第42話 勅令 正義
俺は痛む体をおさえながらも走り、戦っているエーリカの元へと向かう。
途中黒龍隊が襲ってくるが、俺にはこの愛と書かれた札がある。
キョンシー隊の頭に貼られた殺と書かれた札を引きはがすのに痛みを伴うが、順調に一人ずつ愛の札を貼り、行動不能にしていく。
「お主何をしておる」
老婆が俺の行動に気づき、声をあげる。
「見りゃわかるだろ。札を貼りかえてんだよ」
「バカな、あたし以外が札を貼りかえたところできかぬはず」
「じゃあその思い込みを改めるこったな」
背後から襲い掛かって来た黒龍隊の札を無理やりはがし、愛と書かれた札を貼りなおす。
「なんじゃその命令は!?」
「愛は愛だよ、愛は世界を救うんだよ」
「ええい、ふざけたことを! レイラン!」
老婆の叫びにレイランはエーリカの前から飛びずさろうとする。
だが、エーリカの放ったアンカーが腕に絡みつき逃走を許さない。
「どこに行こうと言うのです まだ終わってはいませんよ」
フレイアだけでなくアマゾネスまでもが俺を援護してくれたので、なんとか黒龍隊全員の札を貼りかえることができた。
札をかえられた黒龍隊たちは皆苦しそうに呻き、地面に頭をつけている。
さぞかし愛に苦しみ、愛にもがいているのだろう。
「エーリカおさえてろ! お前で最後だレイラン!」
俺はレイランの札に手を伸ばすが、そのとき他の札とは比べ物にならないほどの痛みが腕を襲う。
「ぐあああああっ!」
「キヒヒヒ。無駄じゃその子のは特別性、他のものとは違う」
「ふざけやがって」
「どうやって札の貼り換えをやっているのかは知らないが、また後で戻せばいいだけ。レイラン本気をだすんだよ。目障りな奴らを全員殺しておしまい」
老婆が呪印を唱えると、レイランは悲鳴をあげる。
そして明らかに肌で感じる魔力の量がかわった。
エーリカのアンカーを引きちぎり、そのままワイヤーを手繰り寄せ目に見えぬほどのスピードで蹴り技を見舞う。
あのエーリカが速度に対応できず翻弄されている。
「速すぎる!」
一瞬で背後に回り込むと姿勢を低くしたレイランは雷を纏った右手をエーリカの背中に叩きつける。
「ああああっ!」
紫電の光が周囲に漏れ、バリバリと凄まじい音が鳴り、エーリカは腰から砕け落ちた。
「エーリカ!」
レイランは間髪入れず跳びあがると、周囲にいるアマゾネスたちに飛びついていく。
天災のような少女は竜巻を巻き起こし、稲妻を放ち次々にアマゾネスたちを倒していく。
「なんなのよこいつ!」
フレイアが応戦するが、あまりのスピードについていけない。
エーリカが超パワー系だとしたら彼女は超スピード系。
更に両手の雷と竜巻が攻撃の威力を何倍も増幅させ、パワーも十分すぎる。
フレイアの指先から青く輝く魔弾が発射されるが、レイランはそれを突っ込みながらかわしていく。
そして懐に飛び込み、稲妻をまとう拳が放たれる。
「やばい!」
そう思った瞬間タネと戦っていたオリオンが間に割って入り、バックラーでガードする。
だが、ミスリル製のバックラーは拳の形に凹み、衝撃でフレイアもオリオンも吹っ飛ばされてしまう。
「くっそ、無理やりにでも札をはがして」
「無駄無駄。そんなことをすればお主の脳髄が焼き切れる方が早いわ。レイランその男を殺しておしまい!」
一瞬で俺の目の前に戻ってくると、攻撃の隙を与えることなく首を掴まれ、そのまま持ち上げられる。
手に込められた力がどんどん強くなり、首筋からメキメキと嫌な音がなる。
「ぐぅっ、お前もお前でころっと操られてんじゃねーぞ!」
彼女の瞳に光はない。完全にただの操り人形と化した少女はただ老婆の命令を実行する。
「悪者に思い通りに動かされて、いいように人生めちゃくちゃにされて悔しくないのか!! 正しいことの為に力を使うんじゃないのか!」
俺が叫ぶと、一瞬反応があった。
「……正シイ」
「そうだ! 正しいことだ!」
「レイラン早くおし!」
