第16話 ルシュウ宿を去る1

「ふんっ。あれは金次第で役に立つ奴だ」

 ガルムは酒場の入り口で首を傾げるルトに言った。奴とは、ガルムから金をせびり取った酒場の主人のことである。ガルムは手兵を集めるつもりなのだが、何分、新参者であり、腕の立つ男たちの情報に疎い。あの老人なら金を積めば何か教えてくれるだろうと考えたのである。ガルムはルトと酒場に踏み込んで主人に声をかけた。

「ご主人」

 酒場の主人はふぉっふぉっと口の中に隠る声を上げ、その笑い声を言葉に変えた。

「お客人、無事に帰って来なさったようだな、兵隊に引っ張られたと聞いて、心配していたのだよ」

(お前が、きっかけじゃねぇか)

 ルトはそう考えたが、口には出さなかった。

「うむ。ワシは運に恵まれている故にな」

 ガルムは短く言い、老人の前にチムガから受け取った貨幣を一枚置いた。

「ご老人、このガヤン・ガルム、兵を養いとうなり申した」

「ふぉっ、面白い人じゃ」

 老人は貨幣に手を伸ばし、ガルムは取られないよう貨幣を引っ込めた。

「このガヤン・ガルムの兵である。先ずは腕っぷしの強い者。この辺りにご老人のお目にかなう者は居らぬか?」

 ガルムは二枚目の貨幣を積んだ。

「この老いぼれではまずかろう、何人?」

「そうさな、」

 ガルムは考える振りをし、少し間をおいて断言した。

「先ずは五十人」

(またか、)とルトは思った。

 彼の親方は領主から金を得はしたが、人間の頭数に変換すれば、十人を一カ月雇うに足りぬ額だろう。酒場の主人はガルムの財産など斟酌しない様子で言った。

「心当たりがある。ただ、たった今という訳には行かぬ。明日まで待てるか?」

 ガルムはその返事に積み上げた二枚の金貨のうち一枚を渡した。老人は続けた。

「ただ、お眼にかなうかどうかは、お客人が判断するがよろしかろうよ」

 ガルムは残りの一枚を老人の手に握らせて商談は成立した。老人は思い出したように言った。

「二階の隅で、昨日の面白い小僧が、お二人を待っておるよ」


 二人が部屋に入ると、ルシュウが矢を目の前で水平にし、機嫌良く眺めていた。子供が買い与えられた玩具を楽しむ手つきだった。そして、ルシュウが傍らに置いている弓は今朝方まで無かった物だ。ガルムはルシュウが無駄使いでもしおったかと考えた。

「その弓はどうした。金はちゃんと払ったのか?」

 ルシュウは機嫌良く答えた。

「オレ、金払わない。これ、『持って行け』」

 意味が良く分からないが、もとよりガルムに深く詮索する気はない。今、彼の頭は自身を如何に高禄で領主に売りつけるかということで一杯なのである。領主にガルムの威厳を高めて見せるには、人数は多ければ多いほど良い。彼は家来の数を考えた。

ルトがガルムの耳元で囁いた。

「親方」

 ガルムはその言葉を訂正した。

「師匠と呼ぶのだ」

 ルトはそんな言葉に構わずに言った。

「親方、サクサ・マルカへ行く話はどうなった。ルシュウをどうするんだ?」

 その視線の先にルシュウの姿がある。彼らはルシュウをサクサ・マルカに連れてゆくガイドとして、ここまでの多額の旅費を二人の小使銭を含めて出させた。そして、昨夜、この土地で金の小粒と両替した貨幣は盗まれたが、その残りの金の小粒は今もガルムの背負い袋に革袋に収められてある。その財産は厳密に言えばガイド料である。彼らがここで仕官するとすれば、ルシュウをサクサ・マルカまで案内する事が出来ないのである。

 ガルムは、ふむっと考える素振りをし、ルシュウに向き直って言った。

「ルシュウ、我らと来るか、さすればチムガ様とお目通りさせて、館の小間使い程度の仕事は与えてやる。それとも、一人でサクサ・マルカへ行くか?」

 ガルムはどちらかをルシュウに選択せよというのである。

「チムガ、何?」

 そんなルシュウの質問に、ガルムはチムガ様とは重要な方だと言った、自分達はその大事な方を助けねばならぬという。ルシュウは少し悩み、ルトに救いを求めるように尋ねた。

「ルト、チムガ行く?」

 ルトはうなづいた。今まで運命に身を任せてガルムに付き従ってきた、一人で人生を決める決心は未だ無い。そんなルトにルシュウは黙り、やがて、残念そうに言った。

「ガルム、チムガ行く。ルト、チムガ行く。オレ、サクサ・マルカ行く」

 ルシュウは断言したが、やや考えて付け加えた。

「でも、明日、ここいる」

 最後につけ加えたのは、明日一日、もう一度、ネッタの区画の長老たちに会いに行こうと考えたのかも知れないが、ガルムらにはそんな事情はどうでも良い。そのまま、言葉は途切れ、眠るまで三人は何も話をしなかった。


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