第9話『テロの兆し』

 のんびり歩くリーヤ達ブラボーチームに追いついて後方支援科棟を出た隼人は、アルファチームと雑談しつつ駐輪場に到着すると寮生の自転車に混じって十数台あるバイクの方に移動する。

 行き届いた手入れのおかげで新品同然の輝きを保つ愛車に隼人達が近づこうとした瞬間だった。

「見ぃつけた」

 背後から聞こえた妖艶な響きに振り返った全員は見た事も無い少女が、自転車の荷台に腰掛けて笑っているのに気付く。

 いつの間に、と思った隼人はそんな彼の視線に気づいたのか徐に立ち上がった彼女の全身を見た。

「装甲化した体……一部有機化しているとは言え、お前、人間では無いな? 十年前から出始めた、アーマードとかいう機械種族か?」

 そう言った隼人に、彼がアーマードと呼んだ機械系種族の少女は一瞬困惑した後に誤魔化す様な笑みを浮かべる。

「お前、さっきの発言はどう言う事だ? 俺達に何か用でもあるのか?」

「ええ、そう。頼まれごとと、個人的な事でね」

「頼まれ事? 誰からだ。からかう様ならお前を一度捕縛して―――」

 そう言って近付こうとした隼人はにやり、と笑った少女が後ろに手を伸ばしたのに気付き、咄嗟に後ろへロールした。

 瞬間、赤い光と共に地面が切り裂かれ、間一髪回避した隼人は抉られた地面に冷や汗を掻きつつ、腰のアークセイバーに手を伸ばす。

「何のつもりだ!?」

「これが、頼まれ事よ。あなた達が探している人物……いいえ、人物たちからのね」

「俺達が捜している……。まさか、テロ組織か!?」

 そう言って顔を上げた隼人に少女はくすくすと笑う。

「ええ、そう。彼らから殺せって言われたんだけど、生かした方が面白そうだから、このままで見逃しても良いかな。じゃ、最後に一つだけ良いかしら、五十嵐隼人君」

(コイツ、何故俺の本名を知っている?)

 そう言ってにっこり笑った少女は、本名を知っている事に驚く隼人の後ろの浩太郎に目を向けつつ背中に隠していた大型の長剣を逆手から順手に持ち替え、見せつけた。

「この剣に見覚えはあるかしら?」

 そう言って少女が取り出した真っ赤に輝く剣を見た瞬間、隼人の視界が黒く染まる。そして、スクリーンショットの様に思い起こされる十年前の記憶。

 断片的に思い起こしていく隼人の幼い手の中に、あの剣はあった。

「そうだ、思い出した。その剣、その剣は……!」

 赤く血走った視界の中で、隼人は可笑しげに笑う少女とそれに応じて輝きを増す赤き剣を睨みつける。

「“ダインスレイヴ”ゥウウウウッ!」

 忌まわしい過去を払い除ける様に、隼人が絶叫した瞬間、クイックドロウでMk23を引き抜いた浩太郎が追い払う様に三連射で少女の顔面を狙う。

 対する少女は亜音速の銃撃を簡単そうに弾くとレンカとカナの追撃を跳躍して回避し、駐輪場の屋根へと飛び移った。

「あはは、壊れそうねぇ五十嵐隼人。時間が経ったから脆くなったのかしら? あなたはあの連中とは違うと思ったのに」

 つまらなさそうに呟き、剣を振り回す少女の嘲笑を聞きながら首筋に精神剤を打ち込んだ隼人はこみ上げていた吐き気を下して咳き込みながら、何とか立ち上がる。

「いずれにせよ、審判の時は来る。それまでに壊れないでね、五十嵐隼人」

 そう言い残し少女の姿は、空気に溶ける様に消えていく。それに合わせ、警戒を解いた浩太郎はよろけそうな隼人を支える。

「大丈夫? って、気休めが効くような状態じゃないね。動ける?」

「何とかな。しばらくすれば落ち着くだろうが今は無理だ」

「あー、じゃあバイクは置いてバスで戻ろっか。症状落ち着いたら取りに来ればいいし」

 そう言った浩太郎に頷いた隼人は、支えてもらいながらバス停に移動し、物騒な装備一式を持ったまま到着したバスに乗って基地に戻った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから一時間半後、症状が落ち着いた隼人は学校でバイクを回収すると調査範囲である新横須賀の駐車場に移動し、スバルブルーのインプレッサの隣にバイクを止めた。

「遅くなって済まない」

 バイクから降りた隼人はシート後部のボストンバッグを手に取るとインプレッサから降ろされたガンケースの傍にそれを置いた。

 学生服から、会社業務用の戦闘用個人装備に着替えていた隼人は同様の個人装備に着替えている全員を見回す。

「久しぶりだな、この服装も」

「ここの所、必要になる様な事件も無かったしね」

「まあ、そうだな。さて全員武装の確認は念入りにな。万一の時に動作不良があれば泣きを見るぞ」

「それ君の装備に言いなよ」

「うるさいぞ浩太郎」

 そう言った隼人は誤魔化す様に舌を出した浩太郎へ半目を向けると、詰襟の上からフレームを装着し手を握ったり放したりして具合を確かめる。

 確認を終えた隼人は、準備万全の全員を見ると計画の再確認を行って各自の行動開始を指示、徒歩での警邏を始めた武達と別れ、自分たちはバイクで所定のポイントへと移動した。

