賊星(ナガレボシ)
吾妻栄子
柄杓星(ひしゃくぼし)
「母ちゃん、見て!」
少年は大きな目をパッと輝かせると、煤けた小さな手で北の空を指差した。
「流れ星だよ!」
白い八重歯を覗かせた、浅黒い顔いっぱいに笑いが広がる。
今年七つになるこの子の本名は「宏生(ホンション)」だが、浅黒い顔といい、吊り上がった大きな目といい、八重歯といい、子ガラスそっくりな風貌をしているため、知る人からは専(もっぱ)ら「鴉児(ヤール)」と呼ばれている。
「どこ?」
母親は安パーマの緩んだ、しかし豊かで艶のある黒髪を揺らすと、幼い息子の示す方角を窺った。
「ああ、もう消えちゃった」
鴉児は舌打ちする。
「どうして、すぐ消えちゃうのかな?」
母親は腕に提げた花籠を持ち直すと、白玉(はくぎょく)じみた蒼白い顔に
ふっと微笑を浮かべた。
「宏生(ホンション)、それは、お星様だからよ」
母親だけは、少年を本当の名で呼ぶ。
「消えないお星様だっていっぱいあるよ」
鴉児は小さな口を尖らせた。
「あの柄杓星はいつだって北の空に見えるし」
言いながら、鴉児は諦めきれずに北斗七星に目を凝らす。
さっき見た星は、あの柄杓の、ちょうど柄の真ん中を切るようにして流れたのだ。
「すぐ消えるから、流れ星なのよ」
諦めなさい、という風に母親はひっそりした声で告げると、少年の手を引いた。
母親の手から伝わる温みに、鴉児は自分の指先が冷え切っていたことに気付く。
「今日は寒いから、早くご飯買って帰りましょうね」
「うん」
鴉児は母親の手を握り返して、こくりと頷いた。
本当は、今日「は」じゃなくて、今日「も」寒いんだ。
多分、明日(あした)も、明後日(あさって)も……。
「早くあったかくなるといいね」
口に出すと、余計に暖かい日が遠くなる気がして少年は微かに身を震わせる。
「すぐに、春になるわ」
信じなさい、と言い聞かせる声で母親は答えると、小さな手を握る力を強めた。
早く春が来るよう流れ星にお願いしたい気持ちで、鴉児はまた北斗七星を見上げる。
それは、まるで北の空に浮かぶ、氷で出来た巨大な柄杓の様に映った。
もしかすると、夜にいつも見える星は凍っていて、流れ星はあったかいお湯で出来ているから、すぐに空の上を流れていって見えなくなってしまうのかもしれない。
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