ーFairy Tales : The partnerー 妖精の従者 

森本 有樹

ーFairy Tales : The partnerー ♯1 cross skys

序 2019.5.6 早朝 妖精の場合

一ヶ月、たった一ヶ月という時間を千年の寿命を持つエルフはゆっくりと回想し始めた。

 それまで世界はまだなんとか回っていた。アメリカが壊れた世界は、ロシア、日本、インドと中国がその境界でゆれる無数の国をクーデーターと内線ですり潰しながら、古い世界の外見を保っていた、あの日までは。

 突然、世界は壊れた。

 突如襲った大地震により、日本は一年半分のGDPにあたる金額を失い、崩壊した。そして大国の崩壊というファクターは世界の地獄の釜を開かせた。情報屋達によると台湾、韓国、北朝鮮を制圧した軍事拡張主義の末に愛国心と自信でたっぷりと感覚が麻痺した朝鮮連邦……いや、この呼び方は正しくはない。朝鮮族は多大半が今や台湾人とともにフィリピン人になったんだから……は収容所半島のチベット人、ウイグル人達を戦争の犬として解き放った。彼らの思惑通り日本と中国は交戦状態になった。日本は国土の要塞戦と正規軍を温存し、「員数外の人的資源」をすり減らすハイブリッド総力戦で対抗するも、自然災害と破竹の勢いの両方を相手にするには力が及ばなかった。

 そして昨日、連合軍、というよりJ-フォースと日、韓、朝、台の敗残兵を全部中国機動部隊に投げつけた戦いは、無残な敗北に終わった。

 その長い一ヶ月の回想を終え、戦争がなければ未曾有の十連休最後の日になるはずだったこの朝に戻ってきた外見だけはエルフらしいエルフはベッド代わりにした腐ったのソファーから飛び起きると、はあ、と大きなため息を発してそれからそら暗がりから飛び出した。

「どうして?」

 それは、全国で起こっている避難民の暴動でも、県知事の裏切りで庄内平野に展開した中国軍に向けられたものでもなかった。

 握られたスマートフォンに書かれた。「携帯、とられた。PC、予備電源はもたない。」の文字。

(ろくでもない親だとは聞いていたが、こんなことが……。)

 その下には親は私達の関係に気づいた、と書かれ、更に下には携帯が開けられたら、脱出のチケットとか要求される。と書かれている。

 これすら親の謀略か?と思ったが、その可能性は低いと判断。そこから先にメリットが無い。

 少女が苦しんでいる。それは妖精がこの4年間戦ってきた理由の否定だった。

「理由なんて、ゴミに過ぎない。」

 更にエルフは回想する。肩についたパーソナルマークに書かれた彼女の「妖精」という愛称の横には「共に」という文字が踊っていた、彼女が地球に転生して以来、その言葉は常に反故にされた。そして、壊れた。

「……だが、ゴミを燃やすには、理由が必要だった。」

 目的のない凶器の、まるで一部の入隊不適格者のような、無限の悲しみとストレスから逃げるように食べ続けるのと似たような精神的狂乱の殺戮を終わらせたのはこの通信の向こうの少女だった。彼女のお陰で、戦う理由を妖精は取り戻した。自分のために笑ってくれる少女のため、彼女の世界を守る。それがなんであろうとも。世界の価値は問わない。ただ、一介の殺戮愛者が出来る見えざるだが純粋な感謝から来る決意だった。

「だが、私はキミからもらった贈り物のお返しを出来ないでいる。いや、出来なかった。」

 だが、爛れたような平和の世界はまるで蝋燭が燃えるように少女の街へ。岩手県中央にあるエルフの特別区に迫ってきていた。

「私は自ら動かねばならない。」

 ハイブリッド総力戦は民主主義を死守するためにジェンガのように慎重に「合理的かつ最小限の犠牲」を捻出し、グラム当たりの金より高い正規軍を決戦か、政治的交渉の日まで存続させる事を前提としていた。そして、特別区のエルフは能のないものは潰して魔術結晶に能のあるものはJ-フォースに強制編入される事になっている。住民のサインはもらっていない。十年がかりで災害対策と並行して勧めた高度防衛国家の計画ですでに決まっている。

「今度こそはバッドエンドは認めない。必ず君を救う。」

 特別区の中からソード・ワンと名乗っている少女を探し出し、そして救う。悩んでいる暇など普段与えれていない戦闘機乗りはベストではないかもしれないがベターだと思う選択を即座に選定した。例えそれが乾草の山から一本の針を探すような無謀さでも、だ。悩んでいる暇はない。悩む前に考えなければならない。それは、彼女の戦場では必須の能力だ。だから、彼女は死ぬことが出来ないでいた。

 幸い。全く手も足も出ないというわけではない。壊れつつある「少女の世界」こそ今から目指す目的の場所なのだから。そう心の表面を硬化させ、平静を獲得する。

(大丈夫だよ、ソード・ワン。)

 整備員から詠唱の詠み具合が少し悪いことを注意されながら狭いコックピットに滑り込んだ妖精はそう決意するとポケットに忍ばせた航空券を確認すると静かに機体を滑走路に前進させた。

(大丈夫だよ、ソード・ワン。絶対助けてやる。)

予報通り霧が出ていた。まだ発進中止は出ていない。何事も与えられたシチュエーションで闘うしか無いのだと信じているこの傭兵は霧を突っ切り、そのゴムタイヤの脚を日露共同統治領最大の島、イトゥルップ島から離床させ、霧を突き抜けて空へ、合金と炭素繊維の鶴は飛び立つ。

 カナードのついたスリーサーフェス仕様のフランカー、伝説の実験機の名を背負い輸出・傭兵向けとして設計されたSu-37が高度制限を解除され、巡航高度に向けてその幻獣のようなエンジン音を響かせながら5月の空に登ってゆく。

壊れた世界の空に。

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