第2話 記憶がないけれど、僕はこの子の服を脱がしたことがある


「あ、また会ったね」と言われた。


西麻布の交差点近くにあるクラブの地下二階。


「久しぶり」とノリで言ったものの、記憶はない。クラブは嘘が飛び交う空間ゆえに「あなた誰?」といった質問は野暮でしかない。


相手の記憶違いかな、と思いながら、「今日も一人なの?」と言われて、ほんとに俺はこの人に会ったんだろう、と思う。俺はクラブには1人でしか来ないから。そして1人でクラブに来る人は少ない。


「そうだよ。再会を祝して話をしよう」と、バーに連れ出す。


「今日は誰ときたの?」


「前と同じノリコだよ」


「ああ、ノリコちゃん」


「覚えてないの?」


「ごめん。覚えてない」


次から質問が続けられない。なぜなら、続いて「覚えてないの」と言われることになるからだ。何より、あいての名前さえ覚えていない。


ジントニックで乾杯をしながら正直に言う。


「ごめん。会ったこと覚えてないんだ」と。彼女は「ひどい」と言いながら、微笑む。クラブでは、珍しい話でもない。酒を飲みすぎた夜に会ったのだろう。俺はよいすぎると記憶をなくす。


その夜、結局、その子は俺の家にきた。部屋に入るなり勝手に冷蔵庫からミネラルウォーターを出した。つまりは俺の家にもきたことがあるということだ。そして、それはつまりは、セックスもしたことがあるということだ。


一度、性行為をした相手なのに、初めての感覚で服を脱がす。それはなかなか奇妙な体験で、そして、じれったい感覚だ。相手はこちらの手際を分かっているのにこちらは分かっていない。


行為が終わった後、聞いてみた。


「酔ってた時の俺と今日の酔っていない俺、どっちの方が良かった」


ベッドの上で彼女が微笑みながら言う。


「前、あなたは『ごめん。酔ってただから。酔ってない時の俺ともう一回してみて。ちゃんとできるから』と言ってたわよ」と。

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