第7話 若き騎士の煩悩
「んっ、んん⋯⋯」
起き上がり目をこする。
もう朝なんだ⋯⋯。昨日の晩はひどく冷えて、体を丸めて寝ていたので背骨がひどく痛い。(なんでも砂漠は夜が一番冷えるらしい)
そんな痛手を負った背中を労り軽く伸びをする。
「あれ?ロイは⋯⋯」
まだぼんやりとした頭を抱えながら隣を見やればそこにいたはずのロイくんはいなくなっていた。
どこに行ったんだろう⋯⋯。
目の前にある焚き火の燃えかすをつつきながらロイの帰りを待とうとする。
しかし⋯⋯
「お前、何者だ!」
「え?⋯⋯」
威勢のいい幼い声に振り向けば、身の丈半分程の木の棒を持った、まだ八歳くらいの少年がいてこちらを強く睨みつけている。
「あ、えと、ごめんね!こんなところで焚き火しちゃって」
一応国の端の目立たない場所なのだが、やはり自国で勝手に焚き火をされたら八歳の少年だって怒るものなのだろう。
生まれて十七年、他国という存在を知らずに生きてきた私にはよくわからない感覚だ。
「お前、イテイル人か?」
「イテイル人?違うよ。私は」
「なーんだ。つまんねえの。そしたらお前ただの変人じゃん」
「は、はあ?君ねえ、年上の人には」
「じゃあな、おばさん」
そういうと意気揚々とした様子で去っていく男の子。何あの子⋯⋯。
でも、あの子みたいに私をイテイル人?だと思って敵対視する人もいるかもしれないし、はやくロイを探してこの国を出た方が良さそう。
そう思った私は早々に焚き火の跡を片付けるとロイを探すため歩きだした⋯⋯。
昨日この国へ来た時は人の気配が一切しなかったけれど、ナナミ達が去って安全だとわかったのか今日は多くの住人が外に出ている。活気溢れる商人の街、という感じだ。しかし、見た感じ外に出ているのは少数の人でほとんどの人はまだ警戒して家にこもっている様子だ。今以上に活気が溢れる国、それが本来のこの国の姿なのであろう。
川沿いを歩きながらロイをさがしていると、それらしき青年が川辺で女の人と話しているのを発見する。
やっとロイを見つけ、ためらうことなく駆け出す私。
「ロイーー!⋯⋯」
「きゃー、ロイ様素敵!たくましい筋肉ね」
「ほんと、ほんと!さすがはお国の騎士様ですね」
「⋯⋯⋯⋯」
自分でもわかるくらいのひどく冷めた目をしてロイと、ロイにキャーキャーいってるお姉さん方を見つめる。
かなり至近距離にいるのに、ロイの瞳には綺麗なお姉さん方しかはいっていないようでこちらを見る気配もない。
その上私の声すらシャットダウンされているようだ。
「そんなことねえよ。それより、これ、ありがとな」
そういうロイが手にしているのは昨日私の鼻血を止めるために使った衣服。どうやら、このお姉さん方に洗ってもらったらしい。
元を辿れば私が原因な訳だし仕方ないか。
「ロイ様、ずっとここにいてよお」
ロイ様のたくましい筋肉、とやらに夢中なお姉さん方は、衣服を脱いでいて無防備な状態の胸板にべたべた触りまくる。
そしてまんざらでもない様子のロイくん。鼻の下が伸びきっている。
「ごめんな。俺、もう行かなきゃいけなくてさ」
「ええ〜、そんなあ」
そういって渋る女の人にデレっとした表情をみせるロイくん。
痺れを切らした私は大声で
「ロイ!!はやく行くよ!!」
という。
しかし、それもまたお姉さん方の声と重なりシャットアウトされてしまう。
「じゃあ、たまにでいいから遊びにきてねえ」
「楽しみに待ってるわ」
二人のお姉さん方にそういわれると
「おう!」
と若干にやけながらいって衣服を身にまとい鎧をつけるロイ。
「じゃ」
そういって右手をあげかっこよさげに去るロイにお姉さん方はキャーと黄色い悲鳴をあげる。
「やあ、こんにちは、ロイくん」
お姉さん方を気にして目の前に私がいることに今頃気づいたらしいロイは驚きで目を見開く。
しかしすぐに
「おはよ。起きてたんだな」
などという。悪びれる様子など、一切なく。
「名前呼んでたんだけど。」
「そうなのか?全然気づかなかったわ。すまんすまん」
「⋯⋯⋯⋯」
気づくと足が出ていた。意図的に、というよりかは、反射的に⋯⋯
「う、うわあぁぁっ!」
いくら普段鍛錬を重ねる騎士殿でも、不意打ちの蹴りには対応できなかったらしく川に落ちていく。
まあ、その後ロイの不機嫌がなおらなかったのは予想できる話、だよね⋯⋯。
「おいおい、どうしたんだよ、そんな拗ねた顔して」
「⋯⋯⋯⋯」
ぶすーっとして友人バークスの言葉を無視している俺はロイ・バードナー。
