朧顕世怪奇譚

東雲 裕二

夏の夜の夢

夏の夜の夢 第1話

俺が大学一年の時の話


俺はある出来て間もないサークルに入っていた。活動内容は学生ラジオの番組制作と放送


あの事件は七月の中旬、三年生のある企画から始まった


企画の内容は八月に会談などを放送する恐怖コーナーをやろう、というもの


そして先輩の提案で心霊スポットの体験レポートをそのコーナー内で放送することになった


俺の大学は理系で幽霊などの存在は否定的な人ばかり、無論俺のサークルも否定的な人達ばかり、ただ一人を除いては。 それが会長だった


会長は四年生で自称文系。単位も卒論だけ、暇があればサークルの活動部屋で本を読んでいる人だ

「企画書読んだけど本当に行く気かい?」会長は本を読みながら後ろで計画について談義中の俺達に話しかける


「会長も行きますか?」発案者のA先輩(三年生・男)は楽しそうに話した「やっぱり夏といえば怖い話、そして肝試しですよ」


「来週の金曜だろ?」会長は本を読むのを止める「夜はバイトだ」


会長はそういいながら企画書が綴ったファイルを手に取り出して右手の人差し指でトントンとコメカミを叩く。一緒に活動してこれは何かを考える癖だと知った


「行く前にお祓いはやるんだろうな?」


「会長、もしかしてお化け怖いんですか!」企画賛同者のB先輩(三年生・男)が意外そうに言う「お化けなんて存在しませんよ」


俺も意外だった。会長は小柄で細身、ウェーブのかかった長髪は結ばれている。一見、女っぽい格好だが話す言葉使いは年寄りみたいな現実的な言葉ばかり。そんな会長がお祓いというとは・・・


「お前等な、怖い目にあってからじゃ遅いぞ」会長はまた本を読みだした「まぁ、止めても行く気だろうが。で○○に行くのは誰々なんだ?」


A先輩、B先輩、俺、そして「おもしろそうだから行く」とX先輩(二年生・女)が手を挙げた。ただY先輩(二年生・女)が「Xが行くなら・・・でも会長が・・・」と迷っていた


会長はふーんと頷くと煙草吸ってくると鞄を持って外に出た


会長が外にでている間「会長ってお化け苦手だぞ」とか「大人ぶってるけど見かけ通り乙女だったりして」と盛り上がった十分ぐらいすぎた頃「誰が乙女だ」と切れ気味の会長がドアを開けた「全く・・・おいY、ちょっと来い」


会長に手招きされ私?と不思議がるY先輩は会長と外にでた


「怪しいな・・・」こそこそ話すA先輩とB先輩「X、あの二人」とX先輩を巻き込むが「知らない」の一言で終わった


しばらくして二人が戻って来た


「私も・・・」Y先輩は静かに言った「やっぱり行く」


A先輩たちは「よっしゃ、人数が多いと楽しいだろうし、怖くないよ」と来週の予定を考え始めた

「無茶するなよ」再び本を読み始めた会長「若いっていいねぇ」


ただ俺は違和感を感じていた・・・迷っていたY先輩が戻っていきなり行く・・・会長はなにを話していたのか


「どうした?」会長は振り向き俺を見た。俺は会長を睨んでいた


「いえ、何でも・・・」俺は目線をずらす「ところ何を読んでるんです?」

会長はあーこれね、と俺に渡した「エルサレム聖書」


本当にこの人は何者なんだろう


「言い忘れてた。行くのは判ったけど」会長は掛けている丸眼鏡を外し片目を見開いた「夜に乗じて莫迦な真似をしたり警察に突き出すからな」


部屋はどっと笑いが起き「そんなことしま・・・」とB先輩は曖昧に返事し、周りからツッコミを受ける





そして、平穏な何もない日常が過ぎていく


あの事件の日が刻々と迫っていた




***


忘れられない夜が静かに始まった


集合場所にみんなが集まった。目的地にはA先輩のワゴンで行くことになっていたので荷物を積みこむ。


Y先輩は大きな白い紙袋を持ってきたが大切な物だからと抱えて座ることに。


ただ予期しない荷物を持ってきた人がいた。X先輩はお留守番させるのは可哀想だからとダックスフントのチョコを連れてきた。A先輩はしつこくお願いされ「掃除手伝えよ」と車内に入れるのを許した


