働きアリだった私は、異世界の人間の町娘へ転生しました。
てぃろろ
本編
第1話 人間に生まれ変わりました
私はアリです。
たくさんいる働きアリの中の一匹です。
女王様と、これから誕生する兄弟姉妹の為に、毎日一生懸命働きました。
雨の日も、風の日も、雪の日も、雹の日も。
私達は、休むことなく働き続けました。
ある日、仲間の働きアリが一匹死にました。
仲間達とせっせと運びます。
そして、私達はその死骸を、巣から離れた場所へと棄てました。
翌日も、仲間の働きアリが一匹死にました。
人間に踏まれたからです。
再び仲間達と、せっせと運びます。
そんな日々を過ごしてきました。
草も木も、静まり返った夜のことです。
ふと外から、綺麗な音色が聞こえてきました。
何の音でしょう?
草の陰からその音のする場所を覗き込むと、一匹のコオロギさんが音色を奏でていました。
『やあ、アリさん。私は旅人の名も無いコオロギ』
コオロギさんは音色を奏でながら、私に話し掛けました。
『今夜は満月が綺麗だ。そうだ、君に一つ、お話を聞かせてあげようか?』
コオロギさんはそう言うと、私に人間の世界に伝わる童話を聞かせてくれました。
そのお話は、とても面白く、私はコオロギさんのお話に夢中になりました。
人間とは怖い存在だとばかり思っていましたが、コオロギさんのお話を聞いているうちに、私のそんな人間に対する先入観も変わって行きました。
コオロギさんの奏でる音色も綺麗です。
いつしか、コオロギさんのしてくれるお話は、仕事を終えた後の、私の楽しみになっていました。
◆◇◆◇
ある日のこと、私は森の中で、弱って倒れている仲間を見つけました。
このままでは死んでしまうでしょう。
でも、巣へ連れ帰って休ませれば、また元気になるかもしれません。
助けよう、そう思って仲間の下へ向かった私を、すり鉢状の流砂は吸いこんで行きました。
深い深い流砂の底。
足が全く動きません。
触角は少しだけ動きました。
ああ、そうか、もう私の足は無いんだ。
私の首から下は、砂の底に居た悪魔に食べられてしまいました。
残念です。
助けたかった仲間も、結局、悪魔に殺されてしまいました。
私も間もなく死を迎えるのでしょう。
最期までお役に立てずに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
意識が薄れてゆくのを感じます。
この世に生を受けた日のことを思い出していました。
卵から生まれたばかりの私を、女王様は優しく運んでくれました。
あの時の女王様の慈愛に溢れた表情を、私は覚えています。
優しくて、逞しくて、美しい女王様。
私は、この方を守るために生まれてきたんだ。
女王様の為に働くことは、私の生き甲斐でした。
もしも願いが叶うなら、最期に女王様の下に行きたい。
今まで頑張りましたねと褒めてもらいたい。
今まで死んでいった仲間達も、こんなことを思っていたのでしょうか。
それは、わかりません。
大きな影が迫り、私に大きな牙が迫ります。
そして、かろうじて残っていた私の意識ごとその牙に砕かれてしまいました。
◇◆◇◆
なんと言うことでしょう。
気が付くと、私は人間の家の中に居ました。
たしか、私は悪魔に食べられてしまったはずです。
では、ここは一体どこなのでしょう?
「さあ、お食事の時間よ」
大きな人間が迫ります。
このままでは踏まれてしまいます。
よくわかりませんが、せっかく助かったこの命。ここで無駄にしたくはありません。
早く巣へ戻って、女王様、兄弟姉妹たちの為に働かなくては。
「どうしたの? 怯えているの?」
人間は私に話し掛けます。
何を言っているのかよくわかりません。
それが余計に私に恐怖を与えます。
人間と言えば、私達にとってはあの恐ろしい悪魔以上の敵です。
その巨体で仲間は何匹も犠牲になったのです。
コオロギさんのお話に出てくる人間は好きです。
でも、やはり、実物の人間は怖いのです。
「しょうがない子ね……」
人間は私を掴もうとします。
怖いです。助けてください。その願いもむなしく、私は捕らえられてしまいました。
そこで、私はある違和感に気付きました。
人間の大きさって……このくらいでしたっけ?
大きいと言っても、私の記憶にあった大きさよりも小さく見えます。
これでは私を踏み潰すにしても、一回では無理でしょう。
そうだ、牙で噛みつけば! ……あれ?
牙がありません。代わりに自由に開閉できる何かがそこにあります。
「ふふっ、何を面白い顔してるのかな?」
人間が笑います。私を見て笑ったのでしょうか?
このように捕らえられたままでは、逃げることもかないません。
手足をジタバタさせます。最後の抵抗です。
「こら、暴れたら危ないでしょ?」
あれ? 私の手……おかしいです。まるで人間のような手をしています。
足も二本しか見当たりません。
これではまるで、私が人間みたいじゃないですか。
「リズはお転婆だな」
「貴方に似たのよ」
「君にだろ?」
大きな人間が増えました。絶体絶命のピンチです。
どういうわけか、私は小さな人間になってしまったようです。
そういえば、旅人のコオロギさんから小人の話を聞いたような覚えがあります。
きっと私はそれになってしまったのです。
「何を怖がっているのか分からないけど、安心して。 私は貴女のお母さんよ」
お母さん?
人間の表情は、あの日の
この人間は、敵では無いようです。私は抵抗するのをやめます。
────ああ、お母さんか。
お母さんは私を胸元に抱き、歌を歌ってくれました。
どうやら私は、この人間の子供として生まれ変わったようです。
悲しいです。
この人間を見ていると、
それが何故かわからないのですが、悲しいのです。
涙が出ました。声も出ました。そして、私の泣き声が室内に響き渡りました。
「あら? オムツかしら?」
お母さんは、私の面倒を一生懸命に見てくれます。もう一人の人間は、困ったような顔で私を見ています。
私はアリでは無くなりました。
私は人間となったのです。
人間の体は、思いのほか窮屈で動き辛い形をしています。
今はお母さんがこうして見てくれていますが、私一人では動けそうもありません。
この先、一体どうなってしまうのでしょう。
初めての人間の生活は、不安でいっぱいです。
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