魔法使えないけどいいですか?

楠木尚

第1話魔法少女レンタルします

初めて魔法少女がレンタルできるという話を聞いたとき、

頭の中の記憶から引っ張りだされたものは、小学生の時に見た

魔法少女のアニメだった。

俺には姉がいて、姉はいつも日曜の朝になると魔法少女のアニメを

テレビで見ながら歓声を上げており、俺も興味本位で

横からテレビを覗きんでいた。


テレビの中の魔法少女は悪者が現れると、必ず変身して魔法を使い、

戦っていた。派手な魔法で倒されていく悪者たち。

魔法少女はいつも正義の為に戦い、人々を助けていた。


その時は魔法少女よりも戦隊ものやヒーローが好きだった。小学生の男は

大抵、魔法少女のアニメよりこちらに興味を惹かれるだろう。

変身し、ピンチになると巨大なロボットに乗って戦う正義の味方。

巨大ロボットが怪物を倒すシーンは当時、いつ見ても刺激的だった。

いつでも正義の為に戦い、人々を守るという点では、戦隊ものも、

魔法少女も同じだったんじゃないかと思う。


そして、この二つにはもう一つの共通点がある。それは両方とも、

架空の存在だということだ。


でも、俺は後に知ることになる。魔法少女は実在するということに。

ただし、俺の知る魔法少女は正義の為でも、人々を守る為にも

存在する訳ではなかった。



俺はアルバイトを二つ掛け持ちしている。

大学二年なのだからアルバイトではなく、

勉強をするべきだという事は分かっていたが、

将来の為に貯金をしておきたかった。


今の世の中は酷く不安定だ。人生がどう転ぶかは分からない。

成功するやつと失敗するやつ。勝利者と敗北者は必ず存在する。

俺はもし敗北者になってもどうにかなるよう、金を貯めることにした。

金さえあれば、人並みの人生に返り咲きする可能性を見出すことができる。


一つ目のアルバイトは深夜のコンビニだ。特にこれを選んだことに大きな

理由はない。ただ、昼間より時給はいいから深夜を選んだ。

深夜のコンビニには様々な人が訪れる。

サラリーマン風の人、スウェットにサンダルでくるカップル、

酒とつまみを買っていく中年の男、ひたすら雑誌を立ち読みし続け、何も

買わずに帰っていく人など。

昼間とは客層に大きな違いがあるだろうと思う。


深夜は昼間と違い、あまり客は多くない。当然、仕事はレジ打ちよりも

商品の棚卸しが多くなっていく。

ある日、俺がいつものように、商品の棚卸しをやっていると、アルバイトの

先輩が話しかけてきた。


「なあ、お前なんか悩んでいる顔してるぞ。なにかあったのか?」

そんな風に俺の顔は見えているんだろうか。よく、無表情だとか、

無愛想だとか、何を考えているのか分からない、といったことは

いわれてきたが、「悩みがありそう」といわれたのは初めてだった。


俺は、「特に何もありませんよ」と答えた。

それでも先輩は納得していない様子で、こういった。

「もし、だれにもいえないような悩みがあるならいい話がある。

この街には魔法少女をレンタルできる店があるんだ。

そして悩みなんて魔法ですぐに解決出来る」


「魔法少女?」俺は聞き間違いではないかの確認の意味を込めて、

そう訊き返した。


この先輩はアニメが大好きで、いつもその話を俺に聞かせる。

ついに現実と創作の違いが分からなくなるまでになってしまった

のだろうか。気持ちが分からなくはない。俺だって現実逃避を

いつだってしたいと思っているし、現実から逃げて架空の世界に

いけたらと思うこともある。


「そう、魔法少女だ。ただし魔法少女を雇うにはそれなりの金がいるらしい。

お前、アルバイト掛け持ちしてて、結構貯金あるんだろ? だったらいって

みるといい」


先輩はそういうと、地図を描いたメモを渡してくれた。

ここにあるビルにその店が入っているのだという。

俺は当然信じられなかった。魔法少女と魔法。

どちらも非現実的だ。架空のものとしか思えない。

そんなことよりも先輩の頭の方が心配だ。

他人に魔法少女がいるなんて真顔で語る彼に同情してしまう。


しかし、俺に悩みがあるということを先輩は見抜いていた。

あの時は、悩みなんてないといったが、実際にはある。

誰にもいえない深刻な悩みが。


でもそれは、誰かに相談してどうなるものではないと思う。

俺自身の問題だからだ。


俺は昔から上手く人に馴染めない性格をしていた。今でもそうだ。

クラスでは必ず浮いていた。別にいじめられていたとか、

そういったことではない。まるで存在しないかのように

扱われていたのだ。

人はみんな、自然と人と接する方法を身に着けていく。

