「きになる あのこは」
その31「よしだ」
「見た、のね」
事情に気が付いたらしい吉田さんの顔が、その可憐さには不釣り合いな程の敵意に染まっていく。
彼女は床に座り込んだまま、顔だけを同じく彼女の傍で屈んでいた私の方へと向けてくる。
フードが脱げ、顕になってしまった頭部を隠す事もしない。
「知って、しまったのね。私の、正体を」
見てはいけない物を見てしまったのであろう私に対し、吉田さんは敵対心バリバリの視線を向け、睨みつけていた。
ど、どうしよう。
不幸な事故とは言え、まさか吉田さんのフードの下にこんな秘密が隠されていたなんて。
長い耳、緑の髪――これって一体どう言う事なの?
髪の毛はまあ、染めてるって言えば納得もできるけど。
あの耳だけは、どうやっても言い逃れできないよね。
映画とかでお馴染みの『特殊メイク』って線もあるけれど。
日常的にそんな物を使うとも、ましてやできるとも思えない。
何と言うか――これじゃあまるで、『エルフ』みたいじゃないか。
「わ、私、な、何も見てないですから。あの。その」
私は、苦し紛れにそんな言い訳をする事しかできなかった。
実際はもうバッチリハッキリと全てを知ってしまっていたのだが、吉田さんからの視線が怖くてそうせざるを得ない。
「私の正体を知られてしまった以上、仕方がない」
だけど吉田さんは、私の言葉に対し聞く耳を持ってはくれなかった。
私から視線を外し、顔を下向きに伏せた彼女は、髪の隙間から微かに見える表情を暗く歪ませている。
その瞳は覗けないが、髪の奥で鈍い輝きを発しているかのように爛々と輝いている様な気がした。
口角をあげ、まるで人を手玉に取る悪女の様に笑っているのが見える。
ゴクリっ。
私、この後どうなっちゃうんでしょう。
「こうなったら、もう」
吉田さんが顔を上げた。
彼女の動きに伴い、私は反射的に半歩だけ脚を下がらせていた。
「よ、吉田、さん?」
彼女が発する得体の知れない圧力。それに気圧されたが為だ。
歪んだ笑みの中、吉田さんの狂気に満ちた――と思われていた瞳には。
何故か、涙が浮かんでいたのでした。
その表情は、生きる事を諦めた様な絶望の色、そして笑顔に染まっていた。
それこそ見ているこちらも、とても痛々しく、そして儚い何かを感じる位に。
流れ落ちた涙が、彼女の頬を伝って、ポタリポタリと床へ落下する。
「もう私、死ぬしかないわ……」
絶望に耐え切れなくなった吉田さんは、自暴自棄にでもなっていたのでしょう。
彼女は、そんな言葉を口走ったのであった。
「え!? 何でそうなるんですか!?」
吉田さんは、パーカーのポケットから何かを取り出す。
棒状の何か。一目でシャーペンと解るそれを取り出した彼女は、その鋭利なペン先――ではなく、反対側の消しゴムが付いた部分を、己の手首へと向ける。
その手は、傍から見ても判る程に、プルプルと弱々しく震えていた。
「は、早まらないで吉田さん! あと、消しゴムじゃあ、何の害も無いから!」
とりあえず私は彼女の凶行を止める為、その白く細い腕を掴み、己の身体の近くへと吉田さんを引き寄せる。
何事も起きないであろう事を理解してはいたが、彼女を落ち着かせるためにも必要だと思った。
私の腕の中にすっぽりと収まる吉田さんの身体。
うん。この小さな身体のすっぽり具合。
何か、色々とクる物があるね。
うん。うん。ぐへへ。
「と、止めないで! 私もう、生きて――お、お嫁に行けない!」
「ちょ! その言い方だと、なにかおかしい!」
私の身体を振りほどこうと少しだけ暴れる吉田さん。
だが、私と彼女の体格差は歴然だ。
自分で言っていて悲しくなるが、小さな彼女では、大きな私の身体を振りほどく事は難しいだろう。
「くっ」
ころ。
やがて彼女は開放が不可能と理解したのか、しゅんっと大人しくなった。
しばらくそうして私の腕の中に包まれていた彼女。
未だ、その身体は小さく震えており、弱々しさを感じさせた。
再び下向きになった顔からは、表情を伺う事もできない。
とりあえず私は、そっと彼女のフードを被り直させてあげた。
顔だけは見えるよう、少しだけ浅めに、大きなフードで吉田さんの頭を覆う。
さて、この先どうしたものかと私が困っていると。
「……そうよ。ご察しの通り、私はいわゆる『エルフ』と呼ばれている種族」
吉田さんは、私が一切聞いていないにも関わらず、自分からそんな事を話し始めたのです。
小さく呟く様な声量ではあったが、ハキハキと述べられる彼女の言葉。
それが否応なしに、私の聴覚へと伝わってくる。
ま、待って。私、まだ何も聞いていないんですけど!
