第58話 鳴きやまぬ蝉の朝に

蝉の声、それからクラクションの音で起こされた。

近所の交差点で何かトラブルがあったのか、二三台で互いを責め立てるようにクラクションを鳴らし合っていた。

朝から非常識極まりない。


更にラジオ体操の帰りだろうか、子供たちのキャッキャ甲高い声が近づいてきた。

側に嗜める大人がいないのか、子供たちは憚ることもなく騒いでいる。

そのうち一人が泣き出した。

それを囃し立てるような声、ガラスの割れる音……。


もう我慢ならない。

ドアを開けて、

「君たち、いい加減にしなさい!」



外は一面の雪、雪、雪だった。


「ああそうか、そうであったな……」

蝉などいるはずもない。

あれ以来何十年も夏が来ないのだから。


「冷えますわよ」

妻がドアを閉めてくれた。


「なあお前、自動車も子供たちもいないのだ……」


「お薬が効いてきて少し混乱なさっているのですわ」

妻はいそいそと朝食の支度にとりかかった。



「そもそも人間など、お前様を残して絶えてしまいましたもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る