第18話「バトル・オン・グラウンド!!」

 ~~~御子神蛍みこがみほたる~~~




 出会いは小学校に入るか入らないかぐらいの頃だ。

 母親に古流武術を学んでいるという新堂しんどうが、古式剣術の道場であるうちに出稽古に来たのが初めだった。


 ただでさえ同い年同士のところに、ITを血族に迎え入れようという家の思惑も働いた結果、私たちは常にペアで行動させられることになった。

 掃除、瞑想、立ち合い、休憩。寒稽古に門下生揃っての初詣。餅焼き、芋煮。花火に肝試し、海水浴。とにかくべったり隣にいることを強要された。

 

 押しつけられた人間関係が甚だ気に入らなかった私は、新堂に辛く当たった。嫌いになって欲しくて、遠ざかって欲しくて、いじめに近いことまでした。

 掃除の行き届かなさに、瞑想時の姿勢に、先輩や師範への態度に。ねちねちねちねち、小姑のように小言をたれた。


 一番厳しくしたのは立ち合いだ。

 当時すでに血族としての力に目覚めていた私は、社会人の門下生らとも互角に戦えるほどの身体能力を持っていた。

 加えてリーチの差だ。

 古流武術は各種武器も扱える総合武術とのことだったが、母親の言いつけもあって、新堂は基本素手で向かって来た。


 私は竹刀。当然、負けるわけがない。

 戦いはいつも、私の一方的な勝利で終わった。

 あいつの体の柔らかいところを、容赦なく打ち据えた。


 防具もなしでやっていたから、さぞや痛かったことだろう。

 負けた時、あいつはいつも泣いていた。

 痛みで泣き、悔しさで泣いた。

 

 だけど母親が迎えに来ると、途端に笑顔になった。

「超ー楽しかったよ! おかあさん!」って。

「痣? こんなのへーきへーき!」って。

 無理して強がって胸を張った。

 ぴょんぴょん飛び跳ね、元気アピールを繰り返した。


 それがなぜだか無性に悔しくて、腹立たしくて、私はさらに立ち合いを激しくした。

 体当たりをした。

 蹴り上げをくらわせた。

 柄尻で殴り飛ばした。

 年少の部ではやらないようなことを、一切の遠慮会釈なく。


 あいつは手も足も出ず、いつも道場の隅で泣きながら座り込んでいた。

 だけど母親が来ると跳ね起きた。

 顔中をくしゃくしゃにして笑ってた。


 それをずっと繰り返した。

 それをずっと見ていた。


 ──ある時、あいつの母親はいなくなった。

 カラミティに巻き込まれ、多元世界の狭間に姿を消した。

 

 もう道場へは来ないと思っていた。

 だってもう、誰もあいつを迎えに来てはくれないから。

 強くなっても、誰も褒めてくれはしないから。

 

 だけどあいつは、再びやって来た。

 何ひとつ変わっていないようなそぶりで、でも少しだけ変わってた。


 打たれても泣かなくなった。

 負けても泣かなくなった。

 暗い中をひとりで帰った。

 満面の笑顔で、楽しげに。


「御子神! 今日も楽しかった! 明日も来るからよ! んでそん時ゃ、絶対俺が勝つから!」


 ぶんぶか手を振りながら帰っていく後ろ姿を見送った。

 手を振り返したくなる衝動を必死にこらえた。

 なぜだろう、微かに胸が痛かった。


 その後ほどなくして、私は最初の一敗を喫した──。

 


 


 

「戦いの最中に考え事とは余裕じゃねえか!」

剣姫けんきとったりいぃぃぃー!」 

 野球部がバットを構え、テニス部がラケットを構え、左右から同時に打ちかかって来た。

 

 ──パパン!


