金髪の魔女が或る国の王城内の一室で紅茶を飲んでいた。白い皿に盛り付けられた数種類の焼き菓子からはこうばしい香りが漂い、城の庭を一望できる窓からは柔らかな光が差し込んでいる。魔女の足元──椅子に座った魔女の足は床に届いていなかったが──には細かな意匠が施された鏡が一つ置かれている。難なく全身を映せるであろう大きさだ。

「それで、君は何を願うつもりなんだい?仮にも国王の后なんだ。何も不自由していないだろうに」

魔女が問いかけると、向かいに腰かけた女は豪奢な服をさらりと揺らし、猫なで声でうっとりと答える。

「わたくしが欲しいのは地位だけではないのよ、幼い魔女さん。甘くて美味しいお菓子でも、光輝く大きな宝石でもない。いつまでも衰えることのない美しさが欲しいの」

魔女は海のように青い瞳を細めて、不機嫌そうに言い放つ。

「全くどいつもこいつも他人様の力で願いを叶えようとするなんてねぇ、馬鹿馬鹿しい。理解に苦しむよ」

「あら、わたくし以外にもあなたに頼った人がいるの?」

女の意外そうな声を聞いて、魔女は幼い顔に嘲笑の表情をうかべた。

「もちろんさ。昨日も哀れな女に鏡を渡してきたよ。その女はね、愛した男の子どもを産みたいと言っていたよ。きっと君が産む子よりも美しいだろうさ、君よりも美しいかもしれないねぇ」

女は眉をひそめ、低い声で鋭く問う。

「…それは、どういうことかしら?」

魔女はティーカップを置いて椅子から降り、女の傍まで行って目線をあわせると可愛らしい声で囁く。

「そのままの意味さ。疑うのなら鏡に願うといい。自分より美しい人間が本当に存在するか教えてくれ、とね。まあ、一つの鏡は一つの願いしかきかないから君の永遠の美しさは得られないけれどね」

女は魔女の細腕を掴んだ。

「もう一つ鏡を頂戴。早く。今すぐに」

魔女は長い睫毛を伏せると考える素振りをみせた。女は期待を込めて次の言葉を待つ。

しかし。

「いやだね」

小さな魔女は女の手を振りほどき、青い瞳を楽しそうに輝かせると、金色の髪をふわりと揺らして部屋から出ていった。

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