第2話「多元世界から来た少女!!」
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「タスクー。帰りゲーセン寄ってかねー?」
「タ、タスクさんっ。よろしかったら買い物につき合わせてあげてもよくってよっ?」
「なーなータスクぅ、今度大会あるんだよー。そん時だけでいいから助っ人になってくれよー」
「た、タスク殿……。実はなかなかの品が手に入りましてな……。良ければあとで部室のほうに……」
「新堂先輩! 渡したいものが……!」
「新堂! いよいよ私たちの因縁に決着をつける時が──」
その日も俺は走っていた。
みんなの誘いや挑戦を断って、ひとりさっさと下校した。
いったん帰宅してからスウェットに着替え、改めてロードワークに出かけた。
俺は毎日20キロのロードワークを自分に課してる。
筋トレや、各種サーキットトレーニングも欠かさない。
時にリュックを背負って、山籠もりもしたりする。
雨が降っても雷が落ちても、季節外れの雪が降っても止めたことはない。
家族には呆れられたが、病気の日だって止めたことはない。
インフルエンザだって、俺を止めることはできない。
「敵」は決して、見逃してはくれないからだ。
いざって時に、こちらが弱ってるからって手加減してはくれないからだ。
俺は冒険者になりたい。
深海に潜るのでもない、ジャングルを歩むのでもない。
すでに開発され尽くした、オープンな魔境じゃない。
──舞台はそう、今なお拡がり続ける
「……おっと」
ロードワークの途中、商店街の電機屋の店先に設置されたテレビの前に人だかりがあった。
昨夜の『嫁Tueee.net』の再放送を見て、みんなでわいわい盛り上がってるようだった。
「もう始まってたか……」
フードを上げて立ち止まって、その光景に魅入られた。
放映開始から、もう5年になるだろうか。
国民的スポーツであるあのスポーツやこのスポーツを退けて、今や平均視聴率を50%を誇るオバケ番組と化している。
多元世界の存在が確認されたのは、21世紀も半ばのことだった。
突如として発生した
ゲートの先には無数の世界が存在していて、それぞれに異なる歴史、異なる生態系を持つ種が存在していた。
歴史も地理も数学も。
既存の学問のすべてが一瞬で消し飛んだ。
世界観が根底から覆された。
──俺の時代が来た。
大人たちの混乱をよそに、ひとり興奮してた。
画面向こうに展開される様々な世界の様々な事象に、毎日更新される新たな発見の数々に胸を焦がした。
だから俺は、いずれ訪れるだろう冒険の日々に備えて修練を積み重ねた。
冒険者になるんだ。
ヒーローになるんだ。
この身にそう言い聞かせながら。
──その間にも、事態は動き続けた。
多元世界の国力は、武装は、地球を遥かに上回るものだった。
その差は膨大で、広大で、まったく抗うすべのないものだった。
だから地球は、抵抗しなかった。
専守防衛。いずれの勢力にも与しない中立緩衝地帯。
多元世界を繋ぐポータルとしての役割を果たすことで、ぎりぎりのラインで主権を保った。
貿易、外交、そして
戦闘だ。戦争じゃない。
多元世界の代表戦士たる女の子たち──通称『嫁』──は、配信サイトの名前から『嫁Tueee.net』と呼ばれることになったその戦いで、決闘を行う。
嫁ポイントを賭けて戦い、負ければ失う。
稼いだ嫁ポイントは他世界との外交交渉のコインとして、あるいは総合評価としての嫁ランクのアップに使用できる。嫁ランクの高い代表者のいる国は、無限に広がる多元世界の中で、確固たる地位を築くことができる。
ちなみになんで『嫁』かっつうと、日本で
笑っちゃうほどアホらしい理由。
だけどそういうのも、未来的と言えば言えるのかもしれない。
「……いいなあ」
思わず声に出していた。
ふと目に止まった『嫁』に見惚れた。爽やかな笑顔に、美しき肢体に魅入られた。
中学生真っ盛りの俺としては、思春期なりに異性というものに興味がある。
それも出来れば多元世界の女の子がいい。
『嫁』なんてまさに理想だ。
地球人離れした外見で、いろんな能力があって、俺の知らない世界のことをたくさん知ってる。
そんなコとお近づきになれたら最高じゃないか。
あれやこれやと一晩中だって語り明かせる。
世界の果てまでだって一緒に旅が出来る。
