強者


 カーン!!


 コングが鳴らされるのと同時に、挑戦者たちが剣や槍、弓を構えるよりも早く。

 ディータが腕を一閃。薙いだ。ただそれだけで。


 キイイイイイイイインン!!!


 強いハウリングと共に、挑戦者たちはかたかたと震えだし、少しずつ大きくなっていく震えに武器を取り落とした。

 一切の例外を認めず、武器を持つ者、場にいるものはすべてまるで耐えられないといわんばかりに武器を落とす。最後に弓を地へと手放した挑戦者たちに、カウがアナウンス席で叫ぶ。


「お、おっとぉ!? これはどうしたことか挑戦者たち! 揃って得物を取り落としたどころか拾う様子すら見せない!!」


 にやあ。


 遠目でもディータが笑う……いや、嘲笑わらうのが見えた。こんなに離れていて、顔もろくに見えないのに、なんでそう思ったのかスクナにはわからない。けれどそう、ディータは確かに嘲笑わらってるのだと思った。挑戦者を、自分に逆らうものを、その全てを。

 煽るようなカウの言葉にも挑戦者たちはぴくりとも動かない。動けない。

 先ほどまでの威勢のよさなんてまるでぺしゃんと潰れてしまったかのように。ただ視点は一点、ディータだけを見ていた。そう、神話の中悪魔に魅入られた人間のように。


 固唾をのんで見守る観客たち、何千という人々がいるはずなのに呼吸すら潜ませてその勝負というには一方的な何かを見ている様子は、まるで1つの生き物のようだった。


「さあ」


 張り上げているわけでもない、ディータの声は。しかし闘技場内によく響いた。ふいた春風すらその見えない動きを止めて、何千の視線がディータに集まる。


 それと同時に、またハウリングが起きる。


 どこか愉悦すら含んだそれは、ただただ人々の視線を捉えて離さなかった。離せようもなかった。目線をやる人々は呼吸すら意識しなければままならない。


 そんな圧倒的な絶望的な、食われるのではないかと思われるほどに存在感を膨れ上がらせたディータは。時間さえ奪った、無双の強者は。


 武器も持たない挑戦者というにはあまりにも哀れな生贄を前に。

 なんてことはなさそうに呟いた。


「跪け」


 まるで統率のとれた軍のように。ちょっと前、跪き方などわからないと笑っていた挑戦者ですらその太い足をおって。綺麗な、騎士がするという忠誠の儀のように。跪いて見せた。

 それを見たディータが、カウを見る。場に降りたディータ以外のすべてがディータに向かって跪き、頭を垂れている光景を見て。どちらが勝者かなんて言うまでもなかった。

 ディータの視線に気づいたカウは震える声で口を開いた。


「しょ、勝者。ユースティリア・リーゼン大総統様!!」


 カーン!


 遅れて1、2秒。


 きゃあああああああ!! うおおおおおおおお!!


 あふれんばかりの歓声が上がり。観客席にいた人々が立ち上がって拍手する。それは来賓席も例外ではなくて。隣の席の貴婦人が扇子を片手で落ち興奮した面持ちで拍手するのを見ていたスクナは、やがってチナミが立ち上がったのに続き拍手をしようと手を前に出したところで。ついっとチナミにローブを引っ張られた。下ではディータがアナウンス席にいたキャスターたちに囲まれているのが見えた。


「チナミ班長?」

「帰るぞ、イクルミ君」

「え、今ですか!?」

「早急にだ」

「え、あ。はい!」


 チナミとスクナはそそくさと、その盛り上がりに隠れるようにして闘技場をあとにした。

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