第36話 コウノトリ

「咲の奴一人で帰るとかマジ空気読めない」

「しょうがないでしょ、アマゾネスたちがダメだって言ってるんだから」


 勇咲が村へと戻った後、オリオンとフレイアは何故か狩りの手伝いをさせられていた。

 アマゾネスから借り受けた弓を放つと、木の上に止まっていた巨大な鳥がどさりと落ちる。


「イェーイ」


 オリオンが紫と緑の縞模様をしたブサイクな鳥を誇らしげにかかげる。


「あんたその鳥毒あるわよ」

「えっ、マジで!?」

「見てなさい、今度はあたしが……」


 フレイアは野兎に狙いをつけ慣れぬ弓を引き絞る。

 放たれた矢は野兎を飛び越え、地面にぐさりと突き刺さり外れた。

 野兎は当然のように慌てて逃げ出した。


「お前、普通この距離で外すか?」


 野兎との距離は三メートル程度で、むしろ弓なんて使わずに走って捕まえた方が効率が良のでは? と思ってしまう。


「し、仕方ないでしょ弓なんて普段使わないんだから!」

「見ろよ咲、あいつ開き直ったぞ」

「あんたも見てんじゃないわよ」


 二人は話しかけるが、そこに彼の姿はない。


「あっ、いなかったんだった」

「殴られ役がいないとなんか調子狂うわね。てか今さっきあいつの話してたとこなのに」

「うー、咲に会いたい」

「あんた禁断症状早くない?」

「しょうがないじゃん、咲と離れ離れでなんかするってことあんまないんだから」

「一人で買い物行ったり、トレーニングとかしてるじゃない」

「何にも考えなくていいことは一人でできる」

「あぁ、なにかしら判断が求められるときはあいつがいるのか。言っちゃ悪いけど、あいつの判断も結構いい加減よ?」

「別に私は咲が間違っててもいいもん。咲がやれっていったことやるだけだし」

「それって思考停止よ? あんたあいつが人殺ししろって言ったらやるわけ?」

「やるよ」


 オリオンは当たり前じゃんと返す。


「あんたそれ危険思想よ。言われたまま人殺しするなんて」

「だって咲がいい加減な理由で人殺ししろなんて言うわけないじゃん。咲が殺せって言うにはよっぽどの理由があるときだけだよ。殺さなきゃ仲間が死ぬとか、差し迫った状況。逆に咲が殺せって言わなきゃいけなくなる状況の方が私的にはまずいと思ってる。咲は優しいから、殺せなんて絶対言いたくない。だから私がそうなる前に殺す」

