Take‐20 映画『ミラーズ・クロッシング(Miller’s crossing)』(1990)は面白かったのか?


「何をしているの?」

「歩いている」

「その他には」

「雨に濡れてる」


     ( ──本編より── )



 よう、俺だ。ペイザンヌだ。


 映画『ノー・カントリー(2007)』でアカデミー受賞監督となっちまったがコーエン兄弟の初期の傑作『ミラーズ・クロッシング』を今回は選んでみたぜ。ちなみに再見だ。ずいぶん前に一度観たんだが、そんな昔のことは忘れちまった。


(だんだん鼻についてきたのでただいま文体をリセットしております──)



 え~、今回、スペシャル・エディションということでDVDに“特典映像”が付いていたわけですが、これが公開された時はまだ“レンタルビデオ”の時代。


 しかも字幕版・日本語吹き替え版がまだ別々にレンタルされていた時代(笑)のことですね。懐かしきかな。


 主人公トム(ガブリエル・バーン)の吹き替え、これが大好きな故・野沢那智だとわかり字幕で一回、吹き替えで一回と思わず二度観てしまいました。野沢那智さんといえば『ダイ・ハード』のブルース・ウィリスの吹き替えで有名ですが、『スター・ウォーズ』のC‐3POと同じ人だとはとても思えないくらいですわな。


 んで、その特典映像として照明さんのインタビューがあったわけですが、こういうのが簡単に見れてしまうのは時代の進歩として嬉しいところ。今でこそ当然のように見ることができますが当時は本当に情報というものがとぼしかったんだなとしみじみ思います。


 映画を見ながら監督や役者が解説する特典とか今だったら大抵のDVDやブルー・レイについてるし、英語の字幕への切り替えだって当然あります。

 あぁ、私が高校生くらいの時にこの機能があってくれれば私の映画知識、さらには英語の成績がぐんと上がっていたはずなのに…… と信じて止みません(笑)


 撮影前に照明さんは監督から『この映画は帽子を被った男のカッコいい映画だ』と言われたらしいです。そういった言葉を念頭に置いてみるとこの映画はいちいち難しいことを考えずに観た通りのまんま受け止めていいんちゃうかなと。


 言ってみりゃ映画館を出たあとに自分が高倉健になったような気分で歩く、といった昭和の東映任侠映画の気分で観ればよいということでしょうか(私はちと時代が違うけど…… )、見終わった後にトレンチコートの襟を立てて雨の中を煙草をくゆらせながら歩けばいいわけなのです。(歩き煙草はやめましょう)



 本作はハード・ボイルドの大御所ダシール・ハメットの小説『血の収穫』や『ガラスの鍵』などに影響を受けているとのことですが、映画としてはクロサワの『用心棒(1961)』に『ストリート・オブ・ファイヤー(1984)』、『カサブランカ(1942)』を足して割ったような感じでしょうかね?



「さっすが部長!」トカ、

「それ、すっごいステキだと思いますぅ!」トカ、


 上下関係、恋愛関係、友情関係など、見返り気にしてたらばズケズケと本当のことをあまり言えませんよね。


 主人公トムはいわばマフィアたちの“アドバイザー”なんですが、そういった“上っ面”を全て取っ払った人間なのであります。


 その見返りとしてマフィアの親分たちは「おまえの借金を全部払ってやる」と言ってやるのですが、そんな申し出を主人公は常に頑なに断ります。

 そういった“恩恵”を含めた関係ではズケズケと本音でアドバイスできないし、物事の本質が見えなくなる恐れがあるからですな。



 逆に言えば、だからこそ主人公は本当の意味で自分自身の本音を口に出すことが許されないという孤独を背負い込んでもいるわけです。


 脚本の三原則、『台詞は嘘付きでなければいけない』という面白さが本作ではその辺りで十二分に発揮されることになります。


 それら、嘘と本音の狭間で揺れ動く主人公の葛藤がラスト近くになってマックスになってくるんですね。


 なので二回目に見た時、『ああ、これって……』トカ『この台詞って……』というのが初めて分かる部分があり、そこで主人公の心境が本音なのか嘘なのかいろいろと“答え合わせ”のできる映画になっているのです。


 そんなラストのラスト、主人公が見つめているのはいったい何であるのか? 


