(4)
「? どうかしたの?」
霞は声をかける。飛鳥は「ん」とだけ言って、考え込む振りをした。
「もういいわよ、そういうの。真面目に考えるなら––––––」
「だから真面目に考えてたんじゃん」
...しまった。
今度は本物だったか。
大きな玄関の前で霞と飛鳥は立っていた。インターホンに香が出てくるのを待っている。
ひとまずアスカに謝るべきかと思い、声をかけようとすると、口を開いたタイミングでアスカがこういった。
「なんか、いま変な音しなかった?」
「変な音?」
霞は首を
「いいえ。しなかったわよ」
「ふーん。...あっ、そ。」
怒りのような
「...おねえちゃん、あの、...」
まだ自分の中で整理がついていないのだろう。香は口ごもって、なにを言ったらいいか迷っているようだった。
「香––––––」
「中に入ってもいいですかー?」
声をかけようとした瞬間に霞の隣からわざとらしく呑気な声がした。
「3月とはいえ寒いんで。とにかく中で話させてくださーい。おおよその見当はついてるんでー」
はあ?!と声を荒げかけた霞に、人差し指を口に当てて飛鳥は黙るように合図する。小さな子どもに言い聞かせるように、しーっ、と。インターホンの向こう側で焦っているのが雰囲気で伝わってきた。
「え、あ...ごめんなさい。戸は開いていますから、どうぞお入りください」
そんなふうに遠慮なくがちな声が聞こえて、「ありがとーござーますー」飛鳥は何事も無かったかのように玄関の引き戸を開けた。
「どういう事か説明してくれる?」
「ふぁん? なーにがーん?」
頭の後ろで手を組んで、跳ねるように飛鳥は長い縁側を歩いていく。わざとらしく口笛を吹いているが、上手く吹けずにぴふー、ぷすー、と、乾いた音を鳴らしていた。
「わざとらしい口笛の吹き真似をしないでくれる?」
「吹き真似じゃないよ」
「は?」
「吹きパントマイム」
同じだろうが。
頭痛と眩暈に襲われる霞を完全に気にかける事無く、飛鳥はにやにやいつも通り笑っている。こんなことでくたばる程弱くないことを知っているからか、飛鳥にはいつもと何の違いも見られない。さっきの挑発するような笑みは何処へ行ったのだろう。
………いや、違う。
目が、濃い。
何かがふと目についた。日本庭園に不似合いな、何か。目隠しをするように苔や木の陰に見え辛くしてはいるが、明らかに何かがおかしい。
何だろう、と、降りようとすると、声が聞こえた。
「あの、おねいちゃん………?」
廊下を進んだ先に、香が待っていた。前にあった時よりも顔が青く見えるのは気のせいだろうか。
「あの、アスカ、さん。」
「んー?」
「本当に、………わかったんですか?」
香はアスカに問いかけた。霞は香の期待を込めた、縋るような眼差しを見ていた。
「ん?うん。何者かによって拘束されてるんじゃないかなーって」
やっぱりか。そんな事だろうと思った。普通の女の子が繭になど、よっぽどの事がないとなるはずが無い。じゃあつぎは、その祟りをかけているものの特定か––––––。
霞が様々な可能性について考えていると、飛鳥がばしばし霞の肩を叩いた。
肩というより背が足りず、背中を叩いたような形になってしまっているが。
「そおんな顔しないでよぉ、だーいじょぶだってえ! すぐに––––––」
「あ、あの」
香が遠慮がちに飛鳥に話しかけた。飛鳥が何かを言いかけていた様な気がしたが、気のせいだろうか。
「んー?」
飛鳥は香の顔を覗き込む様にして香の言葉を聞こうとする。目を大きく見開き、香の言葉を、表情を、何一つ逃すまいとするように。
「玲を、助けて下さい。お願いしますっ、どうか、それ以外は何も言いませんから………!」
香の懇願に、飛鳥は「モチロンだよ」にまあっと微笑んだ。
