1:二月の雪
第2話/1
秋山
具体的に言うのなら二月の十四日。バレンタインデーである。世の中の男子がゼロ喜百憂くらいすることもある日である。
ついでに言うと両親の命日でもある。
更に言うと兄貴の失踪&全国指名手配の日なのである。
その日は確かに雪が降っていた。
めでたく卒業見込みも取って、教授の小言めいた心配を軽くスルーし終わり、
ちなみに教授の小言とは就職活動を三日で打ち止めて、家庭教師のバイトをしていた
倉科というのは大学で出来た友人二人のうちの一人で、心理学部を卒業予定。ブー一歩手前どころか腰くらいまでプーの俺より随分とマトモな服のショップに内定を取った。
心理学どこいった。客の心理読んで服売るのか。それとも上司とか同僚の心理読んで付き合い良くするのか。
でも倉科
そんな倉科は
『あぁ秋山、これ本命だから。ラブとか凄く詰まってる。よろしくね』
と、ファミマの袋に入ったファミマで売ってた五百円くらいのチョコレートを携帯見ながら寄越したのである。
ちなみにリク宛てのはセブンのだった。
『お返しはミニストップの練乳イチゴパフェでいいや』だそうです。
インスタントな遣り取りと思うなかれ。これは倉科瑞樹のかなり気の利いた無茶振りである。
何が酷いってミニストップは
それどころかK県全体を探しても二件くらいしか無えのである。
本気でリクエストに応えようと思ったらもうドライアイスを持参して、小旅行気分でコンビニに出向き、脇目も振らずに最短距離を往復するしかないのだ。
滞在時間を考えたら文字通りミニなストップである。
やってらんねえです、と丹精も愛もこもっていない板チョコ寸前のそれを咥えながら玄関を開けた。
ぴんぽーん。
開けた
「あぁ、合ってたみたいだな。元気してたか、霧絵」
がちゃん。
ぴんぽーん。
閉めた傍からなに鳴らしてんの。
そんなことよりバールどこだバール。こんな時に限って手元に無い。
それより通報か。きゃーお巡りさーん。なんてことだ、携帯はコタツの上である。携帯電話の存在意義が危ぶまれる非携帯っぷり。
あ、バールあった。
がちゃん。
「…………で、なに」
バールを扉の影に隠しつつ、一応問う。
その向こうに居るのは、今年で二十六歳になる男。
名前は秋山
ちなみに俺も例に洩れず、鈍器殴打で脳内出血→脳死判定→奇跡の蘇生という一行で済むけどわりと洒落にならない被害を被った。
「なにって今日、命日だろ。父さんと母さんの。顔出したのか? あぁまぁそれは別に良いんだ、そんなことよりちょっと頼みたい事があって、お前が通ってる大学近いこと思い出して来たんだ」
やばい。どこから突っ込めば良いのだろうか。
「いや、命日にしたのアンタだよね。しかも勝手に流すなよ。そんで一方的に殺しかけた相手に頼みごとって何だ。つーか何で俺の大学知ってんだよ」
とりあえず全部突っ込んでみた。
「じゃあ言い方変えるわ。可愛い弟にバレンタインデーのプレゼントな」
なにそれきもちわるい。
何がってどこの世界にバレンタインに弟へプレゼントする兄がいるの?
取りあえず談笑しながら口の中にバールをねじ込んでやろうかと画策していると、不意に扉を開かれ……僅かに戸惑ってしまった。
相手が掛け値なしの殺人鬼ならば決定的な隙。
続いて視界に飛び込んで来たモノを確認した瞬間―――本当に。
ああ俺は此処で死ぬかもしれない、と受け入れる腹が決まってしまった。
久夜よりも頭ふたつ分小さい少女が見上げている。
好奇心旺盛な猫のような、大きい瞳。
外で振っている雪の中で、それでもなお白いと思わせる肌。
右脳が本能に危機を訴え、左脳が現在取り得る最善の行動を導き出すよりも何よりも、目の前のソレに目を奪われてしまった。
少女は暫く俺を見つめた後、本当に嬉しそうに微笑んで。
「うん、うん。これなら完璧! だって、すごく殺したいもの!」
俺は目の前のソレの吐く台詞に、言葉まで奪われてしまった。
「お、良し。じゃあ霧絵、この子のことよろしくな」
がちゃん。
扉が閉まる。秋山久夜が居なくなる。
「待――」
で、目の前に名も知らぬ少女が居た。ちゃっかり侵入されたみたいである。
待て兄貴。この際過去に起こった色々は良いよ。
説明くらいはして行け。
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