肉食退廃(ニクジキタイハイ)
島田黒介
肉食退廃‐1
「ねえ、ヤマウチ君。カニバリズムって知ってる?」
キノシタの一番印象的だった台詞といえば、この言葉だった。
高校二年の秋、学園祭の準備に追われたクラスで、出し物の装飾品をちまちまと作っている、放課後の会話。
部活や先に帰る奴らを尻目に、帰宅部で特に用事もない二人だけが教室に残されて、会話はそれなりにするけれど別段仲良くもない女子と二人きりになるのは思春期の俺からしたら随分と複雑な心境で、どぎまぎしながら自分も帰るタイミングを伺っていた。
そんなときに話しかけられた話題は、女子高生にも教室にも似合わない突飛な話題だった。
「ええと……人を食べること?」
間抜けな顔をしていたと思う。
若さゆえというか、こういったサブカルチャーの類の単語なんていうのは、いくらかインターネットで調べてしまう時期があるから知っていたけれど、まさかこんな状況で口に出すとは思ってもいなかった。
「うん、大体あってる。人の肉を食べること。共食い。儀式とか、風習とか、趣味とか」
「……なんでそんなこと聞くんだよ?」
「いや、ちょっと本で読んだだけ。でさ、カニバリズムって色んな理由があって、相手のことが好きだから食べたい、とかそういうのもあるの。信じられる?」
「信じるとかじゃなくて実際にあるんだろ。でも、正直気持ち悪いよ、普通じゃないじゃん」
俺は当時、どうしてキノシタがこんな話を熱心にするのかがわからなかった。
こういった話題を振って、特別に見られたいのかなとすら考えていた。
実際、カニバリズムだけじゃなく、そういった人間はたくさんいたから。
「まあ……普通はそうだよね。でもさ、たとえば自分が好きな人を食べたくて食べたくて我慢できない人間だったらどうする? 好きな人を殺しちゃうんだよ、ヤマウチ君なら、自分がそんな人間だったらどうする?」
俺はちょっとうんざりしながらもキノシタの妄想に付き合った。
自分がもし、好きな人を殺さなければいけなくなったら、どうするか。
「俺だったら……絶対食べない。我慢できないなら、家にこもる。それでもどうしても、食べたいなんて思うくらいなら、好きじゃない人間を食べてごまかす。意地でも好きな人は食べないと思う」
俺は少し考え込んだのち、指を顎に当てながらそう言った。
言葉尻で顔をキノシタの方に向けると、すごく驚いた顔をしていた。
今思い出してもあの時、キノシタは悲しんでいたのか、ふっきれていたのか、笑っていたのか、どんな感情を持った顔だったのかわからない。
「……真面目に答えてくれるんだね。びっくりしちゃった。ごめんね、変なこと言って、ありがと」
キノシタは切り取りかけの模造紙を置いて、いそいそとハサミやらなにやらを片付け始める。
「もう下校時間過ぎちゃうよ、ヤマウチ君。急がないと」
「あ? ほんとだ。間に合うのかなーこれ。残るの二人じゃ無理っぽいだろー」
「ほんとだね、明日はみんなに声かけないとね」
さっきとは打って変わって明るいキノシタにも俺は何も感じていなかった。
目の前に迫った学園祭に浮かれていたし、さっきの奇妙な会話も、特に気にするようなことではなかった。
「キノシタ、明日も残るの?」
ふと、会話をつなぐためだけに聞く。
「……学園祭、楽しみだね」
しかしその言葉にはキノシタから返事がないまま、俺たちは下校した。
翌日、キノシタは休んだ。
次の日も、その次の日も、そしてとうとう学園祭の日もキノシタは来なかった。
次にキノシタのことを知ったのは、閑静な住宅街で起こったきわめて猟奇的なニュースだった。
高校三年に上がる前の冬。
キノシタは幼馴染の女の子を食べた。
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