第59話 ミディール浸食洞
変装したセバス、ディー、ソフィーの四人で海魔の巣があると言われているミディール橋へと向かった。
ミディール橋はボインスキー領から馬車で1時間程度の位置にある、ライノス港と呼ばれる港町にあった。
潮風が吹き、うみねこが鳴く港には活気がなく、疲れた船乗りらしき人間の姿が多く見える。
その様子をセバスが悲し気な表情で見やる。
「昔は活気のある港町だったのですがね、魔物と戦争に挟まれて領民は疲れきっていますな」
「ここってまだ同盟軍の領地だよね?」
「正確にはニコライ・カルロスという王がおさめている土地ですな。責任感の強い男で、同盟軍のリーダーでもあります」
「いいかげんな奴がリーダーじゃなくて良かったな」
「しかし、その責任感から人に強いる政治をすることが多いので、少なからず恨まれています」
「それがこの港の現状か。俺達は戦争を強いられているんだってことだな」
「戦争は王一人でするわけではございませんから」
港のすぐ近くにある大きな橋の下に、冒険者らしき人間が集まっており、どうやらそこに海魔の洞窟へと続く入口があるようだ。
「ダンジョンは久しぶりだな」
「ようやく私の能力が発揮されるときがきたのですね! どんな奴が来てもぶっころですよ!」
最近出番の少なかったソフィーがどんと胸を叩くと、ゲホゲホとむせた。
……不安だ。お前ヒーラーだからな、ぶっころするのは違う人だから。
「大丈夫か」
「背中さすってください」
弱すぎる……。
俺はなんとなく背中をさすりながらソフィーのブラジャーを外した。
「ひゃぁっ!? なんでブラジャー外すんですか!」
「なんとなく、見せ場を作ってやろうと」
「私がお色気にしか価値がないようなエロ担当サブキャラみたいな扱いやめてください!」
気づいてたのか……。でもお前はエロ担当というよりボケ担……いや、なにも言うまい。
「王よ、あれを」
ディーが指さす先を見ると、そこにはオドオドとした少女と海賊服を着た女性、後ろに二人の兵士が並び、順に中へと入って行くところだった。
「あれは」
「同盟軍旗をつけていました」
「同盟軍も討伐に来てるのか」
「冒険者を募って、弱ったところを仕留めたいのでしょう。依頼者が討伐すれば報酬を払わなくてもいいですからね」
「なら、そこそこ自信のあるパーティーってことだな」
俺達も遅れてミディール浸食洞へと入っていった。
浸食洞は湾の地下に出来た洞窟で、気温が低く、湿気が高い。
いたるところにイソギンチャクやコケが繁殖しており、歩く度に滑ってこけそうになる。
幸いモンスターは先行している冒険者たちが片付けてくれたらしく、死骸が転がっているだけで生きたモンスターには出会っていない。
「そこクレバスみたいになってるから気をつけろよ」
「わかってます、私をドジキャラ扱いしないでくだ、ひゃあああああっ!」
ソフィーは思いっきり足を滑らせて、真っ暗なくぼみへと落ちて行った。
しばらくしてドボンと音が鳴る。
どうやら下は湾の水が入ってきているようだ。
お前はほんとに期待を裏切らないな。
「だいじょぶか~」
「だいじょぶです、でも早く助けて~」
ロープで引っ張り上げることを考えたが、溝の幅が狭く、恐らく滑りを利用しないとこの溝から引き上げることは不可能だろうという結論に至った。
「まだですか~」
「下まで降りるから、そこでぷかぷかしてろ」
「そんなことしてると私ふやけちゃいますよ」
まだ下から何か聞こえるが、無視して残った俺達はどうやって降りるかと考えたところで、唐突にソフィーの悲鳴が上がる。
「キャーーーーーイヤーーーー!!」
「どうしたソフィー!」
「死体! 死体! それもたくさん!」
わずかに覗くクレバスから見えるのはソフィーがパニクりながらあげる水しぶきだけだ。
「急いで下におりよう!」
俺達は急いで下へと続く道を見つけると、ソフィーがおぼれている地底湖へとついた。
地底湖は淡く青色に光り、幻想的な雰囲気をかもしだしているが、そこには無数の冒険者の死体が浮かんでおり、俺達は息を飲んだ。
「今助ける!」
「待ってください王よ!」
ディーに止められて注意深く水中を見ると、高速で移動するなにかが目に映る。
「やばい、ソフィーこっちに上がって来い! 下に何かいる!」
「何かって!?」
「わかんねぇ!」
「でも、私足が吊って!」
お前はほんとに期待を裏切らないやつだな!
