第20話「強くなりなさいって!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




「え……おまえ何言って……」

「何度も言わせるな。私と結婚しろと言ったのだ」

「や、だからさ……」


 結婚なんて本気で言ってるのか、こいつ。

 俺が戸惑っていると、御子神みこがみは頭をガシガシかいた。焦れているのか照れているのか、あるいはその両方か。


「我が一族の血を強くするためには貴様の血を取り込むことが必要なのだ。新堂、貴様は特別な存在なのだ──」


 Incompleteness transformer 通称IT。

 直訳するなら不完全性変容体。

 御子神の説明によるならば、神代かみよの時代に地球を訪れた異世界人である「外なる者」と、地球の古来種である「古き者」との血が混ざり合い、ひとつの体で同時に先祖返りを起こした特殊な例だ。


 曰く、ITは常に不完全で、あらゆるものに変容する可能性がある。

 曰く、光を覆う闇にも、闇を照らす光にもなり得る。

 曰く、人類を滅ぼす災禍さいかにも、人類を救う救世主にもなり得る。


 超強力な素体というか触媒というか、ともかくそれが俺なんだという。

 だから御子神は俺と結婚し、斜陽の一途を辿る一族の血を強めたいのだという。


 なんの漫画の設定だよ、どこのヒロイックRPGだよ。

 茶化そうとしたけど出来なかった。御子神の表情は極めて真面目だったし、状況は異常そのものだったし――そしてそもそも、俺のほうに心当たりがあったからだ。


「……そうか。だからか……」


 唐突に腑に落ちた。

 もしも俺の勘が確かなら、今までのすべてのことに説明がつく。


「……なあ御子神。特別なってのは、具体的にはどれぐらいのものなんだ? たとえば数字でいうなら……80億分の1とか?」

「80……億? なんだその数字は……どこから来た? ううむ……だがまあ……そうだなあ……。それくらいの確率ではあるかもな……」

「それこそ、俺を巡って争いが起こるくらいの?」

「……争い? そうだな。我が一族のようなケースは珍しいかもしれないが、たしかに貴様は存在自体が希少な……ん? おい、貴様何が言いたい?」 

 怪訝そうな顔をする御子神。


「……やっぱりか」


 俺は上を見上げた。そこには硬化したスモークで出来た天井があるだけだった。

 他には何も見えなかった。空も太陽も。

 まったく似てはいないのに、あの道場のことを思い出した。

 すっきりと広い板間。ぴりりと張り詰めた空気。

 御子神とふたり、競い合った日々。


「……御子神。俺のお袋のこと、覚えてるか?」

「は? 何をこんな時に……。そりゃあ覚えているさ。私が知るかぎり、私の母上と互角に渡り合えた唯一の人だ」


 御子神の母親、ゆずりはさん。女だてらに伝説の剣豪、御子神一刀みこがみいっとうの名を継いだ現代の武人だ。俺たちなんて目じゃないほどに強い人だ。

 その人と、お袋は立ち合ったことがある。

 互いに表技おもてわざのみ。だけど真剣で斬り合うような迫力があった。

 観戦していた俺たちふたりは思わず抱き合い、声もなく見つめていた。


「そうだ。お袋は強い人だった。真剣どころか銃相手にだって、あの人が負ける絵面は想像できない。だけどそのお袋がさ、時々傷ついて帰って来ることがあったんだ」

「……なんだと? トワコさんが?」

 御子神が驚き、眉をひそめる。

「そんなに深い傷じゃない。いつだってかすり傷程度で、手当てする必要もないくらいだった。だけどそのつど衣服は破れていたし、返り血も浴びていた」


「返り血……」

 言葉の意味を考え、御子神が口を引き結んだ。


「理由を聞いても教えちゃくれなかった。……そういう日は朝までずっと、ピリピリ殺気立ってた。俺を抱き締め、傍から離そうとしなかった。ああ……何かを警戒してるんだな。ああ……誰かと争ったんだなって、俺は思ったよ。ほら、子供って、そういうのに敏感なもんじゃんか。色々勘づいちゃうもんじゃんか」

「……」

「お袋はよく言ってたよ。強くなりなさいって。自分を、そして大事な人を守れるようになりなさいって。それってたぶん、こういうことなんだ。お袋がいなくなっても自分でなんとか出来るように。誰かに狙われても跳ね除けられるように。不完全性変容体とかITとか80億分の1とか……。おまえが俺の血を求めるのも俺がシロに選ばれたのも、それってたぶん、どっちも同じことなんだろう?」


 御子神は重いため息をついた。

 首を横に振った。汗を吸ったポニーテールが重たげに揺れた。

「……ふん、重度のマザコンめ」

 半眼で毒づいた。

「よくもまあこの状況で母親の心配なんてしていられるな? 今まさに、自分の将来を決められようとしているのだぞ? 勝手に、力ずくで。もっと心配することがあるだろう。もっと怒るべきものがあるだろう。ままならない運命とか、身勝手な私とか。なぜ怒らない。なぜ貴様は笑っていられる」


「怒る? なんで?」

「……は?」

「いいじゃん。面白そうだし」

「……面白そう・ ・ ・ ・?」

 ぱちぱちと、御子神は目を瞬いた。


「わかんないかな。俺の夢は冒険者になることなんだぜ? この状況はおあつらえ向きなんだよ。なにせ座して待ってたってトラブルの種が向うから転がり込んで来るんだ。未知の世界へ連れて行ってくれるんだ。それこそ願ったりかなったりじゃないか。逆に思うぜ。俺はなんで今まで気づかなかったんだって。こんなにもキラキラしたものが近くにあったのに、まばゆい光源が近くにあったのにってさ」


「……っ」

 御子神は突如、痙攣するように全身を震わせた。

 弾けるように笑い出した。

「はっはっはっ、あーはっはっはっ!」 

 腹を抱えて笑い出した。

 

「お……おい御子神……?」

 何かの当たり所が悪かったんじゃないだろうかと本気で心配して声をかけると、御子神は涙をぬぐいながら笑いを納めた。

「は……ははっ。いや、あまりにも貴様がバカなことを言うものだからな。思わず笑ってしまった」

「……ちぇ、バカでけっこうだよ」


 御子神は磨いたように清々しい顔を俺に向けた。

「別に悪いと言ってるわけじゃない。世の中にはひとりくらい、貴様のようなバカがいてもいいだろう。改めてそう思っただけだ」

 竹刀を高く天頂に掲げ、息を吐き出しながらゆっくりと下ろした。

 ぴたり、八相はっそうに構えた。

「四の五の言うのはもうやめだ。──面倒だから、力ずくだ」

 実に楽しそうに俺を見た。

 戦って勝つ。

 勝って言うことを聞かせる。

 笑っちゃうほど強引で、だけど御子神らしい選択だ。


「そうだな。誰かに言われて何かをさせられるのは気に食わねえ。だけど本気の勝負の結果なら話は別だ。オッケー御子神。やってみろ。おまえの本気を見せて見ろ。俺も本気を見せてやるからさ」

 

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