第6話 悩まない悪役・後編


 さて前回(第5話)に続き、「悩まない悪役」の考察・後編です。


 前回が「非人間的な悪役」だったのに対し、今回は「人間的ではあるが葛藤が存在しない」パターンを考えてみます。




 (2)人間的ではあるが、揺るぎない悪意を持つ悪役


  ③常人には理解困難な価値観に基き、悪事を行うタイプ

   (いわゆるサイコパス)


  ④良心が欠落したかのような、純然たる悪タイプ

   (悪魔憑き、トリックスターなど)




 サンプルはこのあたりが適当でしょうか。


  ③「PSYCHO-PASS」(アニメ版)の槙島聖護、「デスノート」の夜神月など


  ④「バットマン ザ・ダークナイト」のジョーカー、「無限の住人」の尸良など




 ③は一言で表すと、彼ら自身にしか分からない価値観や美意識を持ち、一般的な倫理に縛られず行動する悪役です。自分の信念を正義と信じて疑わなかったり、「善悪の問題ではない、俺はやらなければならないのだ」といった強迫観念に駆られているタイプですね。


 彼らはおおむね、「説明されれば分からなくもない価値観」に従っています。そのためある程度は行動を予測することも可能ですが、主人公サイドは社会のルールや倫理に縛られているので思い切った行動ができず、悪役の後手に回ることがほとんどです。



 このタイプの悪役を扱う際に面倒な点は、「読者が共感しやすい主人公」ほど常識と倫理に縛られるため、悪役の心理を推測して行動しづらいことでしょう。


 考えられる対処法の一つは、特殊な背景やスキルを持つサブキャラを配置すること。たとえば「自らも心に闇を抱えた警官や探偵」、「犯罪心理学に通じたプロファイラー」などです。


 特殊な背景ゆえに敵を理解し、対処できるサブキャラ。いざという時は頼りになる代わりに、普段の言動が珍妙で、常識人である主人公が手を焼くという図式は分かりやすいですよね。「PSYCHO-PASS」では犯罪係数が高い(=犯罪者に近しい心理を持つ)刑事たちが登場し、彼らを取りまとめる常識人の主人公をさんざん振り回しています。


 この手の悪人を主人公にしてしまったパターンが「デスノート」でしょう。夜神月は天才かつ、常識を超えた殺人手段を持つ犯罪者。かの有名な「新世界の神になる」宣言が不思議なくらい似合うし、しかも本当に実現してしまいそうな説得力を持つ、類まれなキャラクターだと思います。


 普通の捜査方法では捕まえられそうにない悪役ですが、警察側にも天才の「L」がいることで知恵比べが成立し、「主人公の正体がばれるのが先か、Lが殺されてしまうのが先か」というスリリングな展開が繰り広げられます。



 おそらく、この手の悪役に対する最も確実な対処法は、「発見したら問答無用で打ち倒す」でしょう。常識人である主人公が理性的に説得しようとすると、だいたい失敗します。彼らは断固たる決意で自らの信念を遂行しており、もはや常識や倫理に惑わされないからです。


 そして飛び出す定番のセリフ「俺を止めたければ、その銃で今すぐ撃つことだな」。善良な主人公が銃を構えながらも、良心と衝動の葛藤で撃てずにいるところを、悠然と逃亡するまでが黄金パターンですね。先述の「PSYCHO-PASS」をはじめ、多くの刑事ものがこのパターンを踏襲しています。ここでも葛藤させられるのは主人公サイドです。


 作品の内容によるとは思いますが、葛藤の末にこの手段を選んだ主人公は罪の意識に悩むことになるので、ハッピーエンドに持っていくには工夫が必要と思われます。


 ちなみに問答無用で打ち倒してしまう主人公もいます。たとえば「Fate/Zero」の衛宮切嗣は、快楽殺人者の雨生龍之介を遠距離射撃で倒しています。主人公と一言も会話することなく死んでいった龍之介が、結果として作中で数少ない「満足して死んでいった」人物となるのは、何とも皮肉が利いていますね。





 ④は「信念もなく自然に禁忌を破る」悪役です。あくまで人間であり、これといって強い信念や動機を持たないものの、平然と人間の禁忌を破る。そうするのが自然だから人を殺し、犯し、奪う。


 ロボットや獣と違うのは、彼らにも感情があり、場合によっては社会に溶け込んで生活している点です。


 たとえば「ダークナイト」のジョーカー。彼は信念というより、楽しいから悪を行うタイプです。ジョーカーは人間の命を玩具に見立て、人質の生死を賭けたゲームをバットマンに何度も突きつけます。ジョーカーとて人間の感情を持っていますが、それゆえにバットマンが良心と衝動の間で苦悩する様を楽しんでいます。その上でやりたい事を我慢せず、さらには自らの敗北すら楽しんでいるので、どう転んでも損をしないし葛藤も起こりません。


 もっとひどいのが「無限の住人」の尸良。まず相手から逃げる能力を奪い、なぶり殺しにすることを楽しむ剣客。特に信念あっての殺害スタイルというより、そうするのが彼にとっては自然なのです。もともと「無限の住人」は悪人の見本市のような作品ですが、その中でも群を抜く外道ぶりでした。


 目を覆いたくなるような所業に相応しく、尸良はむごたらしい末路を辿ることになります。しかしある意味で、自分の行為に責任を負って笑いながら死んでいく彼の生き様は、「他人を雇って復讐を行い、自らは手を汚さない主人公」への痛烈なアンチテーゼになっています。悪も極めれば鮮烈な印象を残すという好例かもしれません。


 社会に溶け込んでいるという意味では、「ジョジョの奇妙な冒険」第4部の悪役、吉良吉影もこのカテゴリーに入りそうです。彼は根っからの殺人嗜好を持ちながらも、できれば穏やかに暮らしたいと心底願っている風変わりな悪役です。相反する二つの特性は、普通なら深刻な葛藤を生みそうなものですが、彼は「自分の平穏な生活を守る」ためなら迷いなく人を殺します。殺人ほか荒事を嫌がるのは、「面倒ごとを起こすと自分の生活が乱されるから」であって、倫理や良心の呵責が理由ではありません。


 もっとも、吉良吉影の場合はカテゴリー③なのか④なのか難しいところです。平穏に暮らしたいという欲求を自然な感情とみなすか、「人を殺してでも自分の生活を守る」という信念とみなすかで分類が変わりますから、③と④の中間に位置する悪役なのかもしれません。



 このレベルの悪役になると、倒せばカタルシスが生まれるので、③よりはハッピーエンドにしやすいし主人公サイドの葛藤も少なくて済むでしょう。もっとも、捕まえて投獄したところで改心するとは思えませんので、根本的に解決するには死んでいただくのがベストですが……。その点、吉良吉影の末路はコミカルでいて再起不能ですから、「お見事」と思いました。





 さて、二話にわたって「悩まない(葛藤しない)悪役」について考察してみました。


 こうやって分類比較してみると、①②④の悪役は遠慮なくぶっ倒しても構わない、いわゆるタイプAのストーリーに合いそうですね。


 対する③は、「なぜそんな信念を持つに至ったのか」を描くと深刻な社会ドラマになりうるので、どちらかといえばタイプBのストーリーに向いているように思います。




 ところで、ここまでの分類とは別の角度から見た場合……。


 実はあるんです。ストーリーをタイプA・Bどちらにも持って行けて、誰が葛藤する・しないかも選べる、便利で深い「悪役」が!


 次回はそんな「究極(?)の悪役」を考えてみたいと思います。

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