[5]
モーガンは3人を次々と引き揚げた。教会の外に出ると、強烈な日差しに眼がくらむ。
「こりゃあ、ずいぶんこっぴどくやられたもんだ!」
モーガンがギデオンの耳を見て言った。
「首から上の傷は出血しやすいんだ」
ギデオンはハンカチを取り出して耳を押さえた。シャツの肩のあたりがぐっしょりと赤黒く染まっている。
「で、何か見つかったのか?」
ギデオンはモーガンをじっと見据えた。
「あんた、隠し事をしてるな」
「へ?何のことで?」
「誰かがすでに教会の中に入ったような痕跡があった。それもごく最近だ」
「何の話か、さっぱり分からねぇな」
モーガンはシラを切った。指が無意識に顔の腫れ物をさわっている。
「十字架がここ2か月の間に折られてる。誰かが中に入ったとしか思えない。何を隠してるんだ?」
モーガンはギデオンを睨み返した。やがて指を腫れ物に当てたまま、眼をそらした。
「俺はただ、クーベリックの言った通りにしただけだぜ」
「クーベリック?」
「あんたが来る前にここにいた考古学者だよ。このドームを掘り起こしたヤツさ。あいつはこの屋根が開くのを知って、ちょいと中を覗いてみたくなったわけだ。誰にも内緒でね」
「それで?」
「ある晩、やっこさんは俺とここに来たわけだ。薄気味悪い晩だったぜ。屋根を開けると、中から風が吹き付けてきやがってな。クーベリックは2、3時間なかに入ってたよ。引き揚げてやったら、俺にも入りたいかって聞きやがるから、こんなとこいくら金を貰っても御免だって言ったのさ。クーベリックはあと2回、入ったよ。どっちも夜だった。とにかく誰にも言うなって、口止めされたんだ」
「中で見つけた物について、クーベリックは目録か何かつけたのか?」
「知らないね」
「ムティカは?」
ムティカはすかさず首を横に振った。
「そのクーベリックは今、どこにいる?会って話がしたい」
「それは無理です」ムティカは言った。
ギデオンは眉をつり上げた。
「なぜ?」
「狂ってしまったからです」
ギデオンは次第に苛立ちを募らせながら言った。
「じゃあ、クーベリックの持ち物はどこにあるんだ?」
「テントにあります。あっちです」
ムティカが指さした。
クーベリックのテントはボロボロになって、風にはためいていた。両側は広がってつぶれていたが、トラックほどの広さがある大きなテントだ。ギデオンはテントの結び目に手を伸ばした。耳の出血はようやく落ち着いてきた。アンとモーガンには他の仕事を命じてある。アンは仏頂面を浮かべたが、モーガンはいそいそと従った。
「クーベリックが倒れてから、誰も入ってないのか?」
「みんな、迷信深いんです」
「君は?」
「私は違う。賢いだけ」
ムティカは頭を軽くたたいてみせた。
最後の結び目を解き、ギデオンは垂れ幕を上げて中に入った。テントの中はすさまじい散らかりようだった。書類棚はまるで爆発した後のようだ。折りたたみ式のテーブルと椅子が乱雑に置かれ、そこら中に書類が散乱している。隅には丸まった毛布がのった簡易ベッドと机があった。
机に歩み寄ったギデオンは息を呑んだ。机の上に散らばった紙に、悪魔の絵が描かれていた。何十もの悪魔がいる。山羊の角が生えた者。触手を持った者。毛穴からドロドロの粘液を垂れ流している者。女を犯している者。男色にふける者。子どもを食っている者。そして、その真ん中に、ピジクスの拓本に描かれた悪魔がいた。
傷ついた耳がズキズキと疼き始めた。悪魔の絵に手を伸ばす。紙に触れた途端、指先に鋭い痛みが走った。ギデオンは思わず手を引っ込める。ひと差し指の腹が切れていた。血が滴って、悪魔の上に落ちた。ギデオンは顔をしかめた。慎重に紙を持ち上げる。紙の下にガラスの破片が散らばっていた。
「ムティカ、そのクーベリックはどこに・・・」
急に、ギデオンはそばに誰もいないことに気づいた。
「ムティカ!」
垂れ幕からムティカの顔が覗いた。
「はい?」
「クーベリックは今、どこにいるんだ?」
ムティカは部屋の惨状に顔をしかめた。
「エヴァソのサナトリウムです」
「会って話がしたいんだ。いろいろ・・・」
ギデオンの眼が何かに引きつけられる。おそるおそるテントの天井を見上げる。ギデオンの視線の先を追ったムティカはショックで眼を見開いた。
天井は端から端まで赤茶色の奇怪な記号で埋め尽くされていた。風がカンバス地を揺らし、記号が蛇の巣のようにのたくった。ギデオンの背中に冷たいものが流れた。
「クーベリックが去って、どのくらいになる?」
「数週間です」ムティカの声は震えている。「私がエヴァソへ連れて行ったんです。そこでグレインジャー少佐から、あなたが後任で来ると聞きました」
「クーベリックは古代語の専門家だったのか?」
「さぁ。なぜです?」
「あそこに書かれてるのは、ウルガタ語だ。儀典書の原本に使われてる古代語だ」
「何て・・・書かれてるんですか?」
ムティカの顔に恐怖がよぎる。
「『堕ちし者、やがて血の河に甦る』」
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