俺はその時そわそわしてるY先輩に気付いた。視線の先はチョコ。


「Y先輩、犬苦手なんですか?」俺が聞くと、X先輩はえ、そうなん?と言ってきた


「ううん、犬好きよ。」何故か紙袋の中を見ながらいうY先輩は否定する


B先輩は最後に目的地までのルートをA先輩と確認し合う。途中で軽く食事することも決めた。


「さて出発するか」A先輩は静かに車を走らす。

車の中ではたわいもない会話が弾む。途中で誰かの携帯が鳴った。


「会長からだ」Y先輩は携帯を開く。どうやらメールようだ


B先輩は何て?と尋ねると「気をつけて、と今仕事が終わったから向かうって」と答える


市街から離れるにつれすれ違う車が減ってくる。間も無く○○に着くころだった


○○は磯に囲まれた林で地元では有名な心霊スポットだ。林には遊歩道があり一周15分くらい、また中央には神社がある。そして○○まで行くには防波堤を200メートル歩いていかなければならない


計画当初は防波堤の入口付近に車を止める予定だったが、会長からそこは駐禁だからと近くの(100メートル離れた)海水浴場の駐車場を使え、と釘を刺されていた


「結構離れてるな」海水浴場の駐車場に車を停めながらA先輩は愚痴る「でも会長来るんだろ。守らないとねちねち言うもんなあの人」


みんな「いい人だけどねぇ、ルールには五月蠅い」「暴力は嫌いだけど言葉はきついよね」「あの人、言葉責め好きそう」と好き勝手に話した


ひとりY先輩だけが「会長はみんなの為と思って・・・」と弁解する


目的地に向かう前に盛り上がる。そして全員車から降り、荷物を取り出す

チョコはやっと車に降りたのと、知らない場所に来たためか興奮気味だった


Y先輩が突然「会長から」と紙袋から黄色いポチ袋のようなものを人数分取り出し渡した「お守り、中は視るなって」


俺も一つ受け取るが中に何も入っていないみたいだった


A先輩、B先輩は中身が気になり開けようとしたが「先輩、駄目です」と珍しく大きな声でいうY先輩


わかったわかった、本当会長好きだな、と茶化す先輩達に顔を真っ赤にし違うと否定するY先輩


俺はふと遠くの○○を見た。微かに月明かりでぼんやりと確認できた。○○へと続く防波堤の光が不気味だった


「会長待つ?」X先輩がチョコと遊びながらいう

会長はバイクに乗っているがスピードをあまり出さない。連絡が来たのが15分前、ここに来るまで一時間程かかる。


B先輩は懐中電灯を確認しながら「行こうぜ。会長待っても絶対ここで待ってるから行ってらっしゃい、て言うぜ」


Y先輩は待つって言うと思ったが会長にメールすると携帯を開く




連絡し終わるといよいよ○○に向かう



空には満天の星空の中で不気味な三日月が輝いていた




***



防波堤を5人と一匹が歩く。まだ七月だからか周りが海だからか少し肌寒い


「噂ではこの防波堤から出るらしいけど・・・」先頭を歩くB先輩は確認しながら歩く「思ったより明るいな」


○○まで続く防波堤は一定の間隔で電灯がついている。怖い話でよくある消えかかっている電灯は一つもない。逆に明るいくらいだった


先頭はB先輩、Y先輩、俺、X先輩、A先輩の順で歩き○○に何事も無く着いた。○○の入口には潮風でかなり傷んだ鳥居がそびえ立っていた


「・・・いきなり真っ暗だな」A先輩は懐中電灯をつけた「真っ直ぐ行くと神社・・・遊歩道は左側から行くか」


B先輩はアウトドアで使われるランタン型のライトをつけ行く方向を照らす


遊歩道といっても細い道だった。道には平らな石が置かれ道に迷わないようになっている


「雰囲気ある・・・」思ったより暗いのか少し声が震えているX先輩「中央は丘になってるのかな」


俺は神社に向かう道を懐中電灯で照らす。X先輩が言うとおり神社へ向かう道は階段になっており遊歩道と中央では高さが違うみたいだ


「ここは周りが岩ばかりだから転ばないようにな」B先輩は一度深呼吸する「行くぞ・・・」


初めは幽霊なんて信じていなかった俺達はでてもおかしくない暗闇に少しばかり恐怖があった。いつしかみんなが恐怖心をかき消すかのように大きな声で話をするようになった。ムカつく教授のことやサークルのこと、様々なことを話す。