 ちょっと凄いラストシーンだなと放心状態になるくらいでした。


 私はエンド・クレジットが流れている間が結構好きでありまして、それがいい作品だと尚更です。


 闇の中、いつしか被さってくる心地よいテーマ音楽のもと、その“放心状態”を堪能します。それが映画の醍醐味のひとつだと言っても過言じゃありませんね。


 家に帰るまでが遠足です、しかり、クレジットが終わるまでが映画です、と思ってる方であります。


 あと、あくまでこれは個人的な感覚なんだけどコーエン兄弟の映画は“肌が合う”というのか見てるだけで心地がいいんですよ。ビビッとくるし、何かをいつも感じる。たとえストーリーがつまらなくても全然OKみたいな。


 まあこれは食べ物でいう好みとか好き嫌いに似てるんでそこは個人差があってしかりだと思いますが。

“失敗作”と言われている『バーン・アフター・リーディング(2008)』ですらも私はとても面白く感じたわけでありまして、『赤ちゃん泥棒(1987)』や『バートン・フィンク(1991)』といったデビュー初期の勢いを思い出したくらい。


 本来こういうおバカ要素を含んだ珍作(?)こそがコーエン兄弟の本領というところだと思ってますので、むしろ『ミラーズ・クロッシング』のようなカラーの方がなんかコーエンっぽくないんじゃね……と当時は肩透かしを喰らったような覚えもあります。


 けれど、それは結局彼らの引き出しというものが私の思っている以上に広さがあったというだけのハナシ。


『あの映画は本当に面白かったのか?』


 結果として“何が面白かったのか”が当時の私自身が未熟だったためにうまく分からなかった、というんでしょうかね、むしろ今であれば“この映画のカッコよさが分からないようならば男として終わりじゃないのか? ”と言っていいくらいに印象が跳ね上がりました。


 再見してみて本当によかったと思います。


 ちなみにこの『ミラーズ・クロッシング』は90年代で最も美しいギャング映画だと言われております。



 そして遂にコーエン兄弟とS・スピルバーグが夢の(ある意味異色?)タッグを組んだ『ブリッジ・オブ・スパイ』も公開されました。こちらは未見ですが楽しみな一本です。





「何を考えてんの?」


「いつか見た夢のことだ。森の中を歩いていた。わけは知らない。突風が吹いて俺の帽子を飛ばした」


「それを追いかけようとしたんでしょ? 走って走ってやっとのことで追いつき、拾い上げるとそれは帽子ではなくなってて、なんか他のものに変わってるの。なんか素敵なモンに」


「いや、帽子は帽子だ。追いかけもしなかった。帽子を追いかけるなんてバカな奴のすることだ……」


   ( ──本編より── )







【本作からの枝分かれ映画、勝手に三選】



★『アスファルト・ジャングル』(1950)

……“宝石強盗”という目的のためだけに集まった6人。非常に危ういバランスを目的遂行のためだけに保ちつつ計画は進められていくのだが… 『ミラーズ・クロッシング』は50年代ノワール+ギャング映画という名のもとに作られたプロットであることを考えれば欠かせない1本。実はこちらも随分前に見て記憶が曖昧なんですがめちゃめちゃ面白かったことだけは覚えております。よければ一緒に見返してみませんか? 名匠ジョン・ヒューストンの作品。



★『アナライズ・ミー』(1999)

……突然パニック障害になったマフィアのボス、その治療のためこっそり訪れた精神科医と繰り広げられるハチャメチャギャングコメディ

。マフィアのアドバイザーというのであればこの映画もそう? 個人的には続編『アナライズ・ユー』(2002)の方が数段おもしろかった記憶があります。続けて観るのもお薦めかと。近年亡くなったコメディ職人のハロルド・ライミス監督。合掌。



★『用心棒』(1961)

…… 本編にも書きましたが黒澤明作品。宿場町にふらっと訪れた風来坊の浪人が町に君臨する2つの勢力の間を駆け回り共倒れさせようと奔走する。本編では桑畑三十郎と名乗ってましたが翌年公開の『椿三十郎』との姉妹昨。拙作『イシャータの受難』に出てくるヴァンもそうとうこの三十郎から影響を受けております(笑)

面白いとはこういうことだ! と突きつけられた作品。何度でも観たいですね。

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