第9話泣き虫さんです

 美鈴と連絡先を交換してから俺たちは一日に数通、メールのやりとりをしていた。

内容は他愛もない話で、どんな講義をとっているか、テストの勉強はしているか、

単位はちゃんと取得できているかなどだった。

 俺は密かに、美鈴とのメールを毎日の楽しみにしていた。今まで、こんな風に

人とメールなんてしたことがなかったからだ。


 そんな日々が続いた後、ついに美鈴と会う日がやってきた。駅前の時計の前に

十一時に待ち合わせだったのだが、俺は流行る気持ちを抑えきれずに、三十分前には

到着していた。タバコを吸いながら、一分間に五回は時計を見ていたと思う。

これから美鈴に会えると思うと、緊張して吸うタバコの本数が増えていく。

足元には、無数の吸い殻が薬莢のように転がっていた。


 俺と渚が一緒にいるところを美鈴に見られてはまずいと思い、渚を俺から数メートル離れたところにあるベンチに座らせた。


 目を数十回時計に向けたときだろうか、約束の十一時になった。美鈴はまだ

現れなかった。もしかしたら電車やバスが遅れているのかもしれない。

なに、焦ることはないさ。俺はタバコに火をつけ、心を落ち着かせた。

それからは時計を見る頻度はさらに多くなっていった。気づけばもう

約束の時間から三十分たっている。まさか、と嫌な予感がした矢先、遠くから

走ってくる美鈴の姿が見えた。


「待たせてごめんね。家に忘れ物しちゃって。一応メールしたんだけど」


 俺は焦る気持ちでいっぱいで携帯にメールが届いていることに気がつかなかった。


「三十分ぐらいどうってことないさ。早速飯食いにいこう」


「うん、お店は近場のファミリーレストランでいいかな?」


「俺はどこでも大丈夫だよ」


 美鈴に連れられ、駅前にあるレストランに入った。席は駅が見渡せる窓際の席だった。

渚は俺たちから距離をとりながら同じレストランに入り、俺と美鈴の近くの席に一人で座り、ココアを注文していた。


「とりあえず、なにか食べよっか。私お腹ぺこぺこで」


「そうだな。俺はグラタンにするよ」


「決めるの早いね。もう少し迷わせてね」

 美鈴はメニューを隅から隅までじっくり見て、どれを注文するか迷っていた。

あまり早くにメニューを決めるのはよくなかったかもしれない。

こういうときは女の子に合わせるべきだっただろう。


 美鈴もようやく決めたらしく、「私も決まったから店員さん呼ぼう」と

いってきた。

店員に声をかけ、美鈴はパスタとコーヒーを、俺はグラタンとアイスコーヒー

を頼んだ。


「雨宮くんは中学を卒業してからどうしてたの?」


「普通に地元の公立校に入学したよ」


「高校生活はどうだった?」


「美鈴は俺がどんな性格なのか知ってるだろ? 中学のときと変わらずクラスで

浮いてたよ。友達も相変わらずできなかった」


「そっか……ごめんね。嫌なこと訊いちゃったかな?」


「別に事実だから嫌でもなんでもないさ」


「美鈴は高校生活どうだったんだ?」


「私は生徒会に入って生徒会長やってたかな」


「美鈴らしいよ。中学の時から面倒見はよかったし、リーダーシップもあったもんな」


「そんなことないよ。私なんて普通だよ」


「そうか」

 そんな話をしていると料理と飲み物が運ばれてきた。

料理を食べているとき、話はあまり弾まなかった。

もし、俺が真っ当な人間で、友達がいて、健全な高校生活や大学生活を

謳歌していたなら、話は盛り上がったのかもしれない。

料理を食べ終わった後も、お互い口数は少なかった。

時折、美鈴は窓の外を眺め、つまらなそうにしていた。

なんとか挽回しようとしたが、デートの経験がない俺には無理ってもんだ。

段々と沈黙の時間が増えていき、


「そろそろ帰ろっか」と美鈴が口を開いた。

 俺は、ああと返事をして店を出た。


 美鈴と別れる際、「今日は楽しかったよ。またご飯たべようね」と社交辞令を

いわれた。もう次はないと表情を見ればすぐに分かった。


「それじゃあさようなら」


「ああ、さようなら」


今日の一部始終を見ていた渚が近づいてきた。


「私たちも帰りましょう」

 家までの道のり、俺は始終無言だった。今日のデートは失敗であることは

火を見るより明らかだ。



 あのデートの日から美鈴はあまりメールを返してくれなくなり、自然と

美鈴とのメールは終わった。

 俺の心は後悔でいっぱいだった。こんなはずじゃなかった。

どうしてこうなってしまったのだろう。

デートに向けてやれるべきことは全てやった。

それなのにこの結果だ。俺は自分という人間が心底嫌になった。


 十分嘆いたところで、俺はある日、寝る前に酒を飲んだ。

今までにないくらい体に染みた。酒でしか自分を慰める方法を知らなかった。

渚はそんな俺を見つめながら、


「泣いてるんですか?」と訊いてきた。

どうやら俺は泣いているらしかった。自分の頬に手を当てると

涙が指先を濡らした。

俺は渚に涙を見られないように顔を逸らした。


「泣き虫さんですね」そういって渚は微笑んでから、


「雨宮さんの涙、半分私がもらってあげますよ」といった。


 そして渚はまるで自分のことのように一緒に泣いてくれた。



 渚は俺のために泣いてくれた。それが嬉しくて堪らなかった。

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