時折、チョコがマーキングするために立ち止まる

林の中はとても静かだった。ただ波の音がするだけ。潮の流れが速いのか大きな波の音が林の中に響くだけ。木々の葉で満天の星空は遮られていた


ある程度歩いた。まもなく一周するだろうという頃合い。周りが木々、道も単調で自分達が○○のどのくらい歩いたのか判らなかった


「もうそろそろ終わりか」B先輩は時計を見る「会長も心配性なんだよ。何もおきないじゃん」


そんな時だった


「チョコ、また~」暗闇や静けさに慣れたころX先輩は立ち止まる「早くしてねチョコ」


みんな最後の休憩を取る。Y先輩は黙ったまま歩いていたが何も起きなかったためか安堵した様子だった。一方、男性陣は拍子抜けした顔していた

チョコのマーキングはなかなか終わらない様子だった。木の根本をくんくんと嗅いで、そして前脚で土を掘り出す


「大きい方かな」X先輩は荷物からティシューとビニル袋を取り出す「A先輩、明かりください」


いいよ、と返事をして木の根本をA先輩は照らす


まだか、とB先輩は声をかけたが意外な返事が来た


「・・・なん・・・で」未だに木の根本を嗅いでいるチョコを見てX先輩は震えていた


どうした、と近づくA先輩。


俺はその時何ともいえない臭いがした


「根本・・・濡れてるの」X先輩は濡れている部分を指差す。A先輩は当たり前だろ、と言いかけた時「今・・・する音がしなかった・・・」


B先輩も来て気のせいだろ、たまたま音が聞こえなかっただけだろ、という。一本道で同じ場所を通るはずがない


俺はだんだん強くなる臭い、魚の腐ったような臭いが気になった


「皆さん、なんか臭いません」と俺が口に出すと



ウゥゥゥゥウゥゥゥゥとチョコが突然歯をむき出して威嚇した。今まで大人しくしていたのに



全員が自分達がいる場所を思い返す・・・・・・


B先輩は嘘だろ、と明かりをチョコが威嚇するほうに向ける「驚かすなよ、何もいないじゃんかよ」


B先輩はみんなを見たとき戸惑ったと思う


俺もそうだったがB先輩以外恐怖で震えさえ起きずただ立つだけだった。声を出すことが出来なかった


チョコが威嚇する方向、明かりで照らされた場所にそれは居た




産まれたばかりの赤ん坊のような肉付きで大人の腰から上だけの体でべっとりと湿っている感じだ。また肉がブヨブヨで服を着ておらず異様に膨れた腹、顔はあるが体同様に膨れ性別が解らない。解るのは目が無いこと

。口の一部が抉れて歯が剥き出しの状態


ただ何よりも異様なのはそれが説明した上半身何体かの塊であること


目の前には二体が胴体でくっ付いたもの、と三体が阿修羅像のように背中でくっ付いた二匹がいた

一目でこの世のものではないことが解った



ズズッ、ズズッと這いずって近づいてくる


「「ゴビャビャヒャ・・・」」水を口に入れて笑うような声を幾重に出しながら近づいてくる






「イヤァァァァァ」悲鳴を上げるX先輩の手からチョコのリードが落ちた




***


「どうしたんだよ」突然悲鳴を上げるX先輩に戸惑うB先輩。どうやら見えていないらしい


離されたチョコは得体の解らないそれに近づき威嚇する


「やべっ、おい犬!」A先輩はチョコを止める為に近づく。つまりそれに近づく


俺は逃げなきゃと感じ、二人の女先輩を見る。X先輩は恐怖で立てない様子。Y先輩は少し震えているが顔つきはしっかりしている


「X先輩、しっかり」と俺はしゃがみこみ背中に先輩を乗せる「Y先輩、走れます?」


Y先輩は力ずく頷く。見かけによらず強い女性だな、と俺は感心したとき「A先輩!」と叫ぶ


とっさにA先輩をみると興奮するチョコを抱きかかえるところに、阿修羅像のようなそれの背中の腕が先輩をつかみかかれ、触れた


A先輩は「ひぃ・・・」と声を上げたがすぐに立ち上がり走る「みんな走れ!!」


B先輩はおぅ、と返事する。見えていないが周りの雰囲気で何か起きている事を感じたのだろう


走った。もうすぐ遊歩道の出口、○○から出られる。


それは移動は遅かった。ただあの「ゴビャビャヒャ」という声は近づきもせず離れもしない




「なんで・・・出口が無いんだ」B先輩が立ち止まったので外の人も止まる。いや止まらなければ


三分ほど走っただろうか。歩いて一周15分の遊歩道だ。どう考えても出口が無い


このまま走ればまたそれに会ってしまうのか


「嘘だろ・・・」A先輩が休んだとき吐いた。びしゃー、ゴホッゴホッと。そして倒れた


「まじかよ」B先輩は大丈夫か、と近づくが意識がない。明かりで吐いたものを冷静に確認する「・・・さっき食べたものじゃない・・・胃液にだけにしちゃ多い・・・」


B先輩はY先輩を呼び、犬を持て、Aは俺が担ぐと指示する。がおかしいのはA先輩だけでなくチョコも舌をだしぐったりしていた


「重い・・・」B先輩は担ぎながら周辺を照らす「道間違ってないよな」


俺とY先輩は明かりがそれを見つけるんじゃないかと怖かった


「あそこ」Y先輩は指差す。それがいるのか!俺は怖かった、が「ほら、あそこ・・・穴がある」


指を差した方向には丘の一部が掘られた横穴があった


「あそこに隠れよう」Y先輩は言う。嘘だろ、もし穴があれの住処だったらどうすると思い俺は反対した


「確かに・・・こいつを背負って走るのはキツい・・・それに迷ったみたいだしな・・・わかった」B先輩はそう判断した


俺は後ろ髪が引かれる思いだったが先輩の言い分も確かだった


穴は思いのほか広かった。それも居なかった。それにあの魚が腐った臭いもしない


A先輩は相変わらず意識がない、X先輩はチョコの様子を見て謝り続ける


Y先輩は紙袋から茶色の袋を取り出し、中に入っている白いもので線を引く。線は穴をぐるっと囲んだ


「会長に何かあったら使えていわれて」B先輩になにしてんだと聞かれY先輩は答える「塩だって」


「ここに入ってもう30分ぐらいか」俺は時計を見る。「会長に連絡しますか?」


Y先輩はまだ運転中だと思うけど電話する、というが何回かけても留守電になった


みんな腰を下ろし後悔していた。今のところ、それには見つかっていないが遠くからズズッ、ゴビャビャヒャという音が聞こえる気がする


「なあ、何が見えたんだ?」B先輩は穴の天井を見ながら聞く


俺はY先輩と顔を見合わせる。あの二匹をなんて説明する?X先輩は恐怖で震えていた。口で説明してX先輩聞こえたら発狂するんじゃと思い俺は持ってきたメモに描いた。


思い出すのもいやだったから雑に描く。横からY先輩が覗き「同じ・・・」と呟く


描き終えB先輩に見せる。当然信じられない顔をしたが今の現状から信じたようだ


「幽霊じゃなくて化け物かよ」B先輩の意見に同意だ


みんな内心、帰れないのか、化け物に襲われるのかと語らないが考えているに違いない




そんな時だった




「イエー、イエー、ゴッド イズ グレイト」という歌とカッカッと靴音が響く


「会長の声だ」Y先輩は立ち上がり懐中電灯であたりを探そうとした


X先輩はY先輩の服を掴み止める「こういう時って映画だと偽物で襲われない・・・」


B先輩も確かに会長の好きな洋楽だし、エンジニアブーツらしい靴音だが早すぎないか?と賛同する。会長は一年中エンジニアブーツを履いているらしく、歌はジョーン・オズボーンの歌らしい




みんな息を殺し、明かりが外に漏れないように隠す


声が近づく

靴音が近づく



だが音が消えた



(やっぱり偽物か・・・)と小声で震えながら話す





「見つけた」






下から光で照らされた男の顔があった



一瞬にして俺達は阿鼻叫喚だった



「失礼だな、君達」懐中電灯で自分の顔を照らす会長「生きてるか?怪我とかはないか?」




俺は生きた心地がしなかった




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