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「長征14」は7ノットで東に航行していた。大連を出港してから東シナ海で日本の対潜哨戒機に追尾されたが、それを振り切った後は探知された形跡はない。日本の水上艦艇や潜水艦との会敵が予想される海域にすでに進入しているため、今は速力を落とした状態で周辺海域を捜索していた。すでに魚雷は発射準備を完了している。

 艦首に位置するソナー室では、水測長とソナー員が当直についていた。3畳ほどの狭い部屋は電子機器類が立てるかすかな唸りだけが聞こえる。水測長の習・中尉が不意に耳にかけたヘッドフォンに指を当てる。習は思わず眉間に皺を寄せた。

「いま、何か聞こえなかったか?」

 習は同僚のソナー員に尋ねる。

「ええ、確かに何かが聞こえました」

 習は機器類を操作して確証を得た後、マイクのスイッチを押して早口で報告する。

《発令所、ソナー。海底付近で一過性の機械音を探知しました。真正面です》


 哨戒任務3日目。

「ひりゅう」は尖閣諸島の北端に位置する久場島の南で、哨戒任務に就いていた。沖縄基地に設置された前線司令部との定期通信で、対潜哨戒機P-3Cが当該海域で敵の潜水艦と思われる反応を捉えたという報告を受けたためであった。

 発令所でESMについている電測長の山崎・一等海曹が報告する。

「ESMに探知です。方位160度、水上レーダー波です。目標番号をEエコー7とします」

 副長が報告する前に、沖田艦長が発令所に姿を現した。同時に、天井のスピーカーからソナーの報告が入った。

《発令所、ソナー。タービン音を感知。方位163度、S10とします》

 今どき蒸気タービンとは珍しいな。本条はそう思った。そばで森島が呟いた。

「旅大級か、ソブレ(メンヌイ)だろう」

 森島が挙げたのは、いずれも中国海軍の駆逐艦である。

 旅大級は1970年代に中国が独自に開発した駆逐艦で、今でも改修を続けながら運用されている。ソブレメンヌイ級はロシアが旧ソ連時代に開発した駆逐艦であり、中国ではロシア語の「ソブレメンヌイ」を翻訳した現代級とも呼ばれる。

 沖田は艦首をS10の方位に向けるよう指示した。方位変化を見るためだ。

《発令所、ソナー。S10の方位変化、わずかに右です》

「機関室、AIP運転やめ」沖田が言った。「ディーゼル、運転開始。速力を8ノットに増速。キャビテーションを起こさないように、ゆっくりと上げろ」

《機関室、発令所。ディーゼル機関、運転開始。速力8ノット。ゆっくりと上げます》

 沖田は続けて指示を出す。西に向かった敵を取り逃さないよう距離を詰める。

「操舵、針路270度」

「針路270度、了解」志満が答える。

 電測員が声を上げた。

「曳航アレイ探知、方位205、潜水艦のようです。目標番号をE8とします」

 発令所にいる乗組員たちに緊張が走る。横須賀の潜水艦隊司令部で周辺海域を水域管理しているため、海自の潜水艦は近くの海域にいないはずである。米海軍の潜水艦も作戦行動を取っていないことは分かっている。残る可能性は限られる。

 敵の潜水艦を捕捉したということ。

 沖田は淡々とした調子で言った。

「ソナー、E8を確認できるか?」

《発令所、ソナー》相原が答える。《方位202度に、かすかに聞こえます。目標番号をS11とします。音が静かすぎます。原潜ではありえません》

「この敵艦をMマスター17とする」沖田が言った。「操舵、取舵標準、針路205」

「取舵標準、針路205」志満が答える。「方位205です」

「ソナー、M17の距離と種類は?」

《本艦との距離は1万、バッテリー航走しています。横に並んで2つの渦流を探知しています。M17は2軸だと思われます》

「とすると・・・」山中が言った。「M17はキロ級潜水艦でしょう」

 キロ級はロシアが旧ソ連時代に開発した、ディーゼル機関とモーターを使用した通常動力型の潜水艦である。日本の「おやしお型」潜水艦と同じレベルの高い静粛性を持つため、中国海軍も輸入して運用している。哨戒に就いているのか。先ほど探知した味方の駆逐艦を護衛しているのか。

 沖田は山中の言葉にうなづいた後、矢継ぎ早に指示を出した。

「戦闘無音潜航、発射管制関係員、配置につけ。電測員、曳航アレイを回収」

 続けて操舵員に「針路そのまま、速力を4ノット上げ」と言い、発射管室に「1番から4番発射管に魚雷装填」と命じる。

 ついに来るべきものが来た。本条は思わず拳を握り締めていた。

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