「テメーは黙ってろ妖怪婆! 誰かを助ける為に強くなったんじゃないのか! それがお前の!」
「黙れ黙るネ!」
突如叫び出すレイラン。
良い傾向だ。操られていたが苦し気にしながらも言葉を発している。
それは自我が戻りつつあるということだろう。
「あああああっ! 死ね死ね!」
「戦え! 悪者に負けてんじゃねー!」
「ワタシもう死んでるネ。正しいことなんて今更!」
「死んだからなんなんだ! 今その目で映っている光景を良しとするのか! それなら最初から戦うんじゃねー!」
周囲には燃える民家にアンデッド化する住民、苦し気に呻く黒龍隊。
暴れ狂う怪物と戦うアマゾネスとオリオン。
一言で言えば惨劇としかいいようがない。
レイランの頭についた札が赤く発熱する。必死に抗う少女を無理やり黙らせる為、殺と書かれた呪符が効力を発揮するのだ。
「こんなもんに負けるな! お前の正義を取り戻せ!」
「わからない、自分の正義がなんだったのか思い出せない!」
「なら俺が思い出させてやる」
俺は赤く発熱する札に手を伸ばし、荒れ狂う大蛇のような電流に耐える。
痛いなんて生ぬるい言葉では言い表せない。目がチカチカとして、口の奥から何かが焼け焦げた臭いがする。
気づけば口の中は血まみれになっており、体の中から焼き殺されそうだ。
腕の皮は裂け、指の爪ははじけ飛んだ。
だが絶対にこの札だけは手離さない。
殺と書かれた札がやめろと言っているように真っ赤に燃える。
老婆だけでなく周囲のアマゾネスやオリオン達もこの光景を見守っている。
「あああああああああああっ!!!」
札に電流が絡みつきがらも、俺は札を引きはがした。
そしてかわりの札を貼りつける。
そこには勅令”正義”と書かれていた。
レイランの真っ赤な瞳に碧色の光が戻る。
俺の全身から煙があがり、札を貼りかえた瞬間力が全く入らず、もたれかかるようにして倒れ込んだ。
「無茶苦茶ネ……だがお前の正義は確かに伝わったよろし」
レイランは慈しむように俺の頭を撫でると、ゆっくりと地面に寝かしつける。
そして地面に転がった青龍刀をかかとで蹴りあげると、その手に握る。
「これはたまげたな。人の身で札をはがすことができるものがいようとは」
老婆は感心しつつも、その顔にはまだ余裕がある。
「じゃが、しかしそれも無駄な努力」
再び呪印を結ぶとレイランに貼りつけられた正義の文字が歪み、殺の文字へ戻る。
「キヒヒヒ。不死の研究を続けているあたしから傀儡を奪えるとでも思ったのかい? 浅はかだよ」
老婆の余裕の笑みは数瞬で曇る。
何故なら殺に変化したはずの札が再び正義に戻ったからだ。
「何? バカな」
もう一度呪印を結ぶが、今度は変化すらしない。
「姥姥無駄ね。ワタシの正義、そんな術じゃ覆せない」
ザッザッと足音をたて老婆に近づく。最強の手ごまが敵に回り動揺する老婆。
「来るんじゃないよ! あんたの仲間がどうなってもいいのかい!」
老婆がまだ苦しむ黒龍隊を指さす。だがレイランの歩みは止まらない。
「我ら黒龍隊、悪を倒す為なら死を覚悟してるね。それが許せない悪であるなら尚更ネ」
レイランの両腕に雷と竜巻が巻き起こる。
「うなれ風龍、轟け雷龍」
「お前は実の姥を手にかけるというのかい! 親のいないお前を育ててやった恩を忘れたのかい!」
「お前がいなければワタシは親を亡くすこともなかったネ。貴様は悪、ワタシが断罪する。双龍降臨!」
レイランの両腕から放たれた二頭の龍は絡みあい、青龍刀へと舞い降りる。
雷と竜巻の力を得た刃をかちあげるように振るうと、雷をまとった竜巻が老婆の体を飲み込む。
「ぴぎゃ」
雷と風の奔流が老婆を飲み込み、ミキサーのように全身を切り刻んでいく。
中空を舞い、ボタリと落ちた老婆の体はばらばらになっていた。
「成敗」
レイランが背を向けたまま拳を握り込むと、老婆の体を中心に稲妻をまき散らしながら爆発が巻き起こった。