「ぼーくは、その女の子を助ける為に来たんだよ? 仕事はちゃんとこなすさ」
当然でしょ? そんな風に、飛鳥は首を傾げた。しかしその後、小声でこう、付け足した。
「––––––ただし、自分の身は自分で守ること位してくんないと困るんだけどね」
その言葉が香に届いていたのか。いや、その言葉の意味が、香に通じていたか。恐らくは通じていなかった、のだろう。曖昧に香ははにかんで、その場をやり過ごした。
「………解ってくれてたらそれでいいんだけどね」
そう誰にともなくつぶやいて、飛鳥は香に背を向けた。
「––––––、飛鳥」
「んー?」
霞は飛鳥に声をかけた。いつも通り、飛鳥は掴み所のない微笑で霞の方を向く。ついさっき、
香と話をし終えた時。香に向かって冷ややかな視線を向けていたような気がしたのはのは、気のせいだろうか。
「で、それで?肝心の玲?ちゃんはどこなの?」
きょろきょろわざとらしく飛鳥は周りを見渡した。
「玲は奥の離れに寝かしています………どうぞこちらに」
「あー、いいよいいよ。どこにいるかだけ教えてくれればこっちで勝手に行くから。案内なんてしなくておっけぇ」
「でも––––––」
「いいっつってんでしょ」
香の言葉に被せて、飛鳥は口調を強めた。香がそれに
「はっきり言って邪魔。霞さんみたいに元巫女って訳じゃないし、能力がないなら今の状態より更に事態を深刻にさせる恐れがある。要するに足手纏いなんだよ。貴女ならわかるよね?」
「飛鳥、それくらいに」
飛鳥は霞の言葉を無視し、香を見据え、妖艶に微笑みながらこう言った。
「神おろしの危険性を知らない、なんて––––––さ。」
その途端、飛鳥はするんと香の隣を抜ける。「行こう霞さん。」跳ねるように縁側を駆け抜け、突き当たりでその姿は見えなくなってしまう。
「………気にしないで。あの子はいつもああだから」
霞はそう言い残し、同じように香の横を小走りで通り過ぎた。急がないと飛鳥を見失ってしまう。焦りを感じながら霞は一抹の不安を感じていた。
何か、おかしい。
何が?
飛鳥が通った順に、霞は突き当たりで
「あ」
ぐんっ
いきなり肩を掴まれ、和室に引っ張り込まれる。ああだから、やっぱりか。
縁側に突き当たりがあるなんておかしいと思った––––––くるんと回ったあの時。
引っ張りこまれた和室で、霞はとても冷静に今の状況を思考する。ああ、妹を騙し混んでしまった。ごめん香。
うまくバランスをとり、霞は引っ張りこんだ張本人を睨みつけた。
「どういうつもり?」
にやにやと、いつもの通りわらって。嘲笑って。
「………飛鳥」
飛鳥はしいっと、また、家に入った時と同じように人差し指を下唇に当てた。
「幾つか聞きたいことがあってね。あの人の前じゃ都合が悪い」
「飛鳥」
「じゃあ行こうか。眠り姫だろうと人魚姫だろうと、眠ってちゃあ面白くない、喋らなきゃあ楽しくない。馬鹿馬鹿しかろうがお子様だろうが何だろうが、」
飛鳥は霞の手首を捉えたまま、歩き出した。
「やっぱり《視て》たの?香の––––––」
「ぼくは」
人の話をきけよ。
こんな所でパントマイムが伏線だったなんて誰も思わないだろうが。いや、そうじゃない。この子は今から何をする気なんだ?例え香の監視下から逃れたとしても家から出られないのなら意味がないだろうに。
しかも香の言われた通り、玲のいる場所に向かうなら今の行動には何の意味も。
「ぼくはねえ、–––––––」
厭に艶かしく、
美しく、
抉る様に、
喰らう様に、
犯す様に。
飛鳥は紅い舌を覗かせて微笑む。
「不愉快はいっとうキライなんだよ」
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