センチな君は戦地へ向かう The Little Flowers

相楽山椒

センチな君は戦地へ向かう 第一部

プロローグ

 みんな少し考えてみて欲しい。


 平和な世の中が続いて、この国の情報は全てテレビというものに集約され続けてきた。テレビによってブームが巻き起こり、批判が起き、喜びや感動を得た。そして事件も事故も全てテレビで知った。


 事実上、それに相反する言論や各種メディアの表現の自由があれど、圧倒的なテレビ情報のシェアに比べれば極々少数派であり、結局は大河の流れにはなれなかった。またそれに疑問を挟む者もいなかった。


 はたしてこの世で目にするものや、感じる事が全て何者かの手によって操作されたものだったとしたら、誰がその事実に気づくのであろうか。


 地球が丸いことは周知の事実ではあるが、“丸いこと”をその目で確認した者は世界史上でもいまだ数えるほどしかいない。物理法則で証明できたとしてもその法則が正しく、間違いがないかなんて誰が言い切る事が出来るだろうか。


 本当のこと、真実。それはごく僅かな人々によって確認され、その情報を精査する術を持たない者たちによって、あまりに無造作に共有される。


 私はこの世界のどこまでを知っているのだろうか。そして私が知る真実は一体どれほどなのだろうか。




 学校の退屈な授業の合間に、僕はノートを真っ黒にしながら夢中で『この世界の真実について』という論文を書いていた。初夏の窓際から六時限目の陽光が優しく頬をなでる。


 昨日テレビでやっていた映画がよくなかった。世界は誰も気付かないうちに全てが謎の組織に牛耳られている、といったありふれた内容のSFだったけど、少なからず共感もした。


 いつぞやの“ワインで激痩せ”といった特集を組んだ情報番組を信じたがために、そこで紹介されていた健康ダイエット法を毎日毎日かかさず地道に実行した愚鈍な人々が、次々とアルコール中毒になり社会問題に発展。結果番組内容は捏造データで構成されたものであり、製作会社は被害者から多額の損害賠償請求で起訴された。


 放送モラルが欠如しまくった番組製作会社と、テレビでやることだから間違いはないと信じた人々が起こした愚かな事件だといえる。


 要するに、テレビという力の強い媒体を使えば、こんなに簡単にこれだけ多くの人が同時に騙されるといういい見本だ。今日起こる出来事が嘘か本当か、明日起こる事件が真実か虚構か、実際目にしないで決めることは非常に難しい。


 そう、世界はあらゆる予断の集合体によって形作られているとしても良いだろう。


「木田ぁ……つまり、お前はここで俺に頭をはたかれないと、自分の置かれている現実は見えないということのようだな?」


 その声とともに僕の頭上に分厚いファイルが接近したかと思うと、ほどなく鈍痛に見舞われた。


 夢中で書いていて、ずっと隣で社会科の担任教師が僕の“論文”を盗み読みしているのに気づかなかった。クラスの皆はそんな僕のことをクスクスと笑っていた。


 隣の席の山内は“バーカ、だから言ったでしょ”と言わんばかりの苦い顔を僕に向けて、窘めた。


 別に自分をエライと思っているわけじゃないから、それに対して腹も立たないし、おどけるようなサービス精神も持ち合わせていない。ちょっと昨日のSF映画から目が覚めたってぐらいだ。


 今の履修項目は高校受験にはほとんど関係がない授業だし、あまり興味はなかった。みんなだってそうだろう。


 そりゃあ僕が秀才な訳じゃない。数学は苦手だし、物理だってよくわからない。志望校は競争率が低いだけにそれほど焦っているわけじゃないけど、ただどの科目にも言えることだけど、なんとなく学校に勉強しに来ている気がしないのだ。


 毎日をただ、こなしているだけの、仕事のような気分といえばいいのだろうか、働いたことなどないのだけど。


 勉強ってのはもっと、こう、知って得したとか、感動するとか、考えるとか、そういうことじゃないのかなって思う。ただ情報を無造作に頭に詰め込むばかりで、これじゃまるでプログラミングだ。


「まじめに授業は受けろ、受験勉強に関係なくてもだ。内申書に響くぞ!」


 担任の大島先生は肩から掛けたタオルで汗を拭きつつ、小脇にファイルの束を抱えて教卓へと戻ってゆく。何かっていうとすぐ内申書だ。おとなしく大人の言うことを聞いていればそれでいいのか、それが良い子で、社会に求められるってことか。僕はそんな未来が少し怖く感じる。


 夏休みを目前に控えた七月、中学生最後の夏、いわゆる受験勉強の山場、夏を制するものは受験を制する。と、誰がいったか知らないが、巷ではそういわれている。


 クラスの雰囲気は既に半年先の受験だけを見越した空気だけが流れていた。進学するものがほとんどだったが、毎度のテストの点数と内申書の話題で休み時間は過ぎた。


 そんなことだから放課後もだらだらと喋っている連中は少ない。皆進学塾やらなんやらでそそくさと帰ってしまう。あの山内までもが、だ。


「なんだよ、お前も帰るのかよ?」


「木田に付き合って、残ってなんかいいことあるわけ? あたしは忙しいのよ」


「――何を偉そうに、中学生風情が忙しいとか……」


「じゃあっねぇー」


 暑い。


 夏休みになっても結局夏期講習ずくめの毎日だ。それを考えるとまだ学校で頭をはたかれているほうが幾分楽だ。


 結局僕は担任から居残りを命じられて、黒板に書き残された『防衛隊法改正』についての記述を書き取らされていた。


 昨今の周辺情勢に鑑みて、我が国も国軍を有するべきだって声が上がったんだな。要するに防衛隊が国防軍に変わったって話。僕からしてみりゃどっちだって大して変わらない。


 雪祭りの雪像作りは変わらず続けられてるんだから。


 官公庁の名前が変わるってことは、あちこちの看板や印刷物を差し替えなきゃいけないわけで、税金の方がもったいないじゃん、って思うんだ。


 もちろん税金収めてるのは僕じゃないんだけど。


 なにか、楽しい事はないかな。

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