第8話「謎の訪問者!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 ラリオスを倒したことで、シロには出場分と勝利ボーナスの嫁ポイントが配当されることになった。

 嫁ポイントは各国家各世界の基準通貨に換金出来るということなので、試しに日本に換算してみたら、目を剥くような数字になった。

 本気で国家予算レベルだった。


 ラリオス自体はランク下位の底辺『嫁』だったのにも関わらずこれだとすると、もっと上位の『嫁』に勝ったりしたらどうなってしまうんだろう。

 皮算用はいやでも捗った。

 



 試合後のインタビューを受けたあと、俺たちは元の場所に──人気のない路地裏に戻された。あたりはすでに暗くなっており、あちこちのお宅から夕餉の香りが漂ってきた。


「よーしよしよし、億万長者じゃ!」

 勝利に浮かれるシロは、ぴょこぴょこ飛び跳ねるように拳を突き上げた。

「おう! やったな、シロ!」

「うむうむ! さっそく換金するんじゃ! 美味いもんたらふく食うんじゃ! まかないだけで一日一日を乗り切る生活はもうたくさんじゃ!」

「お、おう? そうだ……な?」

「うむうむ! 皿洗いも部屋や温泉の清掃もたくさんじゃ! お富さんに怒られて監視されてまた怒られる生活にもこりごりじゃ!

「……え? 皿洗い……温泉の清掃?」

「あ」

 シロは「シマッタ……!?」って顔をした。


「嫁ポイントが換金出来るのは知ってるけどさ……それはそれとして、なんでおまえそんな……住み込みの旅館の仲居みたいな生活してんの? 仮にもクロスアリアの姫巫女だろ? 代表戦士なんだろ?」


「や、その……」

 シロは汗をだらだらと流しながら後ずさった。

「クロスアリアは負け続きじゃったから……。その……国庫に余裕が……。こっちはなにせ物価も高いし……」


「にしたって滞在費くらいは出せるだろ?」

「ううぅ……いや、その……」


「──シロ様は」

 ブゥン、と空気が振動するような音がしたかと思うと、突然俺たちの目の前に綺麗な女性が現れた。

 年の頃なら二十歳くらいか、クロスアリアの巫女服を着た細身の女性だ。藍色のショートカットが凛々しく、口元がきりっと引き締まっている。計算高い副官って印象を受けた。

 女性は冷ややかな目でシロを見た。

「もといこの駄犬は無駄遣いが激しいので、滞在費を初日に使いきってしまわれたのです」


「か、カヤ……!」


 シロが悲鳴を上げるが、カヤと呼ばれた女性は歯に衣着せる様子もなく続ける。


「私が何度も念押ししたのにも関わらず、ハイヤーを乗り倒して観光三昧。寿司だ焼肉だ芸者遊びだと、いまどき漫画の中のヒヒ親父でもやらぬような豪遊三昧。気が付いた時には滞在していた旅館の宿代も払えなくなっており、女将に土下座して謝って、仲居として働いてなんとか支払うという有り様──」


