誰か彼女を助けてください

@schirm

第1話 初めての海外旅行

 春休み、昼寝から起きると近くに姉が居た。姉はなんだか機嫌がよくて生き生きしているように見えた。

「ねぇ、準備は終わっているの?」


 準備、何の準備だったかと一瞬頭を悩ませると、すぐに姉が言葉を被せてきた。

「まだ何も準備してないの? 明日出発なのに信じらんない。あんた海外初めてのくせによくそんな度胸あるわね」


 何も準備していないわけじゃない。保田ほださんにもらった<海外旅行のしおり>に書かれているものは大体そろえた。スーツケースも買った。日本人はハードなテカテカしたスーツケースを欲しがるが、海外では最近はナイロンやポリエステル素材のソフトスーツケースが流行っていると聞いて、無駄に高いEVAポリエステル製のスーツケースにした。撥水加工もされているので急な雨でも問題ないし、中の間仕切りなども機能的に見えた。今回は4泊6日の予定だが、将来もっと長く出かけることもあるかもしれないと思って長期滞在もできるように、高さ74cm、容量110Lも入る大きめのものを選んだ。7泊程度まで対応できるらしい。買ってきた後で、キャスターにストッパーがついてないと電車の中で抑えたままでいないといけないからめんどくさいわよって言われてちょっと気落ちしたが、それでも僕のお気に入りだ。


 後は買ってきたものをスーツケースに詰めるだけだ。そう思っていたんだけど、準備は終わっているのかと改めて聞かれると、少し不安になってしまう。保田ほださんが書いたという<海外旅行のしおり>を開いて、スーツケースに荷物を詰める。足りないものはない。パスポートもある。パスポートは飛行機に乗るまで取り出しやすいところに入れておくといいと記載があった。細かいところまで気の利いたしおりだなと思い、日程の方を見る。


 日程は、正直良くわからなかった。何やら遺跡の見学が4日間びっしりと詰められていて、海外に遊びに行くというよりも勉強に行くみたいな日程だった。


 保田さんはS大学の助教授で海外の遺跡発掘に携わっていた。姉はS大の学生で、保田さんと付き合っているそうだ。年齢差14歳、僕とは倍も離れている。元々今回の旅行は、現地にいる保田ほださんに会いに、姉と安田やすださんという女性で出かける予定だったそうだ。現地の治安はそれほど悪くはないが、若い女性二人で出歩くのはどうだろうと保田ほださんから待ったがかかり、暇を持て余していた僕が付いて行くことになった。


 僕は海外旅行は初めてだったけれど、タダで行けるなら場所なんてどこでも良かった。現地の言葉も、英語だってろくにしゃべれないけれど、あんたは私の後ろに立ってニコニコ笑っていればいい、と姉に言われたこともあり気楽に考えていた。ここではないどこかに、本当の自分が活躍できる場所があるんじゃないかと夢想していた僕は、海外の空気に触れるだけで自分は変われるのではと期待していた。


 さて、後は忘れ物ないかな。ESTAは5月まで期限があったはず、と思ったときにちくりと頭痛がした。ESTAの期限は去年の5月までだったんじゃないか? 今から申請しても間に合わないかも?いやそもそも行き先はアメリカじゃないからESTAは要らなかったはず。頭がずきずきと痛い。

 携帯電話が鳴り響く、懐かしい着信音。発信者は「安田さん」と表示されていた。安田さんに電話番号を教えたっけか。と訝しみながら電話に出ると、たった一言こう言われた。


「まだ、こちらにはこないのですか」

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