 駐輪場にバイクを置いた隼人達はそれぞれの得物を装備すると真新しい雰囲気の商業地区へ移動する。

「わぁ、ここ新しくできた場所なのよね!」

 そう言ってはしゃぐレンカが走っていくのを見た隼人は横にぴったりついて歩く浩太郎へ目を向けると、顔を見合わせて笑う。

 テロとは無縁に思えるこの場所も、今やその脅威に晒されていると考えれば、出入りする人の多さから被害が甚大であろうと隼人は考えていた。

「警戒は怠るなよ」

 そう言って周囲を見回す隼人と浩太郎はショウウィンドウを眺めるレンカとカナを先に行かせつつ、行きかう車や人を見ていた。

 変に汚れた雰囲気の人はいないか、トラックを運転する人物は本当に運送会社の物なのか。

 そう言った要素を考えつつ、周囲を見ていた中で浩太郎がそれらしきニット帽の男が歩道の向かい側に止まったトラックから荷物を受け取ったのを見つけ、同じく視認した隼人もそちらに向かう。

「俺が先行する」

「了解」

 そう言って男を追跡した二人は、段ボール箱を抱えて歩いている彼が角を曲がったのを見て足音を殺しつつ移動する。

 男の方はと言うとそんな事を気にしている余裕が無いらしく、額に汗を浮かべながら二つの大きな段ボールを抱えて歩いていたが店の裏口らしい場所に到着するとゆっくりと荷物を下ろした。

(あの男、何をやっている?)

 そう思いながら様子を見ていた隼人はスラム街らしいそこから出てきた汚れた姿の男達に小さな背負い鞄と紙幣を渡す。

 行政の恩恵に与り難く治安の悪いスラム街では非合法品を対象とした運び屋業務は真面目に検挙すれば霧が無いほど当たり前に行われているが、この場合は少し様子が違った。

 荷物を配る男はやたら慎重な手つきで鞄を渡しており、彼が見慣れているスピードを重視した雑な手渡し方とはかなり異なっていた。

 それからじっと男の様子を観察していた隼人は拳銃を引き抜いて隠れている浩太郎に背後のカバーを任せていた。

(あの男の様子から察するに、カバンの中身は麻薬の類ではないな。では、何だ?)

 隼人が疑問を浮かべていた間に箱に入っていた分を配り終えた男は段ボールに火を点け、自身は元来た場所を引き返していき、ちょうど彼らがいる場所に差し掛かった所で捕縛された。

「な、何だ貴様らは?!」

「こちらのセリフだ。お前、さっき配っていた物は何だ!? 答えろ!」

「ほ、ホームレス達への支援品だ!」

 壁際に押さえつけられ、苦し紛れにそう言った男の表情を見た隼人は男の顔面を裏口の壁に叩き付ける。

「嘘を吐くな! 本当の事を言わなければ殺すぞ!」

「わ、分かった! 爆弾だ! 術式圧縮のプラスティック爆弾を入れたカバンだ! な、なぁ本当の事を言ったんだ、助けてくれ!」

 青ざめた隼人は命乞いする男に舌打ちし、悲鳴を上げる彼の顔面を砕きストンプで頭部を潰すと浩太郎を運び屋達が移動した方へ向かわせ、自身はトラックの方に移動する。

 キャブ内でのんびりしている運転手を見つけた隼人はトラックの後ろでタバコをふかしてる男の異常に膨れた上着に気付く。

(銃か、下手に手が出せんな……)

 周囲を行きかう人々に目を向けた隼人はレンカからの物らしい着信音の大きさに慌て、それで気付いたらしい男が抜き放ったUZIサブマシンガンの弾幕を回避した。

 流れ弾で数人が死傷し、街道がパニック状態に陥る。その中で、運転席から降りてきたらしい運転手がシートの後ろに隠していたM16A2を取り出して射撃してくる。

「クソッ、こちらストライカー! 銃撃を受けている!」

 そう言ってアルファチームの回線に吹き込んだ隼人は隠れている建物の壁を掠めた弾丸に舌打ちし、周囲に目を向ける。

 排熱で上着を焼き焦がしたフレームの戦闘出力を利用して近場のアスファルトをブロック状に引き剥がし、UZIを乱射する男へ音速で投擲する。

 塊が直撃した頭はザクロの様に爆ぜ、M16を連射していた男もどうやら銃が整備不良で詰まったらしく何度もスライドを引いており、その隙に接近した隼人は車に男の体を叩き付ける。

「お前らの目的は何だ、何故武装している答えろ! 今すぐに!」

 目前に迫るテロの気配を感じて頭に血が上り、最早いつもの冷静さを欠いていた隼人は、締め上げる男へ声を張り上げて問いただす。

「何だ、貴様。爆弾を探しているのか……? ははっ、だったらもう手遅れだ……」

「黙れ!」

 脳裏にフラッシュバックした風景にさい悩まされ、激昂した隼人は空虚な笑みを浮かべる彼を持ち上げ、トラックのフロントへ叩き付ける。

「は、ははっ……。このクソモンキーが。お前たちの」

 言いながら腰に手を回した男の挙動に気付いた隼人は拳を振り上げる。

「負けだ」

 振り下ろした直後、男の腰にあったスイッチが押し込まれ、目の前にあったトラックが爆発した。

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