「……あれ、それだとただの友達か? 親友ポジ的な? ううーん……? いやでも……できれば可愛い女の子のほうがいいってのは男子の本能的なあれであって……。
ああでもないこうでもないとつぶやきながら歩いていると、ふと──その視線を感じた。
「うわあ……あれが……?」
電柱の後ろで、誰かが引いたような声を出してた。
隠れるという行為が苦手らしく、半分以上体が見えている。
白い髪の毛、白い肌、白い巫女服みたいな衣装。琥珀色の瞳以外のすべてが白。
気品のある雅やかな顔立ちに、つるぺたすとーんとした体型。年齢は俺と同じか少し下ぐらいだろうか。とにかく驚くほどに可愛い女の子だ。
そのコがジト目で俺を見てた。
「……本当か? のう、カヤよ……あれが、本当に……? 契約の……? 人違いでなく? なんかひとりでぶつぶつつぶやいておるぞ? ──あ、こら、念話を切るでないっ」
俺ではない誰かと話すしぐさ──
ここにはいない誰かと話すしぐさ──
念話……だと──!?
「来たあああああああああああああああああっ!」
「うわあああああああああああああああああっ!?」
全速力で走った。電柱の背後にいた女の子を捕まえた。
予想以上に軽かったので、小さな子供をそうするみたいに抱え上げた。
「
「いやあああああああああああああああああっ!?」
女の子は巫女服の裾を押さえながら悲鳴を上げた。
「おまえは誰だ!? 多元世界人か!? 多元世界人だな!? 絶対地球人じゃないよな!? コスプレとかいっても誤魔化されねえぞ!?」
「ぴゃあああああああああああああああああっ!?」
「あれだな!? 俺を迎えに来たんだな!? そうだろうそうだろう!
「助けてええええええええええええええええっ!?」
女の子はじたばたとあがき、泣き叫んだ。
だがあいにくだ。ここは人気のない路地裏なのだ。
「うるせえ! 助けなんか来ねえんだよ! そんなことよりさあ連れてけ! 俺を連れてけ! おまえはそのために来たんだろうが! 俺をどこか楽しいところへ連れてくために来たんだろうが! 大丈夫だ! 俺はいつでも心の準備が出来てる! リュックの中にはサバイバルセットが入ってるし、机の引き出しには遺書が入ってる! 部活は入ってねえけど、体はバッチシ鍛えてる! いつでも! どこへ連れてかれてもいいように!」
「だめじゃこいつ!? 頭がおかしい!? ──カヤ! カヤ! 人違いじゃろう!? まさかこいつではないじゃろう!? いくらなんでもこんな盛りのついたケダモノみたいなやつではないじゃろう!? なあ、頼むからそうだと言っておくれ! 後生じゃから!」
「人違いじゃねえよ! たぶんそれあれだろ!? 俺が数十億の中から選ばれた適正体とかいうあれだろ!? いやーわかってるぜカヤさんとやら! そうです! 俺がその俺なんです!」
「ううう……っ!? 悔しいことに当たっておるけど! おるんじゃけども! 当たっててほしくない! 準備万端整いすぎてて気持ち悪いんじゃよー!? こっちが何か言う前に『よし来た連れてけ!』とかさすがにありえないじゃろ! 順応が早いとかいうレベルじゃないんじゃよー!」
「なんでだよ! 話が早くて助かるだろうが!」
「早すぎるんじゃよ! 早すぎて逆にこっちの準備が出来てないんじゃよー!」
「ええいめんどくさいやつだな! よしわかった! こうしよう! 考えてみれば俺も性急すぎた! 出会いのシーンからやり直そう! で、どうすればいい!? やっぱあれか!? もうちょっとびびってたほうがいい!? 電柱の陰からこっちを見てる何かに怯えたりしたほうがいい!?」
「そういうショートコントみたいのはいらないんじゃよー!?」
「なんだと!? まだ問題があるってのか!? ──はっ、そうか! 名前だな!? そういや名前を名乗ってなかったな!? 悪い悪い! 俺の名前は新堂助! タスク様でもいいし、マイスィートダーリンでもいいぞ!? あれだ! あなた様とかあるじ様みたいな感じも燃えるな! さあどうだ! 準備万端OKだ! 来い来い、どんと来い!」
「ええい! 離せ離せ離せー!」
もがもがと暴れた女の子は、俺の拘束を解くなり「ばひゅんっ!」と10メートル以上も一気に飛び退いた。
がるると犬みたいに唸り、こちらをにらみつけてきた。
「うるさい! 誰がそんな風に呼ぶか! 貴様はタスク! 呼び捨てじゃ! それ以上でも以下でもないわい!」
「おう! 呼び捨てってのも
「ぐぐううううう……っ!? ──ええい、わらわはシロじゃ! シロ!