それ、そんな簡単に自分からバラしちゃっても良い事なの?
毎日フードで隠していた位だし、もっと秘匿するべき物なんじゃあないの?
て言うか、やっぱり見た目通りの『エルフ』なんだね。
妖精に続いて、エルフの登場。
確かに、メモリもエルフの人がいるっては言っていたけれど。
実際に目の当たりにすると、なんとも感慨深いと言うか。
ファンタジーが現実になったと言うか、そんな気分だよね。
「故郷の『里』の決まり事で、人間社会に溶け込む訓練の為、大学に通っているの」
だから私、何も聞いていないですってば!
吉田さんの口の動きが止まらない。
このままでは、己の身の上を一から十まで全て話してしまいそうな勢いである。
私は咄嗟に耳を塞いで、何も聞いていないアピールをしてみせる。
「大学生としての立場を利用しながら、日々、裏の顔である小説家として、原稿の締め切りに追われる毎日を過ごしているわ」
そうなんですねっ。自己紹介ありがとうございますっ。
だけど、吉田さんにそんな手段は通用しなかった。
耳を塞いだ私の事など気にもせず、彼女はまるで、ドキュメンタリー番組のナレーションの如く、つらつらと自分の身の上を語り続ける。
小説家? 吉田さん、小説家なの?
もしかして講義中、ずっとパソコンでタイピングしていたのも、それが理由?
まさかのゆかりちゃん予想、的中?
謎に包まれていた吉田さんのベールが、徐々に、アッサリと剥がされていった。
「因みに、『吉田直子』は偽名――と言うか、ペンネームよ」
うん。それは何となく判っていました。
さっき吉田さん自身も、『ぎめ』って言いかけてたもんね。
ペンネームって事までは想像できなかったけれど。
「来月、新作『緑髪エルフは人の夢を見るか』が刊行予定なの。良ければ買ってね」
宣伝乙です。自伝か何かですか、それ。
一体、何がしたいんだ、この人は。
死にたくなる程、露見したら嫌な事なんじゃあなかったの?
自暴自棄になり、『もうどうにでもなぁれ(´・ω・`)ノ☆』状態にでもなっているのだろうか。
真面目そうな人だと思っていたのに、まさかのドジっ子属性だったしなあ。
「はっ。マズいわ。何もかもを知られてしまった」
突然ハッと顔を上げた吉田さんは、『やっちまったZE☆』ってな感じのテヘペロ系の表情を浮かべながら、ポツリと呟いた。
「じ、自分から色々喋っていたんじゃないですかっ」
「ふむ。まあ、確かにそうね」
色々とツッコミどころ満載ではあったが、とりあえず私、何も悪くないよね?
自分から色々と暴露すると言う、吉田さんの奇行。その意図が全く読めない。
「でも、今貴女、『色々と喋っていた』と言ったわね」
「え。は、はい」
「と言う事は――貴女、私の話をしっかりと聞いてしまったと言う事よね」
ん? あれ?
なんだろう、この展開は。
吉田さん、なんか『計画通り』みたいな、悪どい表情を浮かべているし。
何故か、非常に嫌ァな予感がするんですがそれは。
「私の秘密を知ってしまった。これで貴女はもう――私から、逃げられない」
「なん、だと……?」
そ う 言 う 事 か 。
よ、ヨシダアアアアアアアアアアアアアアアアア!
私は吉田さんを解放すると、その場から立ち上がる。
そして、彼女から一歩だけ距離を置いた。
吉田さんが、ゆらりと床から立ち上がる。
地を足で踏み締める彼女は、やはり私よりも小柄。
こちらを見上げるその姿からは、並々ならぬプレッシャーが発せられていた。
その小ささを忘れさせる位に、大きく、威圧的な何かが、私の身体に突き刺さっていた。
「……逃がさん。お前だけは……」
ひぃい!
私、どこかで聞いたことあるわ、そのセリフ!
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