俺が地底湖に飛び込もうとするが、セバスが肩を掴んでとめる。
「ここは私が」
そう言ってセバスは前に出ると、手袋からワイヤーのような糸を引っ張り出し、溺れているソフィーに向けて投擲する。
糸は見事にソフィーの体に絡みつくと、一気に引っ張りあげた。
マグロの一本釣りでも見ているかのように、4.50キロはある少女の体が宙を舞い、ちょうど俺の腕の上に落ちてきた。
「あ、ありがとうございます」
「お礼ならセバスに」
この枯れ木のような老人から、どこにこんな力があるのかと思うが、セバスは息一つ乱れていなかった。
ソフィーを引き上げたのと同時に、この地底湖の主が巨大な鎌首を持ち上げ顔を出す。
それは海竜の類と思われる、一見すると巨大な蛇のような怪物だった。
体にはびっしりとフジツボが貼りつき、ミミズのような円柱の体の先に全てを飲み込もうとする丸く巨大な口。
その中には幾重にも重なる牙が見える。
一見すると掃除機のホースのようにも見える、その巨大な体を俊敏な動きでくねらせがらこちらに近づいてくる。
「食われたら完全にあの牙でミキサーにされるな」
「シーウォームと呼ばれる類ですな。恐らく深海魚が魔力を蓄えて、竜化したものでしょう」
「あれがここのボスなのか?」
「わかりません。ですがこの狭い水場で戦うのは下策でしょう」
「ごもっとも」
セバスはソフィーを軽々と担いで、来た道を全力で戻る。
俺とディーもそれに続き、なんとか地底湖を離れることができた。
「はぁはぁはぁっ」
くそ、全力疾走して脇腹が痛い。
びしょ濡れになったソフィーはグズグズと泣いていた。
「結構な数の死体だったな」
「ええ、ほとんどの冒険者が返り討ちにあっているのではないでしょうか」
「休むのはまだ早いようですな」
セバスが鋭い視線で前方を見ると、そこには銛をもった全身をうろこで覆われた二足歩行の怪物サハギンの姿があった。
頭は魚で、不気味な目はギョロギョロと動き気味の悪い声で呻いている。
「なんかキモイのが多いな」
「愛くるしくて獰猛な方が、たちが悪いでしょう」
「なに? ウチのオリオンさんディスった?」
そう返すとセバスは「ホッホッホ、確かに」と笑う。
「我が主はまだまだ余裕なようですな」
「もう勘弁してくれ」
俺もサーベルを取り出して、サハギンたちと立ち向かった。
「はぁはぁはぁ、全力疾走の、後に、これは、きつい」
約1時間ほどの死闘であったが、ディーとセバスがいなかったらマジでやばかった。
周りには倒れたサハギンの山が築かれており、倒しても倒してもでてくるサハギンに恐怖を覚えた。
菱華村で出てきたゾンビとなんとなく似ている。大して強くはないが生命力が強くしつこい。
「魔物が出てくるということはここから先に立ち入った冒険者が少ないということなのでしょうな」
「この洞窟思った以上に敵が多い。並の冒険者じゃやられる」
「確かに、老骨には応えますな」
セバスはどこから取り出したのか、焚火とティーポットを用意すると優雅に紅茶なんかをいれはじめたのだった。
「ちょっとセバスさん、こんなときに紅茶なんて飲んでる場合じゃありませんよ!」
と、今回滑って落ちただけのソフィーさんが申されています。
「こういうときだからこそ、ゆとりは必要ですよ」
「緊張感がなさすぎますわ!」
セバスはソフィーに笑顔で紅茶を手渡す。
「ほんとに、こんな潮臭いところで飲む紅茶が……美味しい」
「おい」
知ってた。もはや掌クルーはソフィーさんの持ちネタと化している。
「美味しいです」
「それは良かった。皆さん体が冷えたと思いましたので」
「うん、美味い」
俺達がほっこりしていると、ディーが突然武器に手をかける。
「誰だ!」
一瞬緊張が走り、岩陰を見やると、そこにはバイキングヘルムを被り、綿菓子みたいな白髭を蓄えたドワーフの姿があった。
どうやら怪我をしているようで腕から血を流している。
「すいやせん。誰か薬を持ってる奴はいねぇだろうか」