 小手を2発。

 骨も砕けよと、容赦なく打ち据えた。

 ふたりは手首をおさえうずくまった。


「何人でかかってこようと、貴様らごときに遅れをとる私ではない!」


 吐き捨てると、皆のヘイトはさらに高まった。

 連携と包囲網が強固になった。


「御子神選手、ついに10人斬りを達成! 剣姫けんきのあだ名に偽りない強ー烈な打撃の前に、運動部の戦士たちが次々ダウン! もはや誰も、その竹刀の前に立つことかなわないぃぃぃ!」

 放送部の宮ケ瀬みやがせが、勢い任せにがなりたてる。


「新堂! どこだ! 今日こそ決着を……!」


 乱闘の中、私は一心に新堂の姿を追い求めた。 


 ──ドドドンッ。


 連続した音のほうに目をやると、運動部の猛者たちが3人まとめて大地に転がったところだった。

 中心に立っているのは新堂。

 足を肩幅に開き、両手をすとんと落とした自然体で構えている。


「おおーっと新堂選手、こちらも相変わらずキレてます! 体の一部が触れた瞬間ぶん投げるっ! まさに達人の境地の前に、男たちの体がひらりひらりと宙を舞う! ガチムチマッチョ集団が、まったく相手にならないぃいいいい!」


 満場のブーイングに、新堂はダブルピースで答えた。


「せりゃああああああっ!」

 余裕の新堂に、空手道部が追い突きを打ち込んでいった。

 いかにも伝統派らしい、遠間からの矢のような一撃。


 新堂は同時に前に出た。

 追い突きの外側へ、斜めにすれ違うように踏み込んだ。

 踏み込みながら、掌底を空手道部の額に合わせた。

 カウンター気味の額への当て身──下半身はなおも前に進もうとする──。

 必然、空手道部の体は宙を舞った。後ろにぐるりと回転し、顔面から地面に落ちた。


 ──体が一回転したぞ!?

 ──なんちゅう力だよ!


 ……いや、力ではない。

 私は冷静に分析した。

 タイミングと力学の問題だ。

 新堂自身の力はさほど必要なかった。相手の突進力を利用したのだ。


 ──柔道部の坂崎が行ったぞー!

 ──現代の三四郎だー!


 飛来したゴルフボールを躱したことで体勢の崩れた新堂に、柔道部のエースが突進した。

 右手を伸ばして学ランの胸倉を掴んだ。


 ──おおおおっ!?

 ──やった……掴んだっ!

 いままでまともに組みつくことさえ許さなかった新堂が捕まえられたことで、観客席がどよめいた。


「今日こそおまえをぶん投げてやる!」

 坂崎が勢い込んで袖を取りにいくが、新堂は素早く腕を引いてこれを凌いだ。


 目まぐるしい組み手の攻防の中、新堂は幻惑するように右腕をぐるぐる回した。

 焦れた坂崎の目の前を、つい……と糸を引くような動作で横切り、外側に動かした。

 真剣勝負の最中にはおよそ考えられない動きに、思わず坂崎の目がひきつけられた。わずかに重心が浮き、右半身から意識が逸れた──隙が生じた。

 瞬間。

 新堂は胸倉を掴んだままの坂崎の右腕を外側から掴み、ぐるりと内側に巻き落とすように動かした。

 坂崎の体は綺麗に横回転した。受け身のとれない角度で落ちた。

 ドスン、坂崎が地面に大の字になると、あちこちから盛大なため息が漏れた。


 ──柔道部に投げ勝ちやがった!?

 ──しかも片腕一本だぞ……?

 ──なんちゅう力だよ!


