第91話 黒板に文字を描くのがとてもきれいな女の子の話

昔々、あるところに女の子がいました。その女の子は黒板に文字を描くのがとても上手でした。あまりにも上手で、彼女が黒板に描いた算数の回答は、間違っていても、正解にされることがあるくらいでした。先生がその文字の美しさに見とれて、うっかり正解にしちゃうんでしょうね。


学校も、市の書道コンクールに彼女の板書を送ろうかと悩んだほど美しい文字でした。ある時は、いたずらっ子たちにせがまれて彼女が黒板にきれいな女性を書いたのです。先生はその人が生きていると勘違いして、「どなたですか」と黒板に向かって喋りかけたものです。


あるいは駅の待ち合わせで伝言板に描いた彼女の文字の美しさは有名で、名前を書かなくとも彼女の文字と町で有名になったほどです(当時はまだポケベルくらいしかなく、駅の伝言板があったのです)。


高校生の時は、近所のモスバーガーでバイトをしました。モスは、店の前に黒板をおいて、その日のメニューを紹介しています。その文字を彼女が描いた時は客足がいつもより増えるほどでした。


大学生になり働いたビストロもメニューは黒板で用意していました。そこで彼女が書いた料理(特にアヒージョという文字が彼女は得意だったのですが)だけが売上が伸びるというほどでした。


彼女はその才能を活かして、色々なところの黒板に文字を描いていました。企業も黒板消しアートをCMに使うこともありました。カロリーメイトは黒板消しを舞台にパラパラ漫画のCMを作りましたし、新宿ではポスターの代わりに黒板に描かれたゲームのイラストが話題になりました。彼女もどこかのアートに携わっていたのかもしれません。


ただ、彼女は黒板に描く文字は上手なのですが、紙に書いた文字やホワイトボードへの文字は、全く色彩を欠いていました。きっと彼女とチョークの相性がよかったんでしょうね。チョークのカルシウムが彼女の細胞と化学反応を起こしていたに違いありません。


大学を卒業し、彼女が選んだ職業は先生でした。そう。説明する必要もありませんね。彼女は黒板に文字を描きたかったからです。彼女は生き生きと文字を書きました。彼女が担当するクラスだけは成績があがるほどでした。子どもたちも美しい文字を見ると、記憶に残るのでしょう。


そして、彼女は理想の相手を見つけ結婚しました。相手は黒板消しの職人さんです。プロポーズは「お前の文字をきれいに消させて欲しい」だったそうです。その後に「そして、そのきれいに消えた黒板の上に新しいお前の文字をのせて欲しい」と続きました。


婚姻届も黒板で提出できればよかったのですが、それは叶わなかったそうです。「やっぱやめた」といって黒板消しで戸籍を消されても区役所は困りますしね。

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