第24話「火裂東吾が通用しない!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 合一化の儀式を終えた直後、御子神みこがみが凄まじい剣幕で詰め寄ってきた。

「バカ! バカバカバカ! こんな公衆の面前で……き、き、キキキキスなどと破廉恥な真似をして!」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 俺の腕をバシバシ叩いている。


 たかがキス如きでと言うなかれ。

 剣術道場という男所帯で揉まれてきたせいか、御子神は頭の中まで男前な女の子に育っている。

 色恋沙汰にはてんで弱い。

 女の子だけの保健体育の最中に気分を悪くして倒れたというのもまんざら冗談ではないのだ。


 だから今もこうして激しく照れている。

 誤魔化すように何度も叩く。


「痛い! 痛いって! 悪かったよ! 刺激が強すぎたのか!? 次からは隠れてやるようにするからよ!」

「そういう問題じゃない!」

「え、違うの?」

「違う違う! 全っ然違う!」

 御子神はぶんぶんかぶりを振る。

「私が言いたいのはだなあ……!」

 ぴっと指を立て腰に手を当て、つらつらと説教を始める。

 公序良俗に反するとか、青少年の健全な育成がうんちゃらかんちゃらとか。

 将来は教育ママになりそう。


(大層なお題目はともかく、本音のところは婚約者を差し置いて他の女にキスをするとは何事かーってとこじゃろ)

 シロが冷めた声でつっこむ。

(ふん、しょうもない……)

 こっちはこっちで機嫌がよくないらしく、何かとツンケンしている。


「はいそこまでっ!」

 ひらり、ライデンが上空から飛来した。

 金属製の鎧兜に脚絆手甲を身につけた特撮の怪人みたいなやつが、振りかぶった腕を思い切り叩きつけてきた。


「うおあっ!?」

 俺は慌てて回避した。

 説教モードの御子神を抱き、地面と水平に跳んだ。


 ライデンの手甲の先からは大型ナイフみたいな爪が生えていた。ついさっきまで俺たちがいたところを冗談みたいに深く抉った。


 御子神と抱き合うような格好でのダイブ。

 下は硬い岩肌なので、捻り込むように回転して俺が下敷きになった。


(ひぎぃいい!?)

「痛だだだだだっ……!」

 背中を擦って頭を打って、俺とシロは同時に悲鳴を上げた。 


「だ、大丈夫か!? 重かったか!?」

 御子神が慌てて体を起こす。

 心配そうに俺を見下ろす。


(大丈夫じゃあるか! 大根おろしで擦り下ろされる大根の気持ちがわかったわ!)

 シロがぎゃあぎゃあ騒ぐ。

「思わず声が出ただけだ! そんなに痛くねえよ! 平気へっちゃら! 気にすんな!」

 俺は笑いながら立ち上がった。


「そ、そうか……なら良か――ふぇええっ!?」

 戸惑う御子神を土嚢袋みたいに担ぎ上げて走り出した。


「ななななな……っ!?」

「お姫様抱っこじゃなくて悪かったなあ!」

「だ、だ、だ……誰がこんなことをしろと言ったあ!?」

 激しく動揺する御子神を担ぎ、俺は全力で走った。

 生身のこいつを、とにもかくにもライデンから遠く離れた安全なところへ運ぶために。

 

 シロと合一化したことで飛躍的に高まった身体能力は、さすがの一言。

 100メートル、200メートル、300メートル……。

 すさまじい速度で景色が後方へすっ飛んでいく。


「そろそろ振り切ったか!?」 

 しかし御子神は首を横に振る。

「横だ! 新堂!」


「……なーにやってんの? おまえ」

 ぎょっとした。

 息も乱さず、ライデンがぴたり影のように並走し来ていた。


「げげ!? 振り切れてない!? ……つうか速っ!? なんだこいつ!?」

 驚いている俺に、ライデンが憐れむような言葉を投げかけてくる。

「あーあーあー。もしかしておまえそれ……本気なんだ? それで精一杯なんだ?」

「ちっ、うるせえよ! まだまだこれからだよ!」


 急ブレーキをかけた。

 いきなり直角に曲がった。

 ドームの天井すれすれまで大ジャンプした。

 生物の限界を超えた動きで、振り切ろうと試みた。


 が、ライデンは鼻歌交じりでついて来た。

 俺をからかう余裕すら見せた。

 ……いかん、なんだこのフィジカルオバケは。


「し、新堂ぅうぅうぅ……」

 御子神が目を回し、ぐわんぐわんと頭を揺らしてた。

「……あ、悪ぃ御子神」

 生身にゃキツイ動きだったか。


「今度はゆっくり行くからな」

 緩やかにブレーキをかけ立ち止まると、御子神を担いでるのとは逆の手に光帯剣こうたいけんを呼び出した。

 迸る光の塊を、掌中で素早く安定させた。

 

「ちぇ、つまんねーやつ。噂の憑依合体とやらをしてその程度かよ。……まあいっか。兄貴からも適当にいたぶるように言われただけだしな」


 ライデンは実につまらなそうに嘆息すると、真正面から爪を振り下ろして来た。

 オーバーハンドの、無造作な一撃。

 俺は頭を低くして前進した。爪をかいくぐりながら光帯剣で腿裏を狙った。

 ――ガッ!

