とある家庭の家族ゲンカに巻き込まれた両刀使いのゼナリさん
@keisei1
第1話 「普通」だなんて、あり得ない
「愛、真実の愛が欲しい。例えそれが人を犠牲にするとしても」
年老いた男の声は、さらにしわがれて翔の頭に飛び込んでいく。年老いた男が仰ぎ見るのは、電極を頭に差し込まれた若い男だ。気味が悪い。翔は「悪い夢」から覚醒するように、体を引き起こし、ベッドから飛び起きた。外では鳥のさえずる声が響いている。翔は冷や汗を拭い、今日から通い始める舞坂学園の学生服に袖を通す。男の声は翔の脳裏へ、予知夢であるかのように焼き付いていた。
心霊現象、霊媒、超能力なんて否定したい。そんなものに関わらなければ、人間「普通に」生きていける。それが今年の春、舞坂学園に入学した春風翔の気持ちだ。だが朝、学園の門をくぐる彼の願いは早速打ち砕かれる。こんな爆音をきっかけにして。
ズドォオオォオーン! ズゴゴゴゴ! ブウァシャシャシャ! バゴォーン!
巻き起こる砂煙、立ち上がる火柱。その様子を見て「なっ!?」と翔は身がまえる。彼は何が起こったのかと目を凝らす。
「何?!」
翔を除いた他の生徒たちは「また天徒の襲来!?」と叫んで逃げ出している。だが人一倍好奇心旺盛な翔は、人の流れに逆らい、煙が立ちのぼる「場所」へと足を運んでしまう。
校内アナウンスは「天徒襲来中! 天徒襲来中! 全校生徒はすみやかにシェルターに避難せよ!」としきりに呼びかけている。
「天徒? シェルター? こんな話! 学校説明会の時なかったよね!」
チュドドドドーン!!! どこからか砲弾にも似た炎のカタマリが、翔の足元へと落ちて、彼の体は吹き飛ばされる。翔はふらつきながらも立ち上がり、「普通」だなんてあり得ない、と観念する。
実際この砂煙の向こうにいる、一人の少女を見たならば、益々そう思わざるを得ない。
そう。そこには、翔の目の前には、日本刀とおぼしき刀剣を両手にした、セーラー服姿の少女が、足を大の字に広げて、立ちそびえていたのである。その勇姿や凄まじき。その少女、美しきに尽きる。翔は一目見て少女に惹かれる。
だが彼は、もう一つの「異形」の存在に気づく。目玉の焼けただれた、蜘蛛状の化け物が、少女の隣でその手を動かしているではないか。少女は化け物と戦っているらしい。少女は刀剣を振りかざすも、翔を目にとめるなり顔色が変わる。
「一般生徒! なぜシェルターに避難していない!?」
「一般生徒!?」
「一般」と呼ばれて、こうも相応しい人間は翔以外にいないだろう。少女はこの場では足手まといでしかない彼に、逃亡を促しているらしい。だが翔は、化け物と戦う少女を見ておずおずと逃げ出す男でもない。両手を広げて、一つ大きな声をあげる。
「ねぇ! 何やってんだよ! 君の方こそ逃げなきゃ!」
翔の身の丈に合わないお節介に、少女は眉をしかめて刀剣を掲げる。
「一々、騒ぎに関わる男。ややこしい」
少女は翔を助けることを半ば諦めたようだ。ここで命を落とすは自業自得、「自己責任」という奴だ。少女は一先ず、目の前の敵に集中する。化け物はヨダレを垂らして、ただれた目玉をグルリと回し、少女を問い詰める。
「なぜ天からの使いを拒む? 殿上人になれば平穏が得られると言うのに。永遠にも似た」
「聞こえだけはいいわね! でも残念! 私は21世紀日本で強く生きていきたいのよ!」
「その考え、いずれ仇となろうて」
この緊迫した中でも、呆れることに翔は逃げる気配がない。むしろ固唾を飲んで、化け物と少女の対決の行方を見届けようとしている。
「おい! 大丈夫か! 何か手助けは!?」
何か出来ることを探す翔だが見つからない。かと言って身の危険を感じて、逃げ出したりもしない。翔はつまりはそんな人間だ。しかしその翔をめざとく目にとめたのが、「天徒」と呼ばれた六本足の化け物だ。気配に気づいた少女は、右腕を大きく横に振りきり叫ぶ。
「くっ。これだから一般ピーポーの馬鹿者は! 足手まといもいいところ!」
少女の声と重なるように化け物はターゲットを翔に変えると、六肢の一つを翔へ伸ばしてくる。それを見て少女は、刀剣を化け物の頭に突き立てる。吹き上がる紫の血しぶき。化け物は最早自らの身を守ることより、舞坂学園の学生一人の命を奪うことにこだわっている。さしもの翔も襲いかかる化け物の足に慌てふためく。
「う、う、うわぁあぁあああぁあ!!!」
だが、化け物の足が翔の体をつかみ取ろうとした瞬間、翔、化け物、そしてもちろん少女も驚くべきものを見る。翔の背中から白銀に輝く「鉤爪」が現れたのだ。
「ななななな、なんだぁああぁああ!!! これ!!!」
翔が大声を上げるも、鉤爪は彼自身がコントロール出来ないほど暴れ回り、化け物を瞬く間に八つ裂きにしてしまった。翔の息は乱れ放題で、おろしたての学生服は泥まみれだ。背中から突き出た鉤爪は化け物を仕留めてなお次なる獲物を探している。
その様子を見て、少女が持つ二本の刀剣の柄、獅子と蛇の形をした柄が口を開く。まずは獅子、次に蛇という順に。
「どうやらその男、覚醒者らしいぞ」
「初めての男性覚醒者になるようね」
「覚醒者」という言葉が何を指すのか、今の翔には分からないが、自分が何かの能力に目覚めたのはたしからしい。少女は刀剣の柄に「獅子若、蛇龍。よほどじゃない限り、出てこないでと言っておいたでしょ?」と話しかけ、二本の刀剣を小さなカプセル、ここでは便宜的に「ミクロカプセル」と呼ぼう。そのカプセルへ、瞬く間に縮小した刀剣を仕舞い、翔へ告げる。
「新たな、仲間だな。よろしく。私は
翔は膝をつき、ひたすら呼吸を整えるしかなかったが、鉤爪は、優しげな顔を見せるゼナリを見て、闘争心を失ったのか、彼の背中に収まっていく。翔は小さく手をあげて、自己紹介するばかりだ。
「はーろ。どうぞよろしく。俺、春風翔ね」
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