 くどくどくどくど。


「カヤぁ……」


 シロは泣きそうな顔でカヤさんの足元にすがりつくが、どうやらそれはホログラフィだったようで、シロの手はむなしく宙をかいた。


「その節はごめんなのじゃあ……」

「謝ってもダメです」

 がっくりと膝をついてうなだれたシロに、しかしカヤさんは冷酷に告げた。

「嫁ポイントの管理はこちらで厳に行います。一切の引き出し、換金はまかりなりません。あなたはただ、馬車馬のように働けばよいのです」


「うええ~……!?」

 そんな殺生な、というようにシロ。


「美味いもんは!?」

「カップ麺でじゅうぶんです」

「こ、高級ホテル暮らしは!?」

「知ってますか? こちらの世界には段ボールで造る家というのがあるんだそうですよ?」

「芸者遊びは~!?」

 シロは手をわきわきさせて悔しがる。

「わ、わらわは目隠ししてやる鬼さんこちらが好きなんじゃよ~。いい匂いのする芸者を捕まえて『いやんいやん』言わせるのが楽しみなんじゃよ~」


 ……うちの嫁の趣味がオヤジクサい件。


 カヤさんは深い深いため息をつくと、俺に向き直った。

「見苦しいものをお見せして誠に申し訳ございません。お初にお目にかかります。祈祷世界クロスアリアの女衆頭にょしゅうがしら、カヤ=メルヒと申します」

「は、はあ……こちらこそお初です。新堂助っていいます。よろしくお願いします」


 握手しようとして意味のないことに気が付いた俺は、ぺこりと頭を下げた。

 カヤさんはくすりと笑い、同じく頭を下げてくれた。


「失礼を承知で申し上げますが、お優しそうな方でよかったです」

「は、はあ……」


 万年雪が溶けたような清廉で暖かい笑顔に、俺は一瞬見とれた。


「あなたのような方になら、安心してこの駄犬をお任せすることができそうです」

「はあ……うん? 任せる?」

「はい。仮初めのとはいえ夫婦ですから。どうかひとつ屋根の下に住まわせてやってください」

「ああそういうことか。そりゃもちろんかまわないよ」


 ホームステイみたいなもんだな。


「同じ空気を吸うのが耐えられないなら、犬小屋でも構いません。必要でない時は鎖で繋いでおいてくだされば、この駄犬も悪さできないでしょうし」

「カヤぁー!?」

「……あら? この駄犬は人語を話すのね、面妖な」

 涙目で叫ぶシロを、ニコニコ笑顔で罵り続けるどSのカヤさん。


 なんとなく手に汗をかいていると、カヤさんの姿は徐々に徐々に薄くなり、やがて手を振りながら宙に溶けるように消えていった。


「なぁんか……凄い人だったなあ……」

 帰り道、俺はしみじみつぶやいた。


「カヤはいつもわらわに厳しいんじゃよ~」

 ぽてぽてと隣を歩きながら、がっくりと肩を落とすシロ。

「せっかく姫巫女になれたんじゃから、少しぐらい贅沢してもいいじゃろうになあ?」

「……しつけって大事だなって思ったよ」

「タスクまでがわらわを犬扱いする!?」

 がん、と何かに叩かれたような顔でシロ。


「はは、まあいいじゃないか。うちにステイしてる分には生活には困らないからさ。贅沢は出来ないけど、宿の仲居ももうしなくていい」

「……3食昼寝つきか?」

 シロの目に光が宿る。


 あ、こいつダメ人間だ。


「掃除とか洗濯とか、さすがに最低限のことはしてもらうけどな? とりあえず飯と寝る場所の心配はしなくていい。さ、帰って温かいものでも食おうぜ。祝勝会だ」

 すると、シロは凄い勢いで食いついてきた。

「温かいもの!? すき焼きか!? しゃぶしゃぶか!? 石狩鍋でもいいぞ!?」

「石狩鍋て……」

 意外と渋好みだな、シロ。


「さすがにそんな用意はしてないけどさ。うちにあるのでなんか適当に作るよ」

「つ、作る!? タスクがか!? 親御さんが作るんじゃないのか!? 自分で作れるのか!? 凄いのうタスクは!」


「ああ。うち今、俺ひとりだからさ」

「ひとり……?」

 シロの顔がさっと青ざめた。

「わ、わらわは何かまずいことを聞いたか……?」

 慌てた様子で俺の服の袖を掴む。

「気にすんなシロ。両親は旅行中で、姉さんは海外出張中ってだけの話だからさ。そんな深刻なこっちゃねえよ」

「な、なんだそうか……」

 ほ、とシロは胸を撫で下ろした。


 俺の家は住宅街のど真ん中にある和風の平屋で、見た目も中身も昭和かってぐらいに古い。けど庭が広くて開放感があって、俺はけっこう気にいってる。

 シロは「ほほー!」と梁の交差する天井を見上げ、「ははー!」と畳の青々しい部屋を見渡し、「おおおー!」と板張りの廊下を走り回った。

 昔ながらの旅館に住み込みで働いてたシロだから、いまさら和風の内装ぐらいでは感動しない。だがうちは、旅行を趣味とする親父とお袋のせいで、置かれている品々がちょっと普通ではない。


 人形だ。世界中のあちこちから集められた不気味な人形たちが、至る所に飾られている。アフリカの呪術人形、今にも動き出しそうな日本人形、肌の質感がどう見ても本物くさいビスクドールなどが放つ一種異様な雰囲気は、初見の人には強烈だろう。

 実際、あまりにも強烈すぎて二度とうちに寄り付かなくなった友達もいるくらいだ。


「凄いのう! 凄いのう! なんかこう……わくわくするのう!」

 シロは恐がるそぶりもなく、キラキラと目を輝かせている。


「なあなあタスク! あれは──」

「あれはノルウェーのバイキング人形で──」

「じゃあじゃあタスク! これは──」

「これはオーストラリアのアボリジニに伝わる──」

 ソロモン諸島のなんやとかトンガのかんやとか、俺の説明にいちいち興味深く聞き入っている。

 どうやらうまくやっていけそうで安心した。


「──タスクタスクタスク!」

 シロがぴょんぴょん飛び跳ねながら、こっちに来いと激しく手を振っている。


「なんだよ。そんな急がなくても人形は逃げやしないぜ? まったく……」

 だが意外なことに、シロが指し示したのは家の中ではなく窓の外だった。

「こっちじゃこっち! 外が変なんじゃ! 何かいるんじゃ!」

「……え、外?」

 外に何かあったかな……? えっと……インドネシアの女神像……?


 窓辺に立つと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 玄関先や背の低い垣根越しに、無数の人だかりが見えた。

 たくさんの照明、機材、カメラのフラッシュ──そう、我が家はマスコミや物見高い野次馬連中に取り囲まれていたのだ──

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