「うっ、意外と硬い信頼を見せつけられて驚いたわ」

「でも、咲人に重荷を背負わせたがらないからな。だから結局一人でやっちゃったりする。そういうとき私は自分の低レアリティがうらめしい。もっと力があればいいのにって」

「……」


 二人は毒のない鳥を捕まえて、アマゾネスの野営地近くへと戻って来た。

 獲物をアマゾネスに手渡すと、近くからキャーキャーと楽し気な声が聞こえてくる。


「何だ?」

「近くに水場、ある。お前達も臭い。泥落とすといい」


 臭いと言われて心外だったが、確かに丸一日ちゃんと水浴びしていないし、戦闘や狩りで汗をかいているのは確かだった。

 森の中に小さな滝があり、そこから勢いよく水が流れ落ちてきている。

 数人のアマゾネスの子供とクロエ、アギが裸で滝周辺の水場に腰を下ろし、降り注ぐ水しぶきを浴びていた。


「なんか気持ちよさそうなことしてるな!」


 オリオンはすぐさま鎧とビキニを脱ぎ捨てると、滝の真下に向かってダイブしていく。


「ほんと脱ぐのは一瞬ね」


 フレイアが呆れながらもローブと身に着けている服を脱ぎ、同じく滝下へと向かって行く。


「冷たい! 気持ちいい!」


 水のカーテンに頭を入れて流れ落ちる水の冷たさにぶるっと首を振る。

 暑い森の中で癒しの場と言ってもいいところだろう。


「なんでこんなとこに滝があるんだ?」

「さぁ? 上に水結晶でもあるんじゃない?」


 気になったオリオンは全裸のままするすると滝を登っていく。


「あんた下から見ると最高に滑稽よ」

「うっさい、見んなよ」


 オリオンが滝の上につくとフレイアの予想通り巨大な水結晶が岩の中に埋まっており、そこから水がとめどなく流れ出ていた。

 水結晶に触れるとひんやり冷たい水が溢れ、とても気持ちがいい。

 オリオンは滝から滑り落ち、滝壺に大きな水しぶきをあげる。


「岩の中に水結晶があった」

「やっぱり?」

「岩の中から掘り出した方がいっぱい水が出るんじゃないか?」

「ダメよ、今でも結構勢いよく水が出てるんだから、周りの岩をなくしちゃうと鉄砲水みたいにあふれ出ちゃうわ」

「へー、意外と危ないんだな」

「あと何年かしたら水の勢いで岩が剥がれちゃうから、結晶の鎮静化した方がいいと思うけど。それはまた別の誰かがやるでしょ」


 そう言ってフレイアはパチャパチャと足で水をはじく。


「そんなに吸ってもおっぱいは出ませんよ~」


 見るとクロエのおっぱいにアマゾネスの少女たちが吸い付いていたのだった。

 クロエは特に嫌がる様子も見せずに、胸にすいつく少女たちをなでていた。


「お前、母か?」

「ええ、私はフレイアちゃんのお母さんですよ」


 アギの問いにクロエはフレイアを指さす。


「若いな。妖術か? それとも精霊の加護」

「そんなのないですよ。クスクス」

「ふむ……タネはあいつなのか?」


 アギが指すあいつとは王である勇咲のことだった。


「えっ、違います……けど」


 クロエの頬が赤くなり、照れくさそうにアマゾネスの少女を撫でる。

 違うと言っているが含みがあるのは誰が見てもわかった。


「違うのか。でも、お前あれのタネ欲しがってる」

「えっ、えっ、いえそういうわけでは」


 娘の前で何をと思うクロエは慌てて手を振る。その拍子にドボンとアマゾネスの少女達が水の中に落ちた。


「あっ、あっ、ごめんなさい!」

「うむ、我嘘のつけない人間、嫌いではない」

「ほ、ほんとに違うんです! そんな娘と同い年くらいの男の人なんて……」

「タネは若い方がいい。我の探しているタネは若く勇ましい戦士だ」


 滝壺に潜って遊んでいたオリオンが水中から顔を出す。


「そういや、あんた最初咲のことタネって勘違いしたよね?」

「よく見ると、全然違った。でも、どこか似ている。言葉言い表せない」

「雰囲気が似てるとかそんなとこかしら」

「でも、咲は勇ましくはないぞ」

「そうね、どちらかというとヘタレの部類ね。優柔不断だし、女にだらしないし、すぐ胸に目がいくし、変態よ」

「言いすぎだろ! こんにゃろめ!」

「人を下げ過ぎるとキレるのやめなさい、めんどくさいわね!」


 うがーっと掴みかかるオリオンに水中戦を展開するフレイア。


「優秀なタネ、女取り合う当たり前」

「誰があいつのタネの話なんかしたのよ!」

「違うか?」

「違うわよ!」

「お前達……ひょっとして低レアか?」


 グサッとオリオンとフレイアの背中に低レアというナイフが突き刺さった。


「あ、あたしはハイレアよ」

「でも、お前呪われてる。呪われてるレアリティ、普通レアでも使わない」

「うぐ……」

「我もレアリティ低い」

「えっ、そうなの? めっちゃ強そうなのに」

「我、まだ種付の儀終わってない」

「なにそれ?」


 オリオンが純真無垢な顔で小首を傾げるが、クロエとフレイアは赤い顔でおっほんと咳払いする。


「そ、それは男と女の営み的な、愛をはぐくむコウノトリ的な」

「あぁセックス」

「ちょっとは包み隠しなさいよ! あたしがバカみたいでしょ!」

「それでセックスとレアリティがどうつながるんだ?」

「我らアマゾネス、上級であるハイアマゾネス、ベルセルクになるには種付の義は必須。我らの姉上たち上級ハイアマゾネスたちは皆街で傭兵団として活躍し、村にお金を入れてくれる。我も姉上のような立派なアマゾネスになりたい」

「あぁじゃあ街にでているアマゾネスっていうのは」

「我らの姉上のこと。でも姉上もぼやいている。アマゾネス、バカで暴力的、言われ、なかなか依頼こない。姉上も苦労している」

「そっかアマゾネスも大変なんだな」

「でも、なんで上級職になるのに、その……種付がいるの?」

「我らのスピリチュアル、優秀なタネを受け取ることで昇華される。命の交わりを理解することで、全となす」

「わけわからん」


 オリオンが首を傾げる。


「まぁ概念的なものなのかしらね」

「どういうこと?」

「あんたがさ、いきなり今から戦士の上級職であるナイトやフェンサーに格上げされるとしてさ、今からナイトですって言われても実感ないでしょ?」

「そりゃそうだ」

「だからそう言う人の為に、ギルドで試験があったりするわけじゃない。一定の能力を満たしている人はナイトを名乗っていいですよってギルドがガイドラインを決めてるわけ。でも、アマゾネスにはそれがないから、多分その種~付け? がテストみたいなもんなのよ」

「なるほどな」

「でも、酋長、我今回の種付の儀参加、いけない言う」

「なんでだ?」

「わからない。我ハイアマゾネスなれる思ったのに」


 がっかりしているアギの隣で、クロエがオリオンに耳打ちする。


「今探しているのって、アギちゃんの弟ですよね? 姉弟同士での交配は禁止されています。ラインハルト法にものっていますよ」

「そうなの? 知らなかった。 でも確かに姉弟でエロい気持ちにはならないって聞いたことあるしな」

「血が濃くなりすぎると赤ん坊に影響が出たりするって言われてるけど、多分一番の理由は民族的一般常識でしょうね。姉弟で交配してはならないって酋長さんは伝えたいんでしょ」

「誰でもいいなら咲の貰ったら?」


 オリオンの爆弾発言にフレイアとクロエは口をパクパクと動かす。


「それはダメ。強いタネじゃないと意味がない」

「咲強くはないけど、根性はあるほうだと思うけどな」

「あ、あんたはそれでいいの? あいつと他の女を寝させるようなことを推奨するなんて」

「いや、別になくなるわけじゃないし」

「なくなるわよ!なんか大切なものが!」

「なんであんたの方が怒ってんのよ」

「ま、まぁオリオンちゃんは王様と他の女性関係は寛容と」

「クロエはなんで喜んでんのよ!」


 突っ込みが追い付かないフレイアであった。


「我も早くタネ、再会望む」

「弟だもんね」

「何か特徴とかないの?」

「タネ、体大きい。強い」

「体大きいなら目立ちそうなんだけどね」

「じゃあ着替えたら探しに行きましょうか」


 話が終わるころ、急に空に灰色の雲がかかりはじめてきた。


「なんか雨降ってきそうだな」

「そうね、嫌な天気」


 口に出した瞬間、ポツポツと水滴が顔にかかりだした。


「やばい、雨だ」

「村、戻る 探す雨やんでから」


 オリオンたちはすぐさま着替えて、アマゾネスたちの野営地へと戻った。

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