第20話 高原での戦い(2)
アントライオン
そして、上空から私達に向けて急降下を開始します。
「避けろーーっ!!」
「うわぁぁあああ!!」
その場にいた騎士団は為す術も無く吹き飛びました。
魔物は低い姿勢を取ると、今度は顎を使って薙ぎ払いを仕掛けてきます。
「【ブレイジング】!」
「【ファイヤーボール】!」
魔道士隊は魔法で応戦しますが、魔物は魔法が届く前に上昇し軽々とこれを避けてしまいます。
「まさか、アントライオンがこの魔物へ羽化するなんて……!」
「メアリ様、この魔物をご存じなのですか!?」
「“グランドヘルメス”────中級以上の冒険者数人でも苦戦する厄介な魔物よ……」
グランドヘルメス……アントライオンの顎と自在に飛び回る翅を持つその魔物は、私達をあざ笑うかのような鳴き声を発しながら上空を旋回し続けます。
メアリ様は上空へ向け杖を構えました。でも、旋回を続ける魔物には照準が合わさりません。
なんとかサポートしようと魔道士隊は魔物へ向けて魔法を放ち続けます。
私もフレアアローを連発し、グランドヘルメスの足止めを狙います。
連続的に放たれる魔法に、魔物の旋回運動が止まりました。
「受けなさい!【ボルテクス・インフェルノ】!!」
上空で停滞する魔物へ向け、上級の火炎魔法は轟音を立てながら突き進みます。
「ギシェエエエ!!」
グランドヘルメスは避ける様子も無く、その奇妙な形をした翅を大きく広げました。
魔物の前方に、巨大な魔法陣が出現します。
その魔法陣からは巨大な竜巻が出現し、目前まで迫っていた上級火炎魔法を飲み込みました。
「そ、そんな……何であの魔物が魔法を!?」
メアリ様は苦悶の表情を浮かべました。
ここまで上級魔法を連発してきた反動で、魔力が既に尽きかけてしまっているのです。
「ギガァアアア!!」
グランドヘルメスが叫ぶと、上級魔法を吸い込んだ竜巻がこちらへと進み始めました。
「まずい、全員この場から逃げろ!!」
ロデオ様が叫びました。
竜巻は魔法だけでなく、進みながら周りの岩や砂も巻き込んで巨大化していきます。
周囲には、稲光も生じ始めました。
そんな巨大な竜巻に巻き込まれてしまっては、私達も無事ではいられません。
「メアリ様、私に掴まって下さい!」
「こんな……はずじゃ無かったのに……!」
私は、疲弊したメアリ様を連れて走りました。
竜巻の進行速度は思いのほか早く、このままでは全員炎の渦巻く竜巻に飲み込まれてしまいます。
ロデオ様には使うなと言われていました……でも、今はそんなこと言っていられません。
私は意を決し、指輪を付けた左腕を前に伸ばしました。
──その時です。
私とメアリ様の前に、安全な場所に隠れていたはずのデミアントが現れました。
「何をしてるの……!? あなたも早く逃げて!!」
私の叫び声にデミアントはこちらを見ると、すぐ前に向き直りました。
二本の足でしっかりと立ち、竜巻に向けて四本の腕を大きく広げます。
すると、その足元から巨大な土の壁が生成され始めました。
その大きさは、こちらへ迫ってくる竜巻を阻めるほどの大きさまで広がって行きます。
デミアントは、そのまま竜巻を受け止める気のようです。
私が止める間もなく、竜巻はもうすぐそこまで迫っていました。
「デミアント! 逃げて……!!」
私はデミアントへ向けて手を伸ばしましたが、間に合いそうもありません。
ついに竜巻と土の壁は衝突しました。
辺りに大きな音を響かせ、衝撃波が発生します。
やがて、竜巻と壁はお互いを打ち消しあい消滅しました。
私達は吹き飛ばされはしたものの、被害は軽微で済みました。
ですが、壁の前に立ち、その衝撃を真正面から受けてしまったデミアントは──。
「しっかり! しっかりしてください!!」
私は倒れていたデミアントを抱きかかえました。
その細い腕や脚の関節は、あちこち折れてしまっています。
受けたダメージは深刻のようで、デミアントは私の腕の中で僅かに動くだけでした。
「すぐに……すぐに回復魔法を掛けますから!」
私はデミアントに、中級の回復魔法に加護を乗せた【デオヒーリング】を掛けました。
表面の傷はある程度回復しましたが、デミアントの容態にはあまり変化が見られません。
もう、上級回復魔法で無いと救えない……。
俯き悲しむ私に、デミアントは優しく触覚で腕を撫でてきました。
まだ僅かにですが、その目には光が灯っています。
ですが、このままでは……この心優しいデミアントは死んでしまいます。
「デミアント……まさか、我々を救おうとするなんて……」
ロデオ様は、片方の手で顔を覆いながら呟きました。
「あなたを死なせはしない……ロデオ様! お願いです……私に許可をください!」
「リズ……」
「早くしないと……手遅れになってしまいます!」
「……わかった。許可する」
デミアント……絶対に助けてみせます。
私は胸の首飾りへ手を添え、水を司る精霊の名を叫びました。
「──【カペルキュモス】」
目の前に眩しい光が生じ、魔力が吸い取られていきます。
光は収縮し、穏やかな表情の女性を形成していきました。
『優しき主よ。貴女の望みを叶えましょう』
精霊は、慈悲深い表情で私を見つめてきました。
「お願い……あなたの癒しの力で、このデミアントを救ってください!」
『わかりました。全力でこの者を救いましょう』
彼女のかざした手のひらから光が発生しました。
その光は、まるで柔らかな膜のようにデミアントを覆いました。
デミアントの表情が、少し和らいだような気がします。
「ギシャシャシャ!!」
上空では相変わらず、グランドヘルメスが旋回を続けています。
不気味な笑い声にも聞こえる鳴き声が、高原に響き渡りました。
「……許さない」
私達をあざ笑うかのような魔物の姿に、激しい怒りのような感情が沸いてきました。
人や無害な生物に害を為し、美しかったはずの高原をこのように変えてしまった悪魔は、ここで絶対に倒しておかなくてはなりません。
「──【エプリクス】」
左腕を伸ばし、火の化身の名前を呼びました。
私の呼び掛けに、指輪からは炎を纏ったトカゲの精霊が姿を現しました。
『主よ、お前の為に力を振るおう』
エプリクスの纏う炎は、私の感情を現すように真っ赤に燃え盛っています。
「エプリクス、あの悪魔を倒します。協力してください」
『容易い御用だ』
私とエプリクスは、上空を飛ぶ悪魔を見据えます。
グランドヘルメスは、こちらに向かって魔法による風の刃を放ってきました。
エプリクスはそれを尾で薙ぎ払い、口から巨大な炎の渦を放ちました。
炎の渦は、避けようとしたグランドヘルメスの、四枚ある翅のうち二枚を燃やしました。
「ガァアアア!?」
翅を失い、バランスを崩した魔物の飛行速度は目に見えて落ちています。
「こんな程度では済ませません……あなたは必ず、私達が倒します!」
翼力の低下したグランドヘルメスは、飛ぶのをやめて高原の大地へと降り立ちました。
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