見ると傷のある腕は紫色に変色しており、毒をもらったようだった。
「薬ならここに」
セバスがどこから取り出したのか、毒消しの薬品を取り出す。
「すまねぇが、それを売ってはくれねぇか? ただ魔物に襲われた時、金を落としちまって、今手持ちがねーんだが」
俺は昔こういう場に遭遇したことがある。
毒をもらったオリオンを助けたくて、こうやってビバークしている冒険者に頼み込んだが、とんでもない額のお金をふっかけられ、有り金全てとられた後、どうにか土下座して頼み込んで、なんとか薬を貰うことが出来た。
ただ、貰えただけ幸運であって、誰も薬を持ち合わせていなかったり、持ってても知らない商売敵にやる薬はないと薬を貰うことが出来ずに死んだ冒険者を何人も知っている。
俺はセバスに目配せだけすると、意図をくんで頷いてくれた。
「我が主がタダで構わないとおっしゃっていますので。これはお持ちください」
「……いいんですかい?」
「ええ、同伴者がいないところを見ると魔物に襲われたのでしょう」
「ああ……結構強い奴らで来たんだがな。バカでかいシーウォームが出てきやがった。ありゃ古代級だな」
「古代級って?」
「モンスターは年を取ればとるほどその体に魔力を貯め込みやす。恐らくあいつは古代期から生き残ってるモンスターだ。中に内包している魔力量が人間100人集めても、まだたらねぇだろう」
「失礼ですが、モンスターの討伐目的なのですか?」
「王の命令で来たんだが、ここにはクラ―ケンの宝玉っていう、武器の素材になるアイテムがあるらしいんで、トレジャーも目的にきやした」
「なるほど。見たところ武器鍛冶(ブラックスミス)のようですしね」
「ドワーフの武器匠は凄いって私のお父様が言ってましたよ」
「よせやい。今は王に飼われてる、偏屈なドワーフでやす」
「お名前の方をうかがっても?」
「カチャノフだ。今度フェルマーダブラックスミス女神杯に出るから名前覚えといてくんなせー」
「かしこまりました」
セバスチャンは笑顔で礼をすると、ドワーフは毒消しを腕に塗る。
相当強力な毒なようで、薬瓶を一つ使い切らないと毒の効果を消すことができなかった。
「すまねぇな。全部使い切っちまった」
「大丈夫、ウチにはヒーラーがいるから」
そう言ってソフィーを指さすと、カチャノフはむむむ? と唸りながらソフィー……ではなくディーに近づいていく。
「あんた……」
「な、なんだ?」
「凄く……イイ」
「ディーはやらないぞ!」
俺はすぐさまディーを抱き掴んだ。
「いや、すまねぇ。そういう意味じゃねーんだ。姉さん、あっしのモデルになりやせんか?」
「ディーはやらないぞ!!」
俺はすぐさまディーを抱き掴んで、カチャノフから引き離した。
「なんか私のときと対応違いませんか?」
ジトっとした視線をこちらに向けるソフィー。そんなことはない。ただ余は出来る子に甘いのじゃ。
つかウチディーがいなくなったら確実に崩壊するからな。
「コンテストには武器と美しい女性がセットなんだ」
「あぁ、女神杯って言ってるもんな」
「あっしには美しい女ってのがよくわからねぇ。でも、そんなあっしでもわかる、姉さんあんたは良い女だ」
「ディーを口説くのは許さないぞ!」
「王様嫉妬に駆られた男って見苦しいですよ」
「あんたほど武器が似合う女はいねぇ!」
マンガだったら集中線が描かれてるくらい力強い眼差しで武器が似合うと言うカチャノフ。
本人的には褒め言葉なのかもしれないが、俺の心配とはずれてる。
「うん、いいよディー出ても」
多分このドワーフ武器のことしか考えてない。
「し、しかしですね……」
話をしていると、突如女性の悲鳴が洞窟内に木霊した。
「悲鳴……近くで誰かが襲われています!」
「マジか、助けるよ!」
「了解いたしました」
「ちょ、ちょまってくださ~い!」
「あっしも行きやしょう」
俺達は全員で浸食洞を走り抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます