火炎との対峙(中)

 結論から言えば、如何やら俺はからかわれていたようである。


 テッドの父親であるカロルさん――彼は口調を変えろと俺に提案すると同時、テッド並とはいかないが、可成り砕けた口調となった。

 それについて話を聞けば、如何やら先ほどの口調は所謂”仕事モード”であり、おおやけの場や、執務中などに使っているものであるらしい。


 だからこそ、に突然現れた俺たちに対して、あのような固い口調で対応したのだと笑いながら話してくれた。


 その様な理由であるのならば、口調が変わるのも納得できる。


 ……納得できるのだが、そうなると、直ぐに口調を戻さなかったのはやはり俺に対するからかい以外の何物でもなかったりする。


 これについてもカロルさんは笑いながらに話してくれたのだが、如何やらカロルさんから威圧を受けた状態での俺の反応が、彼としては面白かったとのことだ。

 出来る限りの虚勢を張っていたつもりだったのだが、カロルさんから見れば生まれたての小鹿だったらしい。


 ――そんなに震えていたというのだろうか?


 ……だけど、震えたなら震えたで、それは仕方の無い事だと思う。

 何せ、カロルさんから受けたは、前世も含めて俺が今まで生きてきた中では全くと言っていいほど体験したことのないモノだったのだから。


 冒険者ギルドで他の冒険者に絡まれたとき――あの今にも暴力を向けてきそうな攻撃的な威圧とは種類の違うそれ。


 まるで圧倒的な存在感で、静かにこちらを押しつぶしてくるような、そんな圧迫感。

 威圧感それを叩きつけられ、俺は無意識に理解していたのだと思う。


 ――これがと言うものなのだ、と。


 名前も知らない、見た事もない民の為に、領土を統治し民の為を考え行動し尊敬される貴族彼らは、それらを背負うからこそ、存在を大きくするのだ。


 ――覇気を纏うのだ。


 確かにカロルさんは、テッドに似たいい加減な一面も持ち合わせているのだろう。

 だが彼は紛うことなく、貴族様であると言うことは――そのことだけは痛いほど理解出来たのだった。



 

 ――――閑話休題。


 


 カルブンクルス家の執務室には、執務机だけでなく会談用のテーブルと、テーブルを挟むようにして二つのソファーが置いてある。

 それらはまず間違いなく、偉い人との話し合い等で使用するで物品なのだろうが――カロルさんはと言うと立ち話ではなんだから、と、割と軽い物言いで、俺たちに座る様に進めてき

た。


 その提案に対し、テッドはと言うと軽く返事をすると、何の戸惑いもなくドカリッと腰を下ろす。

 ――まぁ、彼にしてみれば勝手知ったるなんとやら、なのだろう。自分の家の物であるために、何の遠慮もありはしなかった。


 だが俺の方はと言うと、まだまだカロルさんから当てられた気当たりが抜けきっていなかったのだろう。

 文字通り恐る恐る、テッドの横へと腰を下ろした。


 クッションの入ったソファーそれは、座っただけで違いが分かった気がする。

 柔らかいすわり心地に、物凄く違和感を感じてしまう。

 なんというか俺の場違い感が物凄い気がした。


 俺は自分でも気が付かぬうちに、身を竦めていた。



 ――不意に、チリンッと鈴の音が響いた。



 少しだけビビリながら、慌てて音源へと顔を向けてみれば、ベルを持っているカロルさんの姿があった。

 何故ベルを鳴らしたのか不思議に思ったが、それを鳴らした理由は僅か数秒後に理解できた。


 ――そう、僅かに数秒だ。

 ほとんど間を置く事もなく、俺たちが入ってきた入口の扉を叩く音がして、扉が開かれた。 

 ――扉の向こうにいたのは、このお屋敷に入る時に扉を開けてくれた壮齢の男性だった。



「――失礼いたします。お呼びでしょうか旦那様?」



「ああ、悪いが茶を用意してくれ。三人分だ」



 彼は「畏まりました」という言葉と、仰々しい礼を残して部屋を後にする。

 まるで流れるかのようなやり取りに、少しだけ驚く俺。


 何に驚いたかといえば、あの壮齢の男性が、殆ど間をおかずにこの部屋に来たということにだ。

 呼び鈴が鳴らされることに備えて、部屋のそばで待機しているのかと思った。

 

 そういえばあの壮齢の男性は、俺たちがこの屋敷の入口に近づいた時も、まるで待機してくれていたかのように扉を開けてくれた事を思い出す。


 その役割から、恐らく彼は執事の様な存在だということは何となく理解できたが、その気遣いのレベルの高さに俺は思わず戦慄していた。

 異世界の執事、恐るべしである。

 


「さて、それじゃあぼちぼち話をし始めるとするか、俺に話があるのだろう?」 



 戦慄する俺を尻目に、カロルさんは執務机からゆっくりとした歩みでこちらに近づいてきたかと思えば、俺たちと対面するようにして、空いているソファーへと腰かけた。

 俺を急かすつもりは微塵もありはしないのだろうが、少々テンパリ気味の俺は、慌てて返答を返そうとした。



「――は、はいっ、で、では、先ほども言いましたけれど、早速ですがカロル様にお願いしたいことが――」



「おいおい、俺が言った条件をもう忘れたのか? もっと砕けた口調で構わんと言っただろう。あとそのカロル様ってやつも何とかしろ」



 俺の心情を完全に見透かしているのだろう。

 カロルさんは、少しだけ呆れた様子でそんな事を言ってくる。


 だが、何と言うか――当の本人から面と向かってそうは言われても、はいそうですかと納得して、いきなり言葉を崩せる自身は全くなかった。



「はぁ……それじゃあ、本題に入る前に少し世間話でもするか、そうすればアルクスの固さも少しは取れるだろう」



「えっと、世間話、ですか?」



「ああ、この馬鹿息子ときたら余程今の生活が楽しいらしい、それについては大いに結構なんだが、冒険者の生活そっちに夢中なせいで、俺に全く報告をしやがらねぇ、冒険者にあることを許可してそこそこ日も立つからな。お前たちがどんな依頼を受けてるのか少し聞いてみたいんだよ」



 そんな提案を切り出してきたカロルさんは、何処か遠い眼をしていた。

 その様はまるで昔を思い出しているかのような雰囲気を醸し出していた。


 何故カロルさんがそんな表情をしているのか、少しだけ気になったのだけれど、テッドより聞き出していた前情報の一つを思い出したおかげで、カロルさんのその表情の意味するところに行きついた。


 

「……それは単純にテッドの事が知りたいが為の質問何でしょうか? それともの現状を確認したいということでしょうか?」



「っ!? ……如何やら知ってるみたいだな、そういえば、馬鹿息子にはそれなりに話をしたが、口止めはした覚えがない」



 俺の発言に若干驚いたような表情を浮かべるカロルさん。

 だが、彼はすぐさま俺の発言の意図に気が付いたのか、すぐさま苦笑へと表情を変化させた。



「本当ならあんまり大っぴらに言って良い事じゃないんだがな――、アルクス、お前の質問に答えるとすれば、どっちもイエスだ。最近じゃあ昔の仲間とも疎遠になっちまったから、そういった話を聞く機会が無くてな」



 カロルさんは少しだけ寂しそうにそう言った。


 カロルさんが言うところのとは、この場合、の事だった。


 カルブンクルス家の現当主――カロル・ルキウス・カルブンクルス。

 容姿、喋り方、雰囲気と、ほぼ全てにおいてテッドとそっくりなその人は、驚くべきことにまでそっくりであるらしい。

 

 と言うのも、現在(いま)でこそカルブンクルス家の当主だが、実は二十数年前の彼の職業は、俺たちと変わらず冒険者であったらしいのだ。


 テッドが言うには、実の処カロルさんは次男であり、今のテッドの様にある程度自由に未来(みち)を選べたらしい。


 故にこそ、テッドと似た思考を持っている彼は――否、この場合はテッドの方がカロルさんに似ていると表する方が正しいのだろうか?

 どちらにしろ、カロルさんはテッドと同じく冒険者になる道を選んだ訳だ。


 話を聞けば、カロルさんはかなり有望な冒険者であったらしい――テッドから又聞きした彼の冒険譚は、脚色が付いていないとすれば、相当なものだった。 

 恐らくカロルさんは、冒険者としてかなり大成していたようである。


 だが、そんなカロルさんでも、冒険者で居続けることは出来なかった。



 ――戦争があった。



 それはグランセルの王国史の中では、もっとも新しい戦争。

 とは言えそれが起こったのは、俺がこの世界に生れ落ちるよりもそれなりに前の事。


 詳しい話は知らないのだけれど、その戦争で先代の当主――つまり、カロルさんの兄であったプロクス・オルエル・カルブンクルスが命を落としてしまったらしい。


 故にカロルさんは、当主とならざるを得なかったのだ。


 容姿、言動、雰囲気――ほぼ全てが似ているこの親子カロルさんとテッドだけど、続柄つづきがらだけは異なっている。

 であったが故に、カロルさんは冒険者を止めざるを得なかったのだ。



 カロルさんの発した言葉に込められた蕭索は、もしかしたらそれの後悔から来ているのかもしれない。



「……テッドがカロルさんに、活動冒険の話をしないのは、単純に話せることが無かったからだと思いますよ?」



「そうそう、俺たちは駆け出しだからさ、受ける依頼もそんなに難しくないんだよ。一番初めの任務以外はこいつアルクスのおかげで、手ごたえ無い位にスンナリすんじまってるからなぁ」



 俺の言葉に続けて、テッドが後ろ頭をガシガシと引っ掻きながら補足してくる。

 

 まさにテッドの言葉通りだった。

 一番最初の任務以降、俺たちの冒険者生活は実に順調なのである。

 まあ、それは偏に受ける依頼を俺が厳選しているという事もあるのだけれど。



「うん? と言うと、初回の任務の時に何かしらの事があったということなのか?」



 カロルさんがテッドの言葉に食いついてきた。

 まぁ、あのような物言いをすれば、興味を引くのは当然なのかもしれない。


 ――奇しくも、話の流れは当初予定してたものへとなっていた。


 俺は、果たしてカロルさんにどう話を切り出したものかと、頭を捻った。






「――失礼いたします。旦那様、お茶の用意が出来ました」





 

 だが、そうやって頭を捻っていた矢先、思考を一時中断させられることとなった。

 壮齢の男性はカロルさんの注文通り、俺たちの飲物を用意してくれたらしい。


 彼は淀みない動作で、テーブルのそばへとやってくると、流れるような動作でポットからお茶を注いでは、俺たちの前へと並べて行く。

 あっという間にテーブルの上には、中身の入ったカップがそろった。



 カップの中は、紅茶の様な液体で満たされていた。

 俺の知っている紅茶よりは、少しだけ色が鮮やかな飲物――まるで火の属性の魔力がそのまま液体となったようなそれ。


 それを見ていて、俺はふとテッドの初任務で手に入れた物品の存在を思い出した。


 

 俺は、何かの役に立つかもしれないと携帯してきたそれを、愛用の鞄の中から取り出して、カップの横へと並べて置いた。


 取り出した物体は、カップの中の飲料をそのまま個体にしたかのように、赤々と揺らめいているような気がした。



「なっ!? それは、魔石か!? それほどの大きさとなれば、宿していた魔獣は下手をしたら龍種にも匹敵するぞ!?」



 目を剥くカロルさん――如何やら掴みは上々の様である。



「――因みに同じ物をテッドも持っています。これがテッドの初任務での成果です」



 ――正確には、あの魔導土人形ゴーレムの登場は予想外イレギュラーであったが、そう言い切ってしまっても別段問題は無いだろう。

 


「僕たちは魔石これを宿す存在と相対しました。貴方ならこれがどういうことか分かりますよね? 今こうしてここに居られるだけでも正直出来過ぎだと思います。――僕たちは運が良かった」



「っ!?」



 カロルさんが息を飲むのが分かった。

 彼も理解したのだろう、俺たちが生きている――その事実が幸運以外の何物でもないということに。



「だけど、そもそも僕たちの様な駆け出しには、魔石これは分不相応なものです。駆け出しルーキーはこれを宿すモノに挑んではならない――それは冒険者の鉄則です。にもかかわらず僕たちは魔石これを持っている。魔石これを宿すモノに挑まざるを得なかった――貴方の言い付けのお蔭でね」



「…………」



 カロルさんは言葉を発しなかった。

 彼が今何を考えているのか、勿論俺には分からなかった。


 でも、俺はカロルさんに訴えかける事を止めなかった。


 テーブルに両手を付けて、頭を下げる。

 テーブルに頭をぶつけそうになるほど、深々と頭を下げる。



「――お願い申し上げます。僕の相棒を縛り付けるのをやめてください。貴方なら分かるはずだ。何者からも逃げないというのがどれほど無謀なことであるのか、冒険者であった貴方にならば分かるはずだ!! お願いですから、彼を死に急がせるような事はしないでください!!」 

 


「頼むよ親父おやじ! 俺はもっと冒険がしたい! だからって条件を撤回してくれ!!」



 ゴツリッという鈍い音と、少しの衝撃がテーブルについた両手から伝わってきた。

 如何やら、隣にいるテッドも俺に倣って頭を下げているらしい。

 恐らく勢いをつけすぎて本当にテーブルに頭をぶつけてしまったのだろう。


 部屋に静寂が訪れる。

 頭を下げた状態のまま、静かに時が流れて行く。

 カロルさんからの返答が返ってこない――故に俺たちは頭を下げ続けた。






 …………


 一体その状態がどれほど続いていただろうか。

 返事が返ってこないまま、固まる俺とテッド。

 こうなれば持久戦だ、と、内心で決意を固める俺だったが、その矢先、小さな、本当に小さな声が俺の耳へと届いた。






「……何れこうなるとは思っていたが、まさかこれほど早いとは、正直予想外だったな」






 あまりに小さな呟きであったために、聞き違いかとも思った。

 静寂と緊張に耐えかねた俺が想像した、カロルさんの呟きなのだと思った。


 だが、それは決して聞き間違いではなかったらしい。

 相棒テッドが隣で身動ぎしたのが分かった。

 俺たちは揃って、様子を伺うようにしてゆっくりとこうべを上げる。


 そうして目に飛び込んできたのは当然、対面しているカロルさんの姿だったのだが、彼は怖い位に真剣な表情を俺たちに向けていた。


 力強い視線に射抜かれ、自然と身が引き締まる。


 

「――悪いが前言を撤回することは出来ない」



 カロルさんから発せられたのは、明確な拒絶の言葉だった。

 その言葉に、今度は俺たちが息を飲む。



馬鹿息子カムテッドよ、お前は確かに冒険者となった。だが、それでもお前はカルブンクルスの一員――貴族だ。もしそんなお前が、俺の発言を撤回させたいというのならば、俺の考えを改めさせたいというのならば、やることは一つ――



 手袋を投げる――その行為が何を意味するのか、平民と言えど俺だって知っている。

 カロルさんは言っているのだ――自分たちの意見を通したいのならば、力づくでこいと。


 俺を倒して、意見を通して見せろ、と――



「――さあ、決闘を始めよう!!」



 カロルさんは俺たちを威圧するように、高らかと宣言した。

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