 岩みたいに見える灰色の肌は、本気で岩みたいに硬かった。

 傷すらつけられず、光帯剣はあっさりと弾かれた。


「マジかよ硬えぇ……っ!?」 


 完全に間合いの内に入ってしまった俺に、ライデンが上から叩き下ろすような連続攻撃を仕掛けてくる。


 爪による斬撃。

 膝蹴り。

 蹴たぐり。

 踏みつけ。


「やべえやべえやべえって! 圧が強すぎるって!」


 死にもの狂いで避けた。

 体を反らし、トンボを切り、光帯剣で弾き――とにかく回避に全力を尽くした。


 御子神の体はそのたび激しく揺れた。

 中学生にしては豊満な胸が、ぎゅうぎゅう押し付けられた。

 まあ楽しむ暇もないんだけども。


「舌噛むなよ! すぐ片付けてやるからな!」

 俺の呼びかけに、御子神は「きゅううううう……」と弱々しい呻きを返してきた。


「おうおう! その状態でほざくじゃねえか! なんだ、まだまだ余裕があんのかぁ!?」


 ライデンの攻撃は激しさを増す。 

 俺が躱すたび、ちょっとずつ攻撃の速度を上げていく。

 まるでこちらの限界を探っているみたいに。

 猫がネズミをいたぶるように。

 バトルジャンキーなお人柄なのだろうか。そのたびライデンは機嫌をよくしていった。


「おうおうおうおう! いいねいいねえ! よっく躱すじゃねえか! マトが小さくて良かったなあ!?」


 体が小さくて有利な部分はいくつかある。敏捷性、旋回能力の高さ。そしてなにより、表面積の小ささ。

(誰がちんちくりんのへちゃむくれじゃとおおおおお!?)

 シロに言ってはいけない言葉だった。完全なるNGワードだ。

(この不届き者を燃やし尽くせ! タスク!)

 私怨の炎が燃え上がる。


「言われるまでもねえっての!」

 俺は手早く呪文を唱えた。


「『――燃え尽きろ!! 醜く群れ、纏わりつきし者ども!! 凝集赤光アグロガンマ!!』」

 目から灼熱の火線を放った。

 素早く跳び退るライデンを追い、宙を縦横に薙いだ。

 火線は当たるそばから岩を断ち、膨大な熱量でドロリと融解させた。

 しかしライデンは猿のような動きで岩塊を蹴って跳び回り、すべてを回避してのけた。


「ひ、ひ、秘剣……神太刀かむたち!」

 息も絶え絶えになりながら、御子神が言葉を発した。

 ――ボグッ。

 鈍い音がした。

 ライデンの胴を何かがとらえた。

 不可視の衝撃波、といったら近いだろうか。

 ライデンはぶっ飛ばされ、ドガンドゴンと景気のいい音を立てながら岩塊の上を転がっていく。


「うおお……そんな状態でよくやるなぁ。御子神……」

「ふ……ん、と……とうふぇんだ」

 お……おう、そんな悲壮感漂うピースサイン初めて見たよ。


「――ともあれ、サンキューな」

 俺は半眼になった。

 せっかく御子神の作ってくれたチャンスだ。一気に仕留めてやる。


 光帯剣をシュンシュンと振るい、印を結んだ。

右月うげつ――陽中ようちゅう――玉光ぎょっこう――」

 剣先を右へ――上へ――頭上でくるり旋回し、正中線に沿って下ろした。

円要えんようことわり

 体の奥の魔力の蓋を開くイメージ。


 かっと目を見開いた。

「『リ・ロ・テッカ!! 絶望よ!! 煉獄の彼方よりく来たれ!! 我が前に立ちふさがるものすべてを焼き尽くせ!! 獄炎殺界パーガトリーアラウンド!!』」

 ライデンの足元に描かれた巨大な六芒星から、数千度にも達する煉獄の炎が噴き出した。


「――かっかっか! 派ぁ手でいいねえ!」

 しかしライデンはなんなく回避した。圧倒的なスピードで、一気に射程範囲外へと飛び退いた。


「うっそだろ……?」

 なんだよその機動力。

 獄炎殺界の範囲って直径50メートルはあるんだぞ? それを一瞬だと? しかもあの崩れた体勢から?


(ぎぎぎ……これではキリがないぞ! なんとかせい! タスク!)

 シロが歯ぎしりして悔しがる。

「そう言われてもなあ……ううーん……」


 さすがに弱った。

 

 魔法を放っても射程範囲外に逃げられる。

 接近戦に持ち込んでも、肌が硬すぎて光帯剣の刃が通らない。


 出力が違いすぎる。基礎能力が違いすぎる。

 シロが弱いんじゃない。根本的に相手が強い。


 これでは、勝てない……。


火裂東吾ひざきとうごが通用しない……?」

 俺は呆然とつぶやいた。


 強く強く信じていたものが、万能無敵の英雄の力が、身体能力というどうにもならぬものの前に屈する。

 種族差の前に膝を折る。


「う……っそだろ……?」

 寒気がした。

 まさに板子一枚下は地獄。

 盤石だと思っていた足場が崩壊していくような感覚を覚えた。

 

「し……ん……どおぉっ!」

 御子神が肩からずり落ちた。


「御子神……?」

 足取りがふらついてる。

 眼差しがぐらついてる。

 声もまだまだ弱々しかった。

 すがるように俺の胸に顔を埋めながら、しかし決して倒れようとはしなかった。


「目を……閉じろぉっ!」

 服を掴み腕を掴み、体ごと這い登るように迫ってきた。


 一発殴って気合を入れてくれるのだろうか。

 情けない俺を叱り飛ばしてくれるのだろうか。


 ――その予想はどちらも外れ。

 

 胸ぐらを掴まれた。

 ぐいと引き摺りこまれた。

 次の瞬間には、御子神の唇が俺のそれに触れていた。

 まっすぐ最短距離を通る、強引なキス。

 熱く激しい、情熱的なキス。

 それはまさに、御子神の立ち合い方そのものだった――。

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