母親や父親、兄弟、親戚、近所の子供たち。

そのような人々と接していくうちに、人とどう接すればいいのか、

どう関わればいいのか、そういったことを学んでいく。


ただ、どういうわけかそれを学ぶことが出来なかった。理由は

分からない。生まれつきそういう普通の人間には備わって然るべき

機能が存在しなかったのかもしれない。


その結果、俺はいつも一人だった。クラスに打ち解けられず、一人ぼっち。

なにかを話す相手なんて一人もいなかった。

授業で二人組みを作れと教師にいわれたときは、いつでも最後まで

余った。そして余った者同士で組む。お互いバツの悪そうな顔をしながら。

修学旅行のグループ行動では置いて行かれた。俺がいると居心地の悪い

空気になるのだろう。


それでも俺は人が嫌いではなかった。むしろ憧れていた。

友達同士で仲良く話したり、一緒に食事をしたり、遊びにいったり。

俺もいつかはそんなことがしたいと思っていた。


大人になれば変わると思っていた。自然に変わっていき、俺もみんなと

同じようになれるのだと。

でも、大人と子供に明確な境界線なんて存在してなかった。俺はいつしか

二十歳になり大人と呼ばれる年齢になった。それなのに、なにも変わらずにいた。

大人も子供も変わらないのだ。二十歳という年齢は社会的に大人になるという

一つの目安であって、急に大人になる訳じゃない。徐々に成長し大人に

なっていく。

――果たして俺はいつか大人になれる日が来るのだろうか。



深夜のアルバイトを終えて家に帰ってきた俺は、もし魔法少女が本当に

存在したら俺の悩みんて魔法で解決できるんじゃないか、

なんて事を妄想しながら眠った。




あの魔法少女の話を聞いてから数日、今日は派遣のアルバイトだった。

そこでもコンビニの先輩と同じようなことを中年の男にいわれた。


その中年の男とは今日初めて会った。派遣の仕事は基本的に毎回

違う現場に派遣される。今日は倉庫内でのピッキング作業が主な仕事だった。

そして休憩時間にたまたま隣同士で食事をする機会があったのだ。

食事をしながら男はいった。「あんた、なにか悩みがあるだろ? 

そう顔に書いてあるぜ」と。

その後、「俺にも悩みがあってな」と続いた。

そんな話をしている時に魔法少女の話になったのだ。

内容はコンビニの先輩と同じだった。ただ違う点として、この男は

実際にそのビルを訪れたらしい。

しかし、男の手持ちの金では足らず、断られたそうだ。

そして男も地図を描いて渡してくれた。「もし金があるならいってみろ」

といわれた。


世間では魔法少女が流行っているのだろうか? それにしても

こうも続けて同じ話を、接点のない二人から聞かされると、

少し信じてしまいそうになる。

結局、俺は次の休みの日にそのビルへと向かうことにした


その日は気持ちのいい秋晴れの日だった。空はだんだんと高くなって

きており、空気も澄んできている。もうすぐで冬がやってくるのだと

感じさせられた。


そのビルへは俺の家から歩いて行ける距離にあった。陽気な日中の中、

散歩がてらビルへと向かう。

途中の銀行で、ほとんどの貯金を下ろした。値段は知らないが、

派遣の男がいうに、なかなか高額だとの話だったので、とりあえず

持っていけるだけの金を用意しようと思ったからだ。

口座には結構な額が貯まっていた。


地図を片手に例のビルの前についた。どこからどう見ても普通の

オフィスビルだった。ビルは五階建てで、魔法少女がレンタル出来る

店は三階にあるらしい。

俺はビルの中へ入り、エレベーターのボタンを押した。ビルの中も特別

変わったところはなく、いたって平凡だった。もう少し怪しいビルなのかと

想像していたのだけれど。


エレベーターに乗り、三階へ。エレベーターの扉が開くと、そこも普通の

フロアだった。長い廊下があり、そこに一つだけ扉があった。

扉の前にいってみるが、看板や表札の類はなにもなかった。


本当にここがその店で合っているのだろうか、不安だったが、意を

決しドアノブに手をかけた。

店内はどこかのホテルの受付のようになっていた。小奇麗で、高級そうな

ソファーや椅子、テーブルなどが置いてあり、壁には高そうな抽象画が

飾られていた。そして中心には木製のカウンターがあり、そこに三人の

女が立っていた。


そのうちの一人の女が俺に気づき、「いらっしゃいませ」といった。

俺はその女がいるカウンターへ近づく。すると、

「お待ちしておりました、雨宮様。どうぞこちらへ」といわれた。

俺は来ることも名前も伝えていないのにどうして、俺の名前を

知っているのだろう?

