水妖精の涙(前)
突然だが俺が第二の生を受けたグランセルと言う都市にも、一応四季と呼べるようなものがある。
夏に該当する季節になればうだる様な暑さになるし、冬に該当する季節になれば辺りは凍てつき、白銀で包まれる。
前の世界との違いを上げるとすれば、そのメリハリがちょっとばかり大きいことと、それぞれ中間に該当する春と秋の期間が短い事だろうか。
厳しい環境ではあるのだけれど、それでもきちんと生活を続けていけているのは、偏に魔導の恩恵が有るからだ。
寒暖の差があっても持ち前の
そしてそれは、自然も然り――
グランセルの西方に大きく居を構えるシルバと言う名の大山脈もまた、元の世界の、日本と言う名の極東の島国にあるそれとは一線を返していた。
シルバは活火山である――しかも割と頻繁に火を噴く火山だ。
それだけ聞くと、かなり危険である様に聞こえるかもしれないが、それは火口に近づいたらの話。
事実
その理由は大きく二つ――まず一つはシルバが山脈であり、活火山に該当する岩山であるウルカニウスと呼ばれる山が、グランセルとコルリスと言う山を挟んで存在している為だった。
この
そしてもう一つは、山脈の向こうにある
これが山脈に吹き付け、いい具合に気流を作っているようで、火山から立ち上がる噴煙のほぼ全てがグランセルとは明後日の方向にそれてしまっているようだった。
そんな触らぬ神に祟りなしの状態の
それは何故なのか――簡単に言ってしまえば
今もなお遠目に黒煙を吐き出している
噴火の危険性はあるが、貴重な鉱石が良く取れるために冒険者が良く訪れているのだ。
まぁ、その危険性故に
コルリスとウルカニウスの間には大きな峡谷を挟んでおり、峡谷を超えるか超えないかで危険性は段違いだった。
目指す場所が場所だけに、今回はその峡谷を超えることはまずありえない。
だからこそアルトさんはシルバに向かうことを進めてくれたのだろう。
俺自身アルトさんの信頼を裏切ることは微塵も考えていなかったし、そのつもりも皆無である。
まぁ、好奇心旺盛な
何せ、今回に限っては俺たちには珍しく、四人での行動なのだから――
……………
「――アルクスさん!! 私たちは魔導を組み立てますので、あれの足止めをお願いします!!」
「は、はいっ、了解です!!」
何時もならば、指示を出すのは俺の役割なのだけれど、流石に年上の方々に向かって偉そうに指示を出すのは気が引けた。
加えて先輩のほかに貴族と言う肩書も併せ持っているのだからその思いは尚更だった。
まぁ、少なくともフィアンマ先輩に関しては、何故か俺が
そんなフィアンマ先輩から俺に与えられた指示は足止め。
さらりとそんな指示を出してはくれたが、今現在俺たちが相対している獣に対してその指示を実行するのはちょっとばかり骨の折れる作業だった。
――改めて目の前の敵を見据える。
昼前に
茶色の毛並と、ゴツゴツとした両腕が特徴の大型の獣、その名は
魔石をその身に宿してはいない為魔導を使うことは無いが、岩石の名を冠する通りその体躯は非常に強固であり、同時に筋力の強く、単純な力はオークにも引けを取らないと言われている。
故にこの獣は、魔獣でないにもかかわらず六等級に分類されていた。
まともに攻撃を受ければまず間違いなくひとたまりもないだろう。
そんな相手を動けなくさせるにはどうすればよいか――
唯の一瞬、俺はそんな事を思考しながら、その実自然と一つの流れを思い浮かべていた。
瞬時に魔力を右手に纏う――魔力発行は緑色、込める魔力量は三パーセント、思い浮かべるは不可視の刃。
『切り刻めっ! ”
右手を左から右へと大きく薙ぎ払う、腕で引いた真一文字を元に、上と下とを空気の層で分断する――そんなイメージを込めて魔導を放った。
俺にとってはありふれた
不可視のはずのその刃は、過度に圧縮されたためか、僅かばかりに空間を湾曲させながら――透過する光を捻じ曲げながら
その光景に威力の片鱗を感じ取ったのか、
すぐさま取られる防御姿勢、これこそが魔石を持たぬ
そんな獣は、その両腕を用いて件の様な防御姿勢を瞬時に行うのだ。
腕で防御に徹するその姿は、見てくれと相まって、宛ら大岩の様。
だが、俺はあえて眼前の大岩に向かって風魔導を放つ。
とは言えいくら
元来風属性の魔導は土属性の魔導と相性が悪い、吹き付ける風では大岩を削ることは出来ない。
『”
――だがっ
『――ただの風でも、岩を動かすことくらいは出来るってね』
俺が呟きを漏らすと同時、俺が放った『
強力な風圧によって弾かれる
――俺が狙っていたのは初めからこの
だからこそ、それを逃すような愚かだけはしなかった。
俺は瞬時に空いている左腕へと魔力を纏う。
発光色は青色――俺は体に貯えられた魔力の一割をつぎ込んで水の魔導を発動させた。
『――
かつて目にした火炎(カルブンクルス)の御業を参考にした魔導。
属性だけは全く違うけれど、水の大蛇を高速でにじらせ、防御姿勢を崩した
水は揺らめきながら強く
この水の大蛇には腕力など無意味。
例え力任せに引きちぎられたとしても、すぐさま再生することが出来るからだ。
水はそもそも実体がありながら、無形。
この拘束から逃れたいのならば、水を全て吹き飛ばすか蒸発させる必要があるだろう。
もっとも、魔導と言う力をその身に宿さない
――兎に角、これで俺に与えられた役割は完遂だ。
「――足止めと、序に拘束完了ですっ」
「了解ですわ。こちらも準備は整っています。テッド、合わせてくださいまし」
「おうよっ、フィア姉こそタイミング外すんじゃねえぞ!!」
俺の言葉を合図に火炎の姉弟がそろって両手を前に突きだした。
その手に宿っているのは彼の者の代名詞たる、
赤は炎へと姿を変え――炎は更に姿を変えて行く。
――形作るは鳥の姿。
「「灼熱の凶鳥よ、疾く駆け我らが敵を討て! 『”ヒート・スワロー”』っ!!」」
飛び立つは二羽の燕――炎の嘴を携えて水の蛇に拘束された
二羽の目指す先は頭、左右のこめかみを打ち抜こうとしているのか、緩やかな放物線を描きながら風を切り裂いてゆく。
拘束さえされていなければ、
二条の閃光は無情にも目標を貫き、あっという間に遥彼方へと飛んでゆく。
後に残されたのは変わらず水の蛇に拘束されている
但し灼熱の凶鳥に啄ばまれたその獲物は、綺麗に頭部を焼失させていた。
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