「父よ母よ、仲間よ、そしてワタシの体仇は討ったネ」
老婆が死んだことを確認すると、レイランは横たわる王にむかって走る。
「大丈夫アルか? しっかりするよろし!」
レイランが不安げな顔で王を抱き起す。
「おぉ……戻ったのか……」
「お前のおかげで心は人に戻れたネ! 大感謝!」
「そっか……良かったな」
札をはがした右手の感覚はなくなり、手だけではなく半身が動かせそうになかった。
「起きるネ! ワタシを救ったお前、死ぬの許さないネ!」
目を潤ませる少女はとてもアンデッドには見えず、ただ一人の年相応の少女にしか見えない。
「あげるネ、ワタシの残った魂全部お前にあげるネ! だから死ぬなよろし!」
「だからそのよろしってよくわかんねぇよ……」
精一杯笑みをつくりつつも限界が近かった。
「生きろ! 生きろ!!」
レイランの叫びに呼応し、俺の懐から黒の結晶石が舞い上がる。
黒の結晶石は宙に浮かび上がると、暗黒の光を放つ。
周りにいた黒龍隊全てに黒の光が降り注ぐと、呻いていた隊員たちは我を取り戻し、自分の状態を確認している。
そしてブラックマンデーと呼ばれる闇の結晶石はレイランの胸へと吸い込まれていった。
「何ネ、これは……」
「恐らく魂の定着よ」
体を引きずりながらフレイアが推測を話す。
「魂の?」
「ええ、その結晶石には召喚石を超える力があるわ。あなたの体から漏れていた生気がなくなり、逆に周囲の生気を吸収しはじめている。他の黒龍隊も同じよ」
「生き返った……ってことなのか?」
「体は死んでるからアンデッド種なのは間違いないけどね。恐らく札をはがしてもアンデッド化はしないし、襲っても誰かをアンデッド化させることはないわ」
「ソンナ都合のいい話ないネ」
「信じる信じないは自由よ。でもそいつの想いを簡単に踏みにじるのは許さないわ」
「…………」
悲し気にレイランは横たわる王を見る。
「どきなさい」
ドンッと割って入って来たのはエーリカだった。
エーリカは横たわる王にチューブを繋ぎ、腰のラックから注射器を取り出し、次々に注射していく。
彼女のヘルムに映るモニターにはバイタルサインが微弱な山を作り、デッドラインと警告のメッセージが浮かんでいる。
「クロエ、ヒーリングをずっとかけ続けてください。マスターを死なせてはいけません」
「わかりました!」
「うっぐ……」
「王様」
「王!」
「すまねぇ、エーリカあっちも頼む。あっちも酋長の仇で精神が囚われてる。あいつにとどめをささせてやってくれ」
俺は目線で暴れ狂うタネをさす。
「了解。戦闘モード継続、敵を排除します」
「すまん」
「いえ、すぐに戻ります」
エーリカが立ち上がると続いてレイランも立ち上がる。
「借りは……この程度で返せるものじゃないけど返すね」
エーリカとレイランは並び立ち、タネへと向かう。
「なんですか、アンデッドの出る幕ではありませんよ」
「うるさいねポンコツ。お前じゃ手加減できずに殺してしまうのがオチね」
「寝ぼけたことを、脳の腐敗が進んでるのではありませんか?」
「脳筋ロボットに言われたくないネ」
エーリカとレイランは同時に飛ぶ。
レイランはその長い脚に真紅の炎を纏わせ、エーリカは腕から青く輝くサーベルを取り出し突貫する。
「ホァッタァーーーーーッ!!」
紅蓮に染まる飛び蹴りは一蹴りでタネを火だるまにする。
「リボルバー剣ブレイド」
エーリカは青く輝く剣を突き刺すと、柄にとりつけられたトリガーを引く。
するとタネの体は腹から爆発を起こした。
二人とも本当にとどめを刺させる気があるのかと思うくらい一撃一撃の攻撃が重い。
「ホァーーッ!」
雷の拳がタネにめり込み、くの字に体が折れ曲がる。
続けてエーリカがためらいなく拳銃を胴体についた頭にぶっ放し、血しぶきと脳漿がはじけ飛ぶ。
「何よあいつら、攻撃力高すぎない……」
フレイアがやりたい放題の二人を見て顔をしかめる。
今まで手こずっていた自分達は一体なんなのかと言いたい。