このゴウネルス王国の守備を一任されている星鎖の騎士団の一員、という決まりきった自己紹介はおいといて⋯⋯
「ご主人様と何かあったか?」
「⋯⋯⋯⋯っ」
「図星だな。お前ってほんとわかりやすいわ」
そういって大口あけて笑うバークスを冷めた目で見ながら内心ため息をつく。
本当に、なんなんだ、あいつは⋯⋯
「川に⋯⋯突き落とされた」
正直にそう白状すると吹き出すバークス。
「おまっ!笑うな」
「だ、だってよ⋯⋯くく。お前、何したんだよ」
「何もしてねえよ」
そう、確かに俺はなんら悪いことなどしていないのだ。だというのに、あいつは俺を、あろうことか川に突き落とした。あの後謝ってはきたがそれで俺が川に落ちたという事実が変わるわけではない。
衣服を洗ってくれたお姉さん方にも笑われ、そこら辺のガキンチョにまで笑われ、もう散々だった。
第一あいつは魔道士であるはずなのに感情が高ぶるとすぐに手や足がでるのだ。
ん?これってパワハラとして訴えられるんじゃ?⋯⋯なんて思っていると、やっと笑いがひいたバークスが目に溜まった涙をぬぐいとりながら
「まあ、ロイくんお子ちゃまだからねえ。ロイくんがそう思ってるだけでまた女の子に失言しちゃったんじゃない?エミリちゃんの時みたいに」
という。
「⋯⋯⋯⋯そういえば、エミリに会った」
「え!?まだ逢引してたのっ!?おじさん、驚き」
ふざけた口調でそういうバークスを張り倒したいという欲求を抑え込み口をひらく。
「リィンの幼なじみのナナミってやつの護衛兵やってたんだよ。それで⋯⋯」
「「ロイくんはやっぱりこういう若い子が好きなのね。ムカつく」とでも言われたか?」
ニヤニヤしながらそうだすねてくるバークスに苦笑しながら「ああ、そうだよ」と答える。
「でも、ほんと、お前ってもったいないよなあ」
「なにがだよ」
「結構モテんのによー。ある一定まで期待させといてそれをいきなりぶち壊しちまうからな。だからお前はいつまで経っても騎士のまんま。お姫様の手をとる王子様にはなれんのよ」
よくわからない理屈をいうと昼間からビールを飲むバークス。
このバークスという男は自分で「俺の血は酒だ」と自負するほどの酒豪で、水と同じ感覚で酒を煽る。
だから、これから訓練があるから酒は控えようとかそんな気は一切ない。
先程のバークスの会話に出てきた少女、エミリ。
イテイル帝国皇族に代々仕える由緒ある一族の末裔で、槍術使いの一見気の弱そうな少女。
彼女とは俺がリィンと同じくらいの年の時にお付き合いしたことがある。
ゴウネルスとイテイルはたとえ停戦協定を結んでいても仲は良好ではなかったので、いつも逢引という形で、一目を避けて会っていた。
それが余計恋を盛り上がらせたのかもしれないし、若毛の至だったのかもしれない。
とにもかくにも何度も逢引を重ねた俺達だけど、三年程して別れた。
俺が「別れよう」と切り出した時の彼女は今にも消えいってしまいそうでたとえもう気持ちがなくても付き合っていた方がいいのでは?とさえ思った。
しかし、その日を過ぎると仕事上の都合で顔を合わせる度に、耐えきれなくなるくらいの鋭い瞳を向けたり嫌味をいうようになった。
その時から女は怖いものだ、と思っていたが⋯⋯。
俺の軽率な行動のせい⋯⋯なのだろうか。
しかし、軽率な行動をとった記憶がない。
「なら、俺は騎士でいいよ。別に王子様になんかなりたくねーし」
「そんなこといってるとサァヤ様とくっつけないぞ、ロイくん」
「ぶっ」
思わず飲んでいたお茶を吹き出す。
「なんだ、お前、まーた変な妄想しちゃったのか」
くつくつと笑いながらそういってくるバークス。
俺は口元を拭うと
「なわけねえだろ、ばーか!行くぞ!」
という。
まだ鐘も鳴っていないが、食べ終えたカレー定食をカウンターにおき、バークスから逃げるように宿舎の外へでる。
サァヤ様とくっつく⋯⋯。
なんて分不相応な⋯⋯
それに、サァヤ様のことが好きなわけでもないのに、バークスのやつの勘違いはいつになったら訂正されるのやら⋯⋯
「ロイくん、大好きだよ」
頭の中で再生されるサァヤ様の声。
腕を絡めてきてニコリと微笑むサァヤ様の姿。
「か、可愛い⋯⋯って何考えてだ、俺はーーーーっ!!」
そんな俺の叫びがあたりにこだまし⋯⋯。
その後バークスにからかわれたのは、まあ、言うまでもない話⋯⋯。
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