「傍にいるから!!」
第16話「遥か神代の昔から!!」
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奥羽山脈の山裾にどっしりと根づいた、御子神家の広大な屋敷。
畳敷きのシアタールームの中央に、私はセーラー服のままで正座させられていた。
学生鞄は手元にあり、愛用の竹刀と木刀も、肩掛け用のケースに納め床に寝かせている。
明かりの消され暗くなった室内を、プロジェクターの光が切り裂く。
壁に設置されたスクロールに、鮮明な画像が映し出されている。
それは、ある男女の誕生の瞬間から今までを追った成長記録だ。
ひとりは
もうひとりは私、御子神蛍。
ふたりは対照的な子供だった。
親や周囲の人たちの愛情を一身に受けて育った新堂は、常に笑顔を絶やさない子供だった。画像も躍動感や愛嬌に溢れ、見ていて飽きなかった。
母上の胸に抱かれながらのベロベロバア返し──入園式の式場入り口で、父上に肩車されながらのバンザイ──お遊戯会ではお姫様を救うヒーローの役を好演していた──小学校の遠足では誰よりも早くおやつを食べ──運動会のあらゆる種目で一等をとり──バレンタインには下駄箱にチョコの山──修学旅行では最後まで起きてると言い張りながら結局一番最初に寝落ち──中学校の入学式では校庭に侵入した他校の不良と乱闘──
一方私の幼少時代を彩ったのは、暴力と孤独だった。画像にはひとかけらの笑顔もなく、見ているのが辛かった。
厳格な母上の背後で乳母にあやされ大泣き──入園式の式場入り口でぶつかったメガネの女の子と取っ組み合い──お遊戯会ではヒロイン役を射止めたが、ヒーローよりも先に怪物役の子を倒して泣かせる──小学校の遠足では誰も仲間に入れてくれず、ひとり寂しくおやつを食べ──運動会の女子の部を総なめにしたが、歓声は上がらず──バレンタインなんて気にしたこともない──修学旅行では最後まで班を作れず、あからさまに嫌がる女の子グループに入れてもらった──中学校の入学式では女だてらに竹刀をとり、不良との戦いに参戦した──
「はあ……っ」
なんて可愛くない女の子だろう。
私は顔を両手で覆った。
対話よりも戦いを、握手よりも竹刀を選んだ女の子。
異性にモテるわけがない。
同性にも相手にされない。
そんなのは当たり前で、最初からわかりきっていたことなのに……。
なのに私は……っ。
「母上……」
もう梅雨も近い時期で、早朝といっても気温自体は低くなかった。
だけどひたすら寒かった。
次々と移り変わる画像は、私の黒歴史の山そのものだったから。
「母上。そろそろ登校時間になるのですが……」
「お黙りなさい」
ぴしゃりと、母上ははねつけた。
「それに、母上ではありません。当代とお呼びなさい。当代、
プロジェクターが停止し、部屋に明かりが灯った。
ぱちぱちと瞬きして目を明るみに慣らしていると、母上が苛立ちまみれのため息をついた。
「今何をしているかわかりますか? 蛍、おまえの逃した獲物の大きさを教えてあげているのです」
「当代。それはもう重々……」
「いえ、あなたはわかっていませんね」
ぴしゃりと、母上は決めつけた。
秘剣・
30半ばの女盛り。黒々とした長髪にも白皙の美貌にも身のこなしにも、いささかの陰りも見えない。
家人には優しいが私には厳しく、母上と呼ぶことすら許してはもらえない。
私が一人前になり後を継げば状況は変わるのかもしれないが、現状は、ただ不甲斐なさを募らせる日々が続いている。
暗い思考を振り払おうとぶんぶん首を横に振っていると、強い否定の意にとられたのか、「ならおまえのわかっていることを説明なさい」と冷たい水を向けられた。
「は、はい……」
戸惑いながらも、私はぽつぽつと説明を始めた。
「御子神家の衰退を止め──もとい、御子神家のさらなる栄光のためには、強き外の血を混ぜる必要がありました──」
