選手交替

 俺に犯人と指名された北村は無反応だった。眉一つ動かさず、ジッ、と俺を見つめている。その様子に釣られ、緊張のせいもあるだろう俺も動くことができなかった。風すらも起きず静寂が怨霊神社を包み込み、まるで時間が止まったかのようにお互いピクリともしない。

「……ふふっ。森繁さん、一体何を言っているんですか?」

 先に動いたのは北村だった。軽い笑みを浮かべながら俺に問いかける。

「聞こえませんでした? だったらもう一度言います。相澤さんを殺したのは北村さん、あなたですよね」

「まさか、本気で言っているんですか? 冗談ならさすがにタチが悪いですよ」

「当たり前です。冗談ではありません。冗談で人を犯人呼ばわりなんかしません。しかも、俺達の取り巻く状況を考えればこんな嘘言えませんよ」

 俺は少し強めに発言する。それを聞いた北村は俺が冗談を言っていないことを感じ取れたようだ。

「そうですか。森繁さんは僕を犯人と本気で思っているんですね。まあ、正直僕達はお互いを疑っていましたから、それも無理もないですかね。その中で森繁さんは僕に疑いを持った、と」

「疑いじゃありません。俺は北村さんが犯人だと確信しています」

「なるほど、それで電話で僕を呼び出したんですか。じゃあ、僕が犯人だと決めた根拠は何です? 一応聞いてあげますよ」

 どこか余裕のある姿勢を見せる北村。その態度に少しばかり苛立ちを覚えた。自分が犯人と指摘されて、なぜこうも落ち着いていられるのか。証明することは無理だとでも思っているのだろうか。だったらその自信、今から崩してやる。

 一度深呼吸して、俺はレイの見つけた矛盾を挙げていく。

「まず先に聞いときますが、皆さんはこの怨霊神社に来るのは事件の日が初めてなんですよね?」

「そうですよ」

「間違いありませんね?」

 念を押して聞くと、北村は答える代わりにどうぞ、というように手を差し出し続きを促した。俺は指を一本立てて続ける。

「まず一つ目。前に俺がお婆さんの話をしたのを覚えてますか?」

「お婆さん? ああ、病院での話ですか。この神社にお参りしている人、でしたよね?」

「はい。その時、北村さんたしか花火を見たと言いましたよね」

「ええ、言いましたね。たしかにあの日、花火をしているのを目にしました」

「本当に?」

「本当です」

「それはおかしいですね」

「おかしい? 何処がですか?」

 首を傾げて俺に訊ねる北村。

「お婆さんもたしかに近所の子供達が花火をしているのを目撃したそうです。しかし、その目撃は事件当日ではなく、だったんです。当然、あの事件があった日は花火なんか一切なかった。それなのに、どうして北村さんは花火を目にすることができたんですか? ここに来るのは事件の日が初めてなんですよね?」

 日にちの矛盾。

 一週間前と事件当日とじゃ当たり前だが全くの別の日時だ。一週間前の花火を当日に目にすることは不可能。この矛盾に北村はどうでるか……。

「……バレてしまいましたか」

 しかし、北村はあっさりと認めてしまった。頭を掻きながら先程と同じように笑みを浮かべている。

「すいません。さっきの初めてというのは嘘です。実は、僕は一週間前にここに下見に来ていたんですよ」

 特に悪びれることもなく、北村は飄々と言い訳を紡ぐ。

「なぜ嘘を付いたんですか?」

「興が冷めるからですよ。まだ一回も行ったことのないホラースポットだからこそ盛り上がるのに、一人だけ先に体験した、なんて言ったら盛り上がらないしみんなから責められるでしょ?」

「下見、というのは殺人のためじゃないんですか?」

「違います。イベントを盛り上げるためです」

 そう言い切る北村。しかし、この返しは。レイは、元からこの矛盾はさほど効果はない、と言っていた。これはただのきっかけに過ぎない、と。傍のレイも慌てる様子もなく北村を見つめている。

 レイの指示通りこの事は深く追求せずに次へと進む。問題はここからだ。

「まあ、いいでしょう。じゃあ、次の質問です。北村さんはここまでどうやって来ましたか?」

「どうって、林の入り口から道を歩いて……」

「ですよね。この神社に辿り着くにはあの道を巡らないと来れません。途中何回か道を曲がりますが、その時北村さんはどういう風にそこを見つけて曲がって来ましたか?」

「……? 意味がよく分かりませんが」

「え~と、簡単に言えばどういう風に道順を見極めているか、ということです」

「それは、地図を見ながらここから何個目の道を右、左に曲がって……という風にですが」

「迷わずまっすぐに来れましたか?」

「そりゃあ、地図もあるし下見と合わせて三回目ですから迷いませんよ」

「迷わなかったんですか? それはすごいですね」

「はあ? 一体何を――」

「刑事さん、どうでしたか?」

 俺は北村の後方に声をかけ、北村も後ろを振り向く。その先には怨霊神社へと至る道があり、小さな明かりが見え始める。そこから懐中電灯を持った香川が姿を現し、そして唐澤、狭山と続いた。

