いてから避けても間に合わないぞ。他はあのリーチの長い腕を振り回してくるのと、口から氷の息を吐く。凍結のスピードは一瞬で、気づいた時には凍ってるから気をつけろ」
「なるほどな、じゃあまず骨を砕いて機動力を奪って……」
「体の骨を砕いても再生するから無駄だ」
「マジかよ。死角はありません、無敵ですって感じだな」
「そんで、お前は戦えんのか? どっちかっていうと俺よりお前の方が顔色悪そうだが」
「既にこいつと似たような奴と一戦やりあってきてるからな」
「なにそれ、どうやって勝ったの?」
「揚羽が特殊能力に目覚めてローストチキンにした」
「言っとくが、俺の能力に過剰な期待はするなよ」
「大丈夫だ、残弾既に撃ち尽くした俺よりマシだ」
「お前ほんと何しに来たんだよ」
「決まってんだろ」
俺は右腕のガンドレット構える。
「戦う為だ」
茂木はその言葉を聞いて、少しだけ呆気にとられる。
こんなセリフ絶対自分には言えないと思ったからだ。
「いや、案外異世界でお前は勇者してたかもしれねぇな」
「俺がパーティーなら、こんな役に立たない勇者は願い下げだ」
「だから仲間が集まって来てるんだろ」
見るとそこにはブォンブォンとエンジンスロットルを回し、一気に突撃していくマサムネの姿があった。
真正面からショットガンを連射しながら、振りまわされる腕を回避し、バックライトを光らせながらコキュートスの股下を抜けていく。
「あのマッドマック〇と処刑〇イダーを足して二で割ったようなん誰?」
「一条だ」
「はぁ!? マジかよ!?」
「あいつはどんな格好しても可愛いよな」
「突然病気発症するのやめてもらっていいですか」
ターゲットをマサムネからこちらにかえて、凄まじい勢いで突進してくるコキュートスをかわす。
すれ違いざまにガントレットで殴りつけるが、全くきいている様子がない。
「かってぇ!」
「頭蓋は特に硬い」
「でも体は再生するんだろ? なら頭叩き割るしかねぇだろ! スターダストドライバー!!」
青白く光る頭蓋骨を思いっきり殴りつけると、コキュートスは病院の方に吹き飛んでいく。
「全然きいてないな」
マサムネが俺の隣にバイクをつける。
「ショットガン程度じゃビクともしない」
「飛ぶけどダメージ入ってないな。超かてぇカニ殴ってる気分だ」
「なんで君らそんな余裕あんのか、俺には不思議だ」
「あの頭蓋骨の中で光ってる人魂みたいなのが怪しいんだがな」
その時ファンファンとサイレンを鳴らして国家権力たちが到着する。
警察官はパトカーから降りると、コキュートスを見て顔を引きつらせている。
「そこの少年たち、すぐに避難しなさい!」
メガホンで逃げろと促されるが、心情的にはこっちが逃げろと言いたい。
コキュートスはサイレンの音が気に障ったのか、凄まじい勢いでパトカーに突撃していく。
「こ、こっちに来るぞ! 逃げろ」
警察官たちを軽く蹴散らすと、再びコキュートスはこちらを向く。
「ここはダメだ、警察たちが集まってくる。逃げるぞ!」
「逃げるって走って逃げる気かよ!?」
その時マサムネが先ほど吹き飛ばしかけた救急車を見つける。
「あれ!」
「もっさん乗れ!」
俺達は救急車に乗り込む。幸い車内には救急隊員も患者らしき人間もいない。
「えっ、運転できるの!?」
「舌噛むぞ」
「えっ!?」
マサムネは全員が乗り込んだと同時にアクセルを全開にする。
キュルルルとタイヤが空転し、直後弾丸の如く救急車が病院から飛び出していく。
「ねぇ一条さん運転できたの!?」
「ギアはドライブしかないし、ペダルはアクセルとブレーキしかないんだから、こんなものゲームの方が難しい」
「ゲームは死なないってわかってるからだよね!? ゲームオーバーと同時にプレイヤーが死ぬ仕様だったら誰もやらないよ!?」
「ほら、もっさん後ろから来てるぞ」
バックドアを開けると、コキュートスは凄まじい勢いで追いかけてくる。
「俺、昔巨大なトレーラーが全てを踏みつぶしながら追いかけてくる映画見たことある」
「俺も知ってる」
霧のおかげでほとんど車の通りはない。聞こえるのはコキュートスが俺たちを追いかけてくる音と、報道用のヘリが追跡してきているローター音だけだ。
「この霧の中、よくこんだけスピードだせるもんだな」
「マサムネ、このまま国道90号線を走って、旧赤城街道線に乗る」
「高速は?」
「高速は逃げ道がないから却下。赤城岳に登る。山の登りなら滑ってこれねぇだろ」
「オッケェ、お姉さんに任しときな」
「お前、マジで戦い慣れしてんな……」
マサムネはアクセルを強く踏み込み、霧の中を猛スピードで駆け抜けていく。