21世紀半ばに発生した無数の多元世界間ゲートの開放と、それに伴う多元世界人の流入。
そして
それより遥か昔、人類史の
束の間開いたゲートから外なる者が地球に降り立ち、古き者と呼ばれる地球の土着神と戦い、結び、血として混じり合った。
古パンゲア大陸の分裂と共に各地に散り散りに別れた。
彼らはいくつかの系統に別れて地球の環境に適応進化した。恐竜などの大型爬虫類になった者もいるし、天使や悪魔、妖精や妖怪などになった者たちもいた。
比較的変化の少なかった者たちは、巧妙に人間の中に混じった。
御子神家は祖を神代の昔に遡る由緒正しき血族であり、多元世界由来の異能を持つ。
だが長き時の流れの中でその血は着実に薄まり、一族として緩やかに滅びを迎えている。
「……血を強くするために考えられたのが、婚姻です。新たに多元世界人の血を取り入れることです。ですが、そこには国際法規上の問題がある。遺伝子学上も、すんなりゴーサインは出せない」
母上はぴくりともしない。
「そこで目をつけたのがIT。
Incompleteness transformer 通称IT。
直訳するなら不完全性変容体。
外なる者と古き者の血が同時に先祖返りを起こした特別な存在だ。
ITは常に不完全で、常にあらゆるものに変容する可能性がある。
闇を照らす光にも、光を覆う闇にもなる。人類を滅ぼす災禍にも、人類を救う救世主にもなり得る。
危うく、けれど無限の可能性を秘めた存在。
「新堂助を夫とし、迎え入れること……」
言い直し、私はぎりと奥歯を噛み締めた。
「夫として……っ」
屈辱と羞恥で身が震える。
視界が揺れる。
言葉が続けられない。
母上が後を引き継いだ。
「……いいでしょう。重要性はわかっているようですから。そうです、彼の者の存在を他に気取られぬよう、私たちは最大限の警戒を払ってきた。同じ年頃のおまえを常に傍に
母上の双眸が凶悪な光を宿した。殺気にも似た気配が、その体から噴出した。
「それらの機会をすべて無にした。御子神の血筋特有の、人並み外れた美貌と肉体を有しながら、まったく有効活用できなかった」
遺伝的に、一族の男女は美形揃いだ。
とくに女子は、総じて背が高く、胸部も臀部も大きく張り出している。艶やかな黒髪や目の端の切れ具合など、男どもの劣情をかき立てる特徴を豊富に兼ね備えている。
私も例外ではない。容姿に関しては人より秀でている自信がある。
だが、率直にそれを行使するのは
どうせ武器にするなら女ではなく、鍛え上げた技をこそ……。
「張り合いは……しました……」
膝の上で拳を握った。
運動会で張り合ったり、道場で戦ったり。食べる量を競ったり、起きている時間を競ったり。事あるごとに競り合い、一種のライバル関係を築いてきた。
「張り合ってどうするのです」
ぴしゃりと、母上は切り捨てた。
「好敵手になれと誰が言いましたか。性差の無い友人関係を築けと誰が言いましたか。おまえは女なのです。優秀な種を掴まえ、子を成せばそれでよい。
「それではわたしは……っ」
──
その言葉だけはかろうじて呑み込んだ。
それはあまりに不敬すぎる。
「それをこともあろうに……。新たなる来訪者に存在を気取られ、嫁の座を射止められるなど……」
震える母上の手が、柱を掴んだ。木質の緊密な樫の木の柱を、バキリと素手で抉り取った。
「当代様!」
「当代様! いかがなされましたか!?」
数人の側仕えが、破壊音を聞いて部屋に入って来た。
シアタールームは、瞬く間に人で満たされた。
「──蛍」
木片を粉々に握り潰すと、母上は怒りを隠そうともせずに私に告げた。
「今一度、ITの元を訪ねよ。
「む……何か?」
側仕えに手渡されたA4サイズの厚紙を開き、私は悲鳴を上げた。
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