「ああ。お前の言う通り、北村は一回も迷うことなくここに辿り着いた」

「な、なんですか、何の話ですか!?」

 香川達の登場に北村はキョロキョロと動揺し始めた。

「北村さん。もし本当に今あなたが言ったような辿り方をしていたのなら、絶対に道を間違えているはずなんですよ」

「ど、どういう意味ですか?」

「これだよ……ったく、くだらねぇことをさせやがって」

 香川がポイッ、と北村の前に例の物を投げ捨てた。

「なんですか、これは? ……草?」

 そう、それはこの林にある茂みに似せた草の塊だった。

「そうです。草の塊です。間に合わせですが、十分効果は発揮しましたね」

「これが、何だって言うんですか?」

「実は、道の何ヵ所かにこの塊を置いたんですよ。あなたが道を間違えるかどうかを見るために」

「えっ?」

 ここでようやく北村の顔に焦りの影が見え始めた。

 よし、順調だ。このままレイの推理を伝えていこう。え~と、次はなんだっけかな。

「え~と、例えば、一回目の曲がり道を越えた後、本来なら左側三個目の道を左に曲がるのですが、刑事さんや唐澤さん達に協力してもらって。同じように、他の道にもこの草を置いて」

 もし、北村が先程言っていた手順で道を辿っていたのなら、北村は三番目ではなく四番目の道を進んでいなければならない。一つ道が隠されたのだから、三番目のつもりが実際は四番目になり、そしてその道は行き止まりである。北村は引き返し、本来の道を歩いていく。別の道でも同様だ。そういう図が出来なければならない。しかし、北村は言った。一度も迷うことなくまっすぐに来れた、と。

「あり得ないんですよ。あなたの言った道の見分け方で迷わずに来ることは」

「じゃあ、僕はどうやって道を辿ったと?」

「そうだ。俺もまだその方法は聞いていない。これをやれば分かるとかぬかしてたよな。さっさと説明しろ」

 なぜ香川が犯人の北村に便乗してきたのか疑問に思ったが、とりあえず置いとこう。

「北村さんは別の方法で道を把握していたんです。それは――」

 そう、それは……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……何だっけ?

「それは、何だ?」

「そ、それは……」

 ぶわっ、と冷や汗が吹き出す。なぜなら、この先のレイの推理が完全に頭から抜け落ちており、全く思い出せなかったのだ。

 げぇぇぇ!? 何にも出てこない! レイの奴、なんて言ってたっけ!?

 一番肝心な内容であるはずなのだが、一向に思い出せない。言葉を次げず、焦る俺を見て推理内容を忘れたことに気付いたレイがものっすごい形相で俺を睨んでいる。『バカなの!? ねぇ、バカなの!?』とでも言っているんだろう。

 ちょっと待ってろ! 今思い出すから!

 俺は記憶を呼び覚まそうと頭の奥深くに潜るように集中する。

 え~と……お豆の中からイソフラボォン、違う! え~と、たしか……今夜のMステは? 違う違う! う~ん……あっ、冷蔵庫の卵、たしか賞味期限今日まで――って全然違う!

 ダメだ。思い出そうとすればするほど、どうでもいい記憶が呼び起こされる。全く近付いている気配がない。

 弾けろ! 俺の記憶……いやいやダメだ、弾けちゃダメだ。弾けたらもう戻らん。記憶よカモン! カモン! カモン!

 しかし、努力の甲斐もなくレイの推理は思い出せず、香川達が訝しげに俺を見ていた。

 ああ……もうダメだ……。

 諦めたその時だった。

 俺は身体に違和感を感じた。何かが身体の中に入ってくるような感覚。そして、それと同時に意識というか、身体の支配権を奪われていくるような――。

「……

 俺の意思とは無関係に、俺の口調とは違う声が俺の口から発せられる。

「だからちゃんと確認しなさいと言ったのに。何が一回聞けば大丈夫よ。全然覚えてないじゃない。まあ、これは予想通りと言うべきかしら? ある意味、悟史は期待を裏切らなかったとも……」

「おい、何を一人でぶつくさ喋っているんだ。さっさと続きを話せ」

「……ハゲオヤジ」

「あん? 何か言ったか?」

「いいえ、何も。ああ、そうだ。説明する前に自己紹介していいかしら?」

「自己紹介だと? 今さら何を言っているんだ?」

「というか、森繁さん、何か喋り方変わってません?」

「ええ、それに立ち姿もなんか……」

「女の人みたい……」

 香川、北村、唐澤、狭山がそれぞれ口々にする。それもそうだろう。今この身体を支配しているのは俺ではなく彼女だ。腰に手をあて、足をピンと伸ばしている。

「ええ、信じられないかもしれませんが、今の私は悟史ではありません。というわけで、自己紹介させていただきます」

 胸に手をあて、彼女はこう言い放った。

「私の名前は風神レイ。悟史に取り憑いている憑依霊です。悟史に引き継ぎ、私が事件の真相をお話しします」

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