「アギ今がチャンスだ!」
「う、うむ」
一瞬呆けていたアギだがオリオンに言われてすぐに仲間のアマゾネスを伴い攻撃にでる。
だがタネも意地を見せたのか、体がゴキゴキと鳴り変態を行う。
元の頭は完全に体に埋まってなくなり、逆に右肩についていた頭が大きくなり、両手をついた四足獣のような変貌をとげる。
もは人間として残っているものはほとんどなく、あれが元なんだったのか探るのは難しい
「グルオオオオオオオッ!!」
「見苦しい追い詰められたアンデッドほど見苦しいものはないですね」
「どっち見て言ってるカ? 公務執行妨害で逮捕してやろうカ」
罵りあいを続けつつもレイランとエーリカはその手に剣を握る。
「待って、アギにやらせて!」
オリオンの声に二人は顔を見合わせる。
「しかし彼女ではあれを倒すのは難しいですよ」
「そうね、ワタシがさっくり生かさず殺さずまで持っていってやるね。それが約束ネ」
「いや、大丈夫」
見るとアギは大きく深呼吸し、曲刀を構えタネを見据えていた。
それを見てレイランは纏っていた雷を消し、エーリカはリボルバーブレイドを手品のように異界に消す。
凄まじい集中力で、アギの筋肉がたった一刀の為に全力を振り絞ろうとしている。
「強い状態のタネを倒して、アギは初めて酋長になれるんだ」
「仲間の為に悪をうつ。それ正義ネ」
「彼女があの怪物を倒せる確率は0に近いですが、恐らく大丈夫でしょう」
「0で大丈夫ってやっぱいかれてるネ、このポンコツは」
目を離すとすぐに喧嘩しそうな二人にフレイアとクロエは苦笑いをこぼす。
タネは一番の殺気を放つアギを感知し、オオカミのような素早さで地を駆け、彼女の目の前で飛びあがるとアギは溜めに溜めていた力を全て解放し、自分に触れるより一瞬早くタネの顔面に曲刀をあて、そのまま真っ二つに切り裂いた。
「すまないタネ」
完璧な一刀でタネの体はアギを中心に二つになりビクンビクンと震えながらやがて息絶え、黒い灰となって消えていった。
アギは大きく息を吐き、ぺたりとその場に尻を落とした。
そんな彼女の周りを仲間のアマゾネスが取り囲む。
「さすがだ新酋長!」
「これで仇うった!」
「酋長これでうかばれる」
口々に賞賛の声があがったがアギは首を振る。
「これ我の力違う。ここにいる皆誰も死なず仇うてたの、あの王のおかげ」
アギの視線の先にはボロボロになりながら横たわる王の姿があった。
「我、酋長おりる」
「!?」
「それでは我々誰に従えばいいかわからない」
「そう、アギ以外に酋長適任いない」
「我、酋長の器にあらず」
「タネも失い、酋長も失った我々外敵から身を守れない」
「街からお姉さまを呼び戻すのか?」
「しかし姉さまたち事情知らないし、酋長がアギに酋長の座を渡したならアギがやれと言うに決まってる」
「戦士アギオルジ考え直す。我々導く」
だがアギは首を横に振る。
「大丈夫。タネも新たなリーダーも既に解決済み」
「どういうこと?」
「我らアマゾネスは皆、あの王の傘下に入り、王の血脈をタネとする」
アマゾネスたちは一瞬驚いたが、反対の声は一つも上がらなかった。
「勇敢で、仲間を想う王、あの者において他になし」
「男に従うというのか? 姉さまたちが怒るぞ」
仲間から上がった声は否定ではなく、ここにいない仲間を説得できるのかという不安だった。
「それは我、行う。心配なし」
「そうであれば我らに反対の意思はなし」
「ではこれから種付けの儀は全てあの王に?」
「ああ。これからは我らが願い立つ立場。恐らく向こう王側の妾にも順番ある。話し合いする。好き勝手許さない」
「逆の立場困る。断られたらどうするか」
「あの妾たち美しい。我らも美しさを学ぶ」
アギはオリオンやフレイアたちを王の妾と勘違いしながら、深く頷くのだった。
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