赤城岳に差し掛かったころ合いだった。薄暗い山道に更に霧まで出ている最悪なコンディションの中、救急車が赤色灯を光らせながら疾走する。
それを間髪入れず追いかけてくる異形の怪物。
今まで最高速をキープしていたマサムネだったが、山道の視界の悪さとヒルクライムによりスピードが大きく落ち始めていた。
「まずいぞ、あいつ滑ってはないけど、単純にはえぇ!」
「おいクソメガネ」
「誰がクソメガネだ」
マサムネに呼ばれ、茂木は運転席を交代する。
「はっ?」
「このままじゃ追いつかれる。お姉さんが足止めしてきてやる。このままアクセル踏んで走りな」
「えっ、なにそれ怖い」
マサムネは助手席から救急車の屋根を掴んで、逆上がりの要領で屋根に上がるとショットガンで接近してくるコキュートスを撃ち続ける。
だが、チュンチュンと軽い音をたてながら、着弾した場所に火花が浮かぶだけで、効いている様子はない。
「チッ、接近しないとダメか」
マサムネは指笛を鳴らすと、先ほど彼女が乗っていた、いかついバイクが無人で追いかけてきたのだった。
「何あのバイク、俺もほしい」
「ホンダかどっかが無人で動くバイクとか開発してたな」
「でもありゃ科学とかじゃないだろ、きっと」
マサムネは忠犬みたいについてきたバイクに飛び移ると、ブレーキをきかせながら救急車の後ろに出て、コキュートスの顔面に散弾の雨を降らせていく。
「梶、山道グルグル回ってるけどここからどうするんだ!?」
「もう少しだ、もう少ししたら見える」
「何が!?」
「見えた!!」
俺が指さしたのは巨大なダムである。
それを見て茂木は俺が何をしたいかを察する。
「あいつをダムに落としてそのまま凍らせる! うまくブレーキあわせてくれよ!」
「ふざけんなよ、この野郎!」
俺はまだいけそうだなと思いながら、救急車の屋根に上がる。
「マサムネ!」
彼女も俺のやりたいことに気づき、コキュートスに道をあける。
すると、凄まじい勢いで救急車に体当たりを入れ、車体が大きく揺れる。
「このまま落としていいのか!?」
「待て合図する!」
奴を凍らせるには落ちる直前でブリザードを吐かせる必要がある。
俺は屋根を走り、車のケツに噛り付いている頭蓋を思いっきり殴りつける。
予想通り、接近しすぎて腕が振れないようで、コキュートスは口を開くとブリザードを吐こうとする。
「もっさん落とせ!!」
俺の合図とともに救急車はガードレールをぶち破って、ダムへとダイブする。
直前に茂木が飛び降りたのを確認できた。
救急車は放物線を描きながら、貯水池へとダイブしていく。
「梶ぃぃ!!」
ズドンと衝撃と共に水しぶきが上がり、救急車と骸の怪物は水の中へ。
コキュートスが吐きかけていたブリザードが暴発し、貯水池の水を自分ごと凍らせていく。
俺の体は土壇場で救急車の屋根を蹴ってジャンプしたので、まだ水の中へ落ちていないが、既に貯水池は完全に凍り付いている。そこに落ちればただではすまないだろう。
「梶!!」
茂木が届かないとわかっていても手を伸ばす。
俺はそのまま氷の貯水池へと落下していく。
「させるかよぉぉぉ!!」
茂木の叫びとともに、彼の左手が光り輝き、俺の体は重力を完全無視して茂木に引き寄せられていく。
「えっ、なにこれ?」
俺の体は茂木の左手に吸いつくようにして貯水池直上から、突き破られたカードレールまで戻って来たのだった。
「なにこれ、なんか磁石に引き寄せられたみたいで気持ち悪いんだけど。もっさん、これ何?」
「いや、俺もよくわかんねぇ……」
[剣神スキル、盗賊の腕を習得しました]
茂木のスマホから機械音声が聞こえ、画面を開くと、そこには新スキル盗賊の腕と書かれたスキルの説明が書かれていた。
「対象を引き寄せる効果、及び相手スキルを盗むことが可能。ただし自身より格上の存在にスキルスティールは使用できない。だって」
「なにそれ、俺もそのスキルほしい」
なにそのレアスキルと思っていると、マサムネが遅れてやってくる。
「それで、あれはどうするんだ?」
眼下には自身の氷によって、氷漬けになったコキュートスの姿があった。
「よくまぁ水の中にぶち落として、氷漬けにしてやろうとか考えるな」
「昔映画で水に変身するサイボーグを液体窒素の中に入れて倒したのを思い出してな」
「よくやろうと思うよ。相手がギリギリでブリザードを吐いてくれなかったらどうするつもりだったんだか」
「その時は一緒にドボンだな」
「じゃあ、もうあれ壊していいのか?」
俺はマサムネにいいぞと返すと、彼女はショットガンを一発放つと凍り付いたコキュートスの体はバラバラに砕け散ったのだった。
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