「シロ……!? クロスアリア……!? ──やっぱりか! とうとう来たか! 俺の推測は正しかった! しかも姫巫女とか超燃えるじゃねえか! いいよいいよ! さあ来い! 次はなんだ!?」
「ぐぐぬうううっ……!? どこまでも
シロは俺を片手で制すると、こめかみに指を当て、何者か──カヤさん? と念話を始めた。
「……なに? そうか、わかった、わか……え、なんじゃと──?」
がばっと、真剣な顔で空を見上げた。
「次は──もう、来ておる」
俺も一緒になって空を見上げた。
上空何百メートルかってところに光点が見えた。
星じゃない。衛星でもない。飛行機でもヘリでもなかった。
バスケットボール大の、まばゆい光の塊。
それは滑らかな動きで、地上すれすれまで降りて来た。
突然、音叉を叩いたような音をたてて破裂した。
「──うおあっ!?」
思わずのけぞった。
光は波のように広がった。俺の細胞の隙間を縫うように貫いて拡散した。
痛みも熱もなかった。魂に触れられるような、不思議な感覚だけを感じた。
大きくドーム状に広がり、光の幕で半径4キロほどを覆うような形で固着した。
「ドーム……状……?」
これと同じ光景に見覚えがある。
毎夜テレビ画面の向こうで繰り広げられている光景。
ドーム状に空間を覆い、丸ごとどこかの世界と置換してバトルフィールドと成す。
「まさか……これって……!?」
「ふっふっふ……。どうやら察したか。そしてようやく驚いたか。そうじゃ。『ドーム』じゃよ。これよりここは、『嫁Tueee.net』の戦場と化す。地球の文明や生態系に影響を与えぬために、空間転移のおまけ付きじゃ」
驚く俺に、シロはどや顔で説明してきた。
「な、なんだとう!?」
「ふーっふっふっふっ。驚いておるな? 面食らっておるな? そうじゃろうそうじゃろう。初めての者のリアクションとはそうでなくては。よいか? わらわはクロスアリアの代表戦士。つまりは『嫁』じゃ。タスク。そなたはわらわの契約者として選ばれた」
「け、契約者だと!?」
「そうじゃそうじゃ、その息じゃ。それが様式美というものじゃ。ふっふっふ……ふーっふっふっふっ……!」
無い胸を反らして得意がるシロ。
俺が驚いていることが、よっぽど嬉しかったのだろう。
「と、ところで、盛り上がってるとこ悪いんだが……」
「うむ、なんじゃ? なんでも言ってみい? わらわはいま、機嫌が良いのじゃ。大概のことはかなえてしんぜようぞ? ん? なんじゃ、サインでも欲しいのか?」
シロはにこにこと慈愛の笑みを崩さぬまま、俺に応えた。
「後ろ……。対戦者っぽい……人……型の何かが来てるんだが……」
「うむうむ、そうかそうか、そりゃあそうじゃろうのう……って、う……む……?」
ぎぎぃっ、とシロが錆びついた機械のようなしぐさで振り向いた──いや、振り仰いだ。
そいつはなんというか……デカくて……神々しくて……なんというか、一言でいうならば……。
「──神様じゃねえか!」
俺は絶叫した。
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