まさか本当に魔法なんてものが存在するとでもいうのか。


「魔法協会へようこそいらっしゃいました。本日はどういった

ご用件でしょうか?」


「魔法少女をレンタルできると聞いたもので」


「そうでしたか。どのようなご理由でレンタルをご希望なのですか?」


「友達が欲しいんだ。魔法でどうにかして欲しいと思ってね」


「承知しました。ではまず料金システムのお話からさせて頂きます。

簡単に申し上げますと、能力の高い魔法少女ほど高額なお値段に

なっております」


「そういう話はいいよ。俺はありったけの貯金を下ろしてきたんだ。

これで雇える魔法少女なら誰でもいい」

俺はそういって、カウンターに金の入った封筒を出した。

女が金を確認している。そして、言いづらそうな表情で俺を見る。


「申し訳ございません。こちらの金額でご用意できる魔法少女はおりません」

なんてことだ。アルバイトでためた貯金二年分だぞ? これでも足りない

っていうのか。俺が思っていたよりも魔法少女を雇うには金が必要らしい。


俺は、そうかといってその場を去ろうとした。雇えないのだったらここにいても

意味がない。そのとき、


「あ、少々お時間を頂けますか? もしかしたらこちらの金額でご用意できる

魔法少女が見つかるかもしれません」

と、何か閃いたようにいわれた。


「あちらに座ってお待ち下さい」

そういうと、女は奥の部屋に入っていった。


さっきこの女は能力の高い魔法少女ほど金額も高くなるといった。

つまり、これから紹介される魔法少女はよほど能力が低いのかもしれない。

だが、俺の願いは友達を作ることだ。偉くなりたいとか、大金持ちになりたい

とか、そんな大層な願いじゃない。例え能力が低くても、それぐらいの

願いなら叶えてくれるだろう。


俺はいわれたままに近くのソファーに腰掛け、待つ事にした。ポケットからタバコ

を取り出して吸おうとしたが、灰皿らしきものは見当たらなかった。代わりに

見つかったものは「禁煙」の二文字。

俺は嘆息も漏らし、大人しく待っていることにした。

待っている間、客と思われるような人間が何人かこの店――魔法協会とやらを

尋ねてきていた。

中年太りしていて、高級そうなスーツや腕時計を身につけた男。男はカウンター

で話をし、満足そうに帰っていった。

次に現れたのはいかにも冴えない顔をした男だった。その男はカウンターで少し

話をし、無念の表情を残し去っていった。きっと、男の金じゃ足りなかった

のだろう。ここでも勝利者と敗北者の差を見せつけられた気がした。


三十分ほど待っても呼ばれないので、俺はカウンターに行き、後どれくらいかかりそう

なのか訊いた。答えは「まだ分かりません」とのこと。

俺は外でタバコを吸ってくるといい残し、ビルから外にでた。


外は夕暮れで赤く染まっており、木も、建物も、電柱も、道を行き交う人々も赤く

染まっていた。

道をぶらぶらしていると、近くに公園があった。公園なら喫煙所があるかもしれない。


なかなか広い公園だった。真ん中には大きな噴水があり、黙々と水を垂れ流して

いた。端の方には遊具があり、小さい子供たちがはしゃいで遊んでいる。

小さな女の子が魔法少女ごっこをしていた。変身シーンをやってみたり

魔法で適役の男の子をやっつけていたりした。

やはり魔法少女っていうのはあんな感じで変身したり、魔法を唱えたりするのだろうか。

悲鳴にも似た子供たちの歓声が聞こえてくる。

自分の子供時代を思い出す。しかし、俺には他の子供たちと遊んだ記憶なんてなかった。

昔から孤独だった。人との接し方が分からないまま二十歳という年齢を

迎えてしまった。


俺は隅の方にあった小さな喫煙所に行き、タバコにオイルライターで火をつけた。

オイルがもうあまりないのか、何回かフリントを擦らなければ火がつかなかった。

家に帰ったらオイルをいれないとな、そう心の中で呟く。

二本目のタバコの火を設置型の灰皿で揉み消すと、俺は魔法協会があるビルへと

戻った。時間は十分に潰した。そろそろ呼ばれていてもおかしくはないだろう。


魔法協会へと続く扉を開けると、先ほどの受付の女が戻ってきていた。

俺の顔を見て、「お待ちしておりました」といった。


「雨宮様のご提示された金額でご用意できる魔法少女が見つかりました」

そういうと、女は奥の部屋へ向かって誰かを呼んだ。

呼ばれて部屋から出てきたのは少女だった。見た目から察するに、

歳は十六から十八ぐらいだろうか。


「こちらがご用意させて頂きました魔法少女の、渚でございます。ただ、一点

問題がございまして……」

女はそういいながら少女の方を見る。すると少女はうんざりした顔でこういった。


「魔法使えないけどいいですか?」


俺は魔法少女を雇おうとしたはずだ。それなのに出てきたのは魔法が使えない

魔法少女? どういうことだ? 俺は馬鹿にされているのだろうか。


「この子は魔法がまだ使えないのですが、魔法少女の素質を持っている為、

一応魔法少女です。いかがでしょうか? 魔法は使えませんが雑用など様々な

事にご利用頂けます」


「ああ、この子でいいよ」

魔法少女という非現実的な存在に触れたせいか、感覚が麻痺していたのだと思う。

それにどうせ俺の金ではまともな魔法少女が雇えないことを知っていたから、

そうぶっきらぼうに答えた。


「ありがとうございます。ではこれからご契約についての詳しい

ご説明をさせて頂きたいと思います。まず、レンタルできる期間は

明日からの三か月間になります。

また、魔法少女を雇えるのは人生で一度きりです――」

俺は説明を適当に聞いた。こういう面倒な話は苦手だ。


こうして俺は、魔法が使えない魔法少女の渚に出会った。

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