あの日の君
「まあ、それはともかく。彼は国盗り武闘大会の優勝者だ。しばらくは身動き取れないだろう。その間に帰ってしまえばこっちのものさ」
にっと悪戯気に笑いながらチナミが言うと、スクナは肩にいつの間にか入っていた力を抜いた。
そう、しばらくの間は。身動きが取れるようになってからのことは、恐ろしくて考えたくもないが。ぎりぎり魔法省につくまでの時間くらいは何とかなるだろうと、チナミは1人太陽光の強くなってきた春空を見つめながら心の中で思った。
ユティーはつまらなそうにそれを見ていたが、そんなユティーにチナミは言った。
「すまないがアデルは2人乗りなんだ。3人でも大丈夫だがスピードが落ちる。戻ってくれないか」
「……ちっ」
「こらユティー! チナミ班長、すいません」
「いや、別に気にしてないよ」
舌打ちとともに消えたユティーは、それでも素直な方だろう。いつもに比べたら。何せ遅くなれば遅くなった分だけ晴ノ国に帰れる可能性が低くなるのである。
晴ノ国にはユティーとスクナの2人だけの家がある。まだ愛着なんて湧くほどには住んでいないが、ユティーにとって、スクナを独占できる唯一の場となってしまったところだ。そこに帰れなくなるのはユティーにとっても不本意だった。
ユティーが消えて20分くらいした時、なんとなく降りていた沈黙を破ってチナミが呟く。
「彼の力は絶大だったな」
「あ、ディータですか? すごかったですよね。ひざまずけーって」
「……四字熟語の力の増減は」
微妙に舌っ足らずになってしまった「ひざまずけ」に笑いもせず、重い空気をはらんでチナミは言葉を放った。
いつもなら苦笑なりそれなりの反応を示してくれるはずのチナミのまさかの無反応に、戸惑いつつスクナは首を傾げる。これは以前もらった教科書には書いてなかった……はずだと思いながら。
「チナミ班長?」
「元の世界への抵抗感で変わると言われている。あれだけ強大な力だ、彼はどれだけ元の世界に抵抗感を感じていたのだろうか」
「……抵抗、感」
「生き辛かっただろうな」
悩むように、ぽつりとこぼされてスクナはきゅっと唇をかみしめた。
あの時。遠足として行ったヒイラギで。
ぜいぜいと全身でなされる呼吸に、手負いの獣のような目。
金の瞳を綺麗だといった自分に、呆然としたユティー……いや、ユースティリア。金の瞳を化け物と呼んだユースティリアは、いったい誰にそれを言われたのか。あの強い眼差しを、スクナは今でも思い出せる。それほどに苛烈な瞳だった。
あんな目をするくらい、ユースティリアにとって元の世界は生き辛かったのだろうか。
心地いい風が頬を撫でるのに、スクナは考え込むように目を閉じた。あの日のユースティリアを想って。
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