第8話 その八

 僕は磐神武彦。高校二年。


 最近、生活に劇的な変化が訪れた。


 幼馴染でクラスメートの都坂亜希さんと付き合うことになった。


 しかも、彼女に告白されてである。


 確かに昔から可愛かったし、小学生の頃は一緒にお風呂に入ったりした仲だった。


 でも、中学生になってから、彼女はどんどん遠い存在になってしまい、話す事も少なくなった。


 亜希ちゃん。小学生の時はそう呼んでいた。


 都坂さん。中学生の時。


 高校に入学してからは、一年の時もそうだったので、ずっと「委員長」。


 今はまた、「亜希ちゃん」。


 名前を呼んだのは、一体何年ぶりだろう?


 僕は学校では内緒にしようと言ったのだが、亜希ちゃんが泣きそうな顔で抗議したので、諦めた。


 今日は一緒に通学。亜希ちゃんは嬉しそうだ。


 今でも疑問なのだが、どうして僕なんだろう?


 彼女には、たくさん告白して来る連中がいたのに。不思議だ。


 亜希ちゃんは教室に入るなり、仲がいい女子達に僕と付き合う事にしたと話した。


「へええ」


 女子達は、僕を軽蔑の眼差しで見るかと思ったが、そうではなかった。


「良かったね、亜希。ようやく願いが叶ったね」


 何故か皆おめでとうとか言っている。どういう事なのだろう?


 亜希ちゃんは照れ笑いをして、僕を見た。


「隠してたつもりらしいけど、わかりやすかったよね、亜希って」


 そんな声も聞こえた。わかりやすかったのか? 思い当たらないけど。


「そうなの?」


 亜希ちゃんも知られていたとは思っていなかったらしい。


「磐神君、亜希と仲良くね」


「バレンタインも近いしね」


 僕まで祝福された。面食らったけど、嬉しかった。


 但し、男共にはちょっとだけいじめられた。


 冗談半分だったけど。


「何でお前なのかなあ」


 どいつもこいつもそう言って溜息を吐いた。




 僕はそんな幸せな気分を放課後まで持ち続け、下校の時も、亜希ちゃんと帰った。


「ヒューヒュー!」


とか、冷やかしの声もしたが、気にならないほど浮かれていた。




 そして、家に着いた。


「只今ァ」


 僕は奥のキッチンにいると思われる姉に言って、そのまま二階へと階段を上がり始めた。


「武彦くーん」


 姉の猫撫で声が聞こえた。


「た、只今、姉ちゃん」


 姉はキッチンから顔を出し、階段の脇に来た。


「ちょっといいかな?」


「え?」


 何も後ろめたい事はないはず……。でも嫌な汗が出る。


「座って」


 姉と対面で椅子に腰を下ろした。まるで尋問される容疑者みたいだ。


「あんた、リッキーにお金のお礼言ったでしょ?」


 う! そ、それか……。まずいぞ、まずい……。


「まあ、私が嘘吐いてたんだから、仕方ないけどね」


 ニッコリとして言う姉。あれ、拍子抜けした。


「でもね」


 急に顔が険しくなる。な、何? 僕は思わず後退(あとずさ)りした。


「どうして私に話してくれないのよ、亜希ちゃんと付き合ってる事を!」


「え?」


 あ、しまった、そっちか。憲太郎さんが話したんだ……。


「お仕置きよ、武!」


「わわ!」


 姉は素早く僕の背後に回りこみ、スリーパーホールドの態勢に入った。


「ね、姉ちゃん、く、苦しい……」


「うるさい!」


 そう言いながらも、姉は嬉しそうに極めて来ている。


 何故笑顔で僕の首を絞めるの?


「亜希ちゃんを泣かせたら、こんなものじゃすまないからね!」


 姉は僕を解放して言った。


「泣かせたりしないよ、絶対」


 それは姉に言われるまでもない。


「そうか、わかった」


 姉はニコッとしてキッチンを出て行った。


 あの笑顔、どこか寂しそうだったと思ってしまうのは、僕が姉を大好きだからだろうか?

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