第13話 最初の朝
「昇くんッ!」
章子は宙に手を伸ばしながら叫んで飛び起きた。
開け放たれた屋根裏部屋の窓からは、朝の日差しが差し込んでいる。
「何か、怖い夢でも見ていたのですか?」
「え?」
「え?
ではありませんよ。
寝ボケているのですか?」
「夢……?」
夢だったのだろうか?
あれが全て。
それのどこからが夢で、何処までが現実なのか、今の章子にはよく分からない。
そんな事を寝起きの頭で考えていると、この部屋にいるはずの少年の姿が無かった。
章子は見当たらない姿を探してキョロキョロと辺りを見回す。
「残念ですが、あなたで最後ですよ。
昇はすでに起きて外にいます。
まったく、こういう時だけは寝覚めが良くて困りますね」
呆れ果てて言った真理は直ぐに、やっと上体を起こした章子をさらに囃し立てる。
「早く起きてください。
さっさとあなたの布団も片してしまいますから」
真理に追い立てられ、章子はまだ覚醒しきっていない状態で立ち尽くした。
髪も何もかもが寝起きの状態だ。
こんな酷いスッピンの有り様は、昇には絶対に見られたくない。
だがそれを急いで整えようという考えも思い浮かばなかった。
気付くと体が非常に気怠い。
なぜだろう。
朝ぼらけの髪を掻き揚げるようとする簡単な動作でさえ、とても億劫に感じる。
「よく眠れなかったのですか?
目に隈が残っていますよ」
章子を心配する真理が、母親の如く早く顔を洗ってくるように促す。
「もうすぐ朝餉です。
断っておきますが、我々はまだ賓客なのですよ。
それが他人様の家で、ここまでだらけ切ってみせるのではさすがに私でも目も当てられない。
ほら、
だから早くその辛気臭い顔を洗い流してきてください。
自分の仕える主がそんな情けないことでは私が困る」
章子の体を扉に強制的に向けて背中をドンと押すと、章子を屋根裏部屋から追い出しにかかる。
章子はその勢いに乗ったまま、廊下に出て階段を下りた。
洗面台は確か、二階にもあった筈だ。
章子は重い足取りでそこへ向かった。
途中誰かに会うかと恐れもしたが、幸いにも誰にも顔を会わせずに済んだ。
章子はそれに安堵し、冴えない自分の顔を流しで洗った。
金属でくり抜かれた流しには蛇口が無い。
蛇口の代わりになるのが流しの脇に置いてある小さな石だ。
それが蛇口のヒネリになっており、それを使って開けることで、水が何も無い蛇口と変わらない位置から栓を開けて滝のように流れ出てくる。
これが魔法なのかと思う間もなく、章子は浮かない顔色をその流水で洗い流した。
傍らにある用意された布タオルで頬に伝う雫を拭くと、仲の良さそうな男女の声が聞こえてきた。
章子が顔を拭きながら真理のいる屋根裏部屋に戻ろうすると、丁度そこでバタリと会ってしまった。
声の主たちは昇とオリルだった。
手こそ繋いでいなかったが、二人の距離は非常に近く感じられた。
「あ、おはよう。
咲川さん」
「おはようございます。
咲川章子さん」
二人に言われ、言葉を失った章子は、小声でドンづまった同じ言葉を返したのちに急いで三階の屋根裏部屋へと駆けだしていった。
今までの気怠さが嘘のようにその足取りは素早かった。
章子は何も考えられなかった。
ただ心と体を支配する二つの感情がその思春期の真っただ中では渦巻いていた。
それは劣情と衝撃だった。
劣情は昇の隣に並ぶオリルに。
そして衝撃は半野木昇本人から受けたものだった。
半野木昇はもはや、母星、地球にある母校の制服を着てはいなかった。
昇が着ていたのはオリルと同じ、リ・クァミスの学院の制服だった。
そしてその制服の色が章子に鮮烈な衝撃を与えたのだ。
後に章子たちは知ることになる。
昇の纏う服の色である紺の色の青。
そのどこまでも深い青の色こそが真理そのもの。
真理の色は、青なのだということを。
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