 ……いや、力ではない。 

 変形の巻き投げだ。

 素人目にはわからないだろうが、意識が外れた右腕に逆技──関節技を仕掛けながら投げたのだ。

 力の流れに逆らえば折られる。逆らわなければ投げられる。ジレンマの末に坂崎は投げられ、受け身のとれない角度で落とされた。 

 

 怖いのは、技そのものよりも仕掛けの上手さだ。

 眼前で相対している敵を崩し、間髪入れずに仕留める。

 なかなか出来ることではない。

 

 戦慄している私に、新堂が声をかけてきた。

「おーい御子神。そっちは今、何人目だよ? ちなみに俺は20人目だが」

 耳に手をあて、挑発するようにしている。


「う……うるさい黙れ! こっちはこれからだ!」


 私は改めて竹刀を握り直した。

 すうー……っと、息を深く吸い込んだ。

 脇を絞った。双眸を強く引き絞った。  

 頭の中に理想の剣線を思い描いた。

 防御などは考えない。過酷な修練により得た技を、発声とともに叩きつける。


 ──ただ、攻める。


「キェェェアァァァアー!」


 声を上げながら踏み込んだ。

 迫り来る運動部員の中に突っ込んだ。

 雷が跳ねるような軌道で竹刀を振るった。

 小手を打った。胴を打った。面を打った。 

 一瞬で6人倒した。


「……どうだ! 見たか新……堂ぉ!?」


 振り向いた私の目の前で、竜巻にでも巻き込まれたかのように7人が宙を舞っていた。


 新堂の投げ技だ。

 ──ドドドドドドドンッ。

 全員が硬い地面に叩きつけられ、あっけなくノビた。

 

「えー? なんだってー?」

 ぱんぱん手をはたき、こともなげに笑う新堂。


「く……っ!」

 さりげない様子がまぶしくて悔しくて、私は歯噛みした。


 もっと強く踏み込んだ。

 より強く竹刀を振るった。

 さらなる敵を求め、辺りを見回した。


 瞬く間に生徒たちが倒れ伏した。

 戦闘不能者が山を築いた。


 担架が足しげく行き交い、風吹きすさぶ戦場に、宮ケ瀬のアナウンスが響く。

「粘りに粘ったプロレス同好会の満島選手が倒れましたー! 第1回『嫁』争奪バトルロイヤルもいよいよ大詰め! 最後に残ったのは当然の如くこのふたりー! 女子剣道部の剣姫こと御子神蛍選手と、『嫁』の夫にして稀代の冒険バカこと新堂助しんどうたすく選手だー!」


「なんで俺の紹介にだけバカをつけるんだよ宮ケ瀬は……」

 新堂は苦笑いしながら私を見た。

「まあいいさ。けっきょく最後は俺とおまえってことだ。なあ御子神。お楽しみはこれからだ」

 改めて距離をとり、腰を落として半身に構えた。

「──さあ、本番を始めようぜ?」 

 いつもは陽気な目が、すっと細められた。眼光が鋭くなった。


 ビリビリビリ……!!

 全身を電流が走り抜けた。


「……っ」

 凄まじいプレッシャーに、身体が震えた。

 産毛が逆立った。 

 体温が急激に上昇していく。


 ──武者震いだ。

 極限状況下で生物が見せる生体反応。

 体温を上げ、少しでもパフォーマンスを上げようとする弱者の抵抗。


「……ああそうか」

 思わず口元がほころんだ。

「貴様なんだ……」

 私は気づいた。

「貴様と……私なんだ……!」

 絶対的な強者が、倒さねばならぬ宿敵が眼前にいる。

 そのことがただ嬉しい。


 新堂と出会ってからの対戦成績は1084勝1084敗。

 つまり私は、急速に追いつかれた。

 母親を失ったことによる心境の変化? ITとしての萌芽? 不断の努力の結実?

 理由はどうでもいい。

 いまや力関係が完全に逆転していることも。負けたら私がどうなるのかということも。

 やつがこれからどこへ行くのかも。誰と旅し、何を成すのかも。


 ──何もかも、どうでもいい。


 雑念が消えた。

 頭の中は綺麗に澄み渡っている。

 四肢に力がみなぎっている。


 ──貴様に勝ちたい。ただ勝ちたい。


「新堂!」

 衝動を爆発させるように、私は叫んだ。

「最後の勝負だ!」

 アナウンスも観客の声援も、外野の野次も聞こえない。

「どちらに転んでも、これで最後だ! これを最後に、私は戦いをやめる!」 


 わけがわからないというように首を傾げる新堂。

 だがそれでいい。

 貴様は知らないままでいい。


 ──私のライバル。

 ──永遠の宿敵。 


「貴様はそこにいろ! 黙って見ていろ!」

 強く雄々しく、私は吼えた。

「──忘れられないようにしてやる! 14年間、私の積み上げてきたすべてを叩きこむ! その目にしかと焼き付けろ! 全部受け止めて、覚えていろ! どこへ行っても忘れるな! ……御子神蛍だ!」

 竹刀を高く天頂に掲げ、ゆっくりと下ろした。

 ぴたり、八相に構えた。

「──これが、私だ!!」

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