東京強盗ランド
強盗は犯罪だ。犯罪はやってはいけないことだ。でも、手札の中に、もう強盗しか残されていないのならば、そのカードを場に出すしかない。
おれは社会に適応しない。適応できないと言った方が正しいか。社会に適応しないから、職にも就けない。職に就けないという事は、お金が無い。お金が無いけど社会に適応できないから職に就けないという事は、強盗をするしかない。我ながら短絡的な発想だ。
しかし、お金を手に入れるというゴールは、真っ当なルートで進めば、途中で疲れてたどりつけないだろう。そこで、最短ルートでお金が手に入る、強盗が結局楽な方法だと言うことになった。
おれは早速ホームセンターでマスクとサングラスを買った。顔を見られないためには、最低限用意するものがある。30枚入りのマスクだったため、残り29枚を持て余すことになってしまったが、まあ持っているからといって足枷になるわけではない。そんなことを考えながら、コンビニへと歩みを進めていた。
1つ疑問が生じた。コンビニに着く前から、マスクとサングラスはしたほうがいいのだろうか。顔を見られないためにはしたほうが良いに決まっている。しかし、閑静な住宅街で、マスクとサングラスをしている人物がうろうろしていると、それだけで怪しまれてしまうのではないか。マスクとサングラスは、不審者の模範解答のようなものだ。
今から強盗という大それた事を行おうとしているのに、そんな小さなことで悩んでいて務まるのか。そもそもおれはピンクのズボンを履いていた。何をしようがしまいが目立っている。結局おれはマスクとサングラスをして、コンビニまで向かう事にした。
コンビニに着くと、目を疑う光景が広がっていた。行列なんて生まれるはずのない、住宅街のコンビニに行列ができているのだ。戸惑って立ちすくんでいる俺の横で、店員が拡声器を使って呼びかけ始める。
「ただいま当店での強盗は200分待ちとなっております! 行列を避けたい方、少々遅くなっても良い方はファストパスをご利用ください!」
一般的に強盗はあまり人気ではない。待たずに行うことが出来る。しかし、このコンビニは200分待たないと強盗ができないらしい。
おれはファストパスの券売機を確認した。今から発券すると、ファストパスは深夜3時から使えるらしい。今は午後8時29分だ。200分待った方が早いと考え、ファストパスを使わないで、行列に並ぶことにした。
行列に並び始める。並んでいる人々はみな目立たない格好をしていた。本当に強盗をするために並んでいるのだなと、しみじみ思った。
行列は思ったよりも進んでくれなかった。強盗を満喫している人々が思ったより多いのだ。おれの中で苛立ちが芽生えた。更に5人ほど前では、カップルが互いの愛を見せつけながら強盗を行うのを待っている。苛立ちはどんどん成長し、花が咲いた。何か暇をつぶせる道具でも持って来ればよかったなと後悔したが、今更後の祭りだった。できる強盗は、行列に並んでいる時にできる暇つぶしの1つか2つくらい、考えておくのだろうなとおれは思った。
行列の真ん中あたりに来たとき、売り子がやってきた。
「ナイフはいかがですかー?」
どうやら強盗時の脅しに使うナイフを売っているらしい。暇つぶし道具よりよっぽど大事な忘れ物に気づいた。脅すための武器を忘れたのだ! ああ、一体何をしにきたのだ。丸腰で「金を出せ!」と凄んでも、迫力はない。しかし、売り子がいるコンビニで助かった。おれの運も捨てたものではないらしい。売り子に声をかけ、ナイフを1つ購入した。ナイフは市販のものより割高だった。
行列がのろのろと進んでいき、ようやく先頭近くまでやって来た。出てくる強盗は皆、満足そうな表情を浮かべている。気分が高まり、自然と口元は緩んでいた。緊張感が無い強盗は、存在するのだろうか。緊張感を帯びて、下手な真似をしたら殺してやると店員側が思ってしまうほどの殺気がないと、店員も金を出そうとは思わないだろう。しかし、出てきた人々の満足げな顔を見ると、殺気を出す気がなくなるのだ。
ようやく、おれの番がやってきた。ワクワクしながらコンビニに入った。
コンビニに入ると、勢いよく叫んだ。
「強盗だ! 金を出せ!」
店員や客は皆驚き、その場から動かなくなった。
「レジの金全部寄越せ!」
店員は震える手でレジに入っている金を出す。
「もう1つのレジもだよ! チンタラするな!」
慌てて店員はもう1つあるレジに向かい、金を出す。
おれはもう少し店内で強盗らしい行動をしようと思ったが、後ろに沢山の人々が並んでいた事を思い出し、レジ内にあった売り上げの11万円を手にした後、足早に店を出た。
コンビニを出ると、売り子がやってきた。おれが店員を脅している瞬間を撮影していて、記念写真として販売しているらしい。せっかくコンビニ強盗をしたのだからと思い、おれは500円を払って、写真を購入した。
強盗って、こんなに楽しいものなんだなとしみじみ思いながら、コンビニを後にしようすると、少し先に、警察が待ち構えていた。おれは逃げる間もなく捕まってしまった。強盗で得た11万円は没収され、警官と一緒にいた店員が回収した。なるほど、だからあれだけの強盗がきてもお金が無くならないのか。おれは思わず感心してしまった。
おれはパトカーに乗せられた。助手席の警官がおれのほうを向いて喋り出す。
「パトカーへようこそ! 私が警官の高橋です。これからあなたを危険がいっぱいの警察署へと御案内いたします。何が起こるか分からない警察署。二度と戻ってこれないかもしれません。見送りの人たちにお別れの手を振りましょう。バイバ~イ!」
彼が窓の外を見ると、道路脇で沢山の